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第19話
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思ってもみなかった話に、アシュリーがショックを受けたような顔で固まっている。セスはアシュリーに話したことを後悔した。
「お前がそんな顔をすることはない。ただの昔話だ」
「これからはずっと俺がそばにいるよ。セスは一人じゃない」
「アシュリー……」
アシュリーがセスを抱きしめる。そのぬくもりに、セスの中で何かがほどけてゆく。そのときだ。
――宇航。
ふいに懐かしい声が蘇り、セスははっとなった。白くなめらかな手が、子どもだったセスの髪を撫でる。記憶の中で、甘い花の匂いがした。
「セス? どうかした?」
ようすの変わったセスを心配して、アシュリーが訊ねる。
「違う、そうじゃない……、ただ母のことを思い出していて……」
自分でも、何を言っているのかわからなかった。ただ衝撃がセスを襲っていた。
「お母さん?」
――宇航。
そうだ、どうしてすべてを忘れていると思ったのだろう。セスが三歳まで暮らしていたあの家には金木犀の樹が植えてあって、季節になると花の匂いが強く香った。はらはらと金色の花が舞い落ちる下で、母はお茶を飲みながら読書をするのが好きだった。
「母のこと、何も覚えていないと思ってた……」
衝撃から覚めると、懐かしさが胸にこみ上げる。長いまつげを伏せたセスの瞳から、一筋の涙が伝い落ちた。
「セス……」
アシュリーの手がセスの肩に触れた。アシュリーがぺろりとセスの頬を舐める。そのままじっとしていたセスの唇に、柔らかな感触が触れた。いったい何が起きているのかわからずに、セスは固まったままだ。
アシュ……?
アシュリーが瞳をゆるめ、微笑む。その姿はまるでセスの知らない他人のようだ。
セスは自分にキスしようとするアシュリーを呆然と眺める。唇と唇が触れる間際、はっと我に返った。手を伸ばし、アシュリーの身体を突き飛ばす。
「わ……っ」
ベッドから転がり落ちたアシュリーが起き上がりながら、「何するんだよ、セス」と言った。いやいや、何をするんだと聞きたいのはこっちだ。
「……いま何をした?」
「セス?」
アシュリーはなぜそんなことを訊くのだろうとばかりに不思議そうな顔をした。
「……いまなんでキスをした?」
「なんでって、泣いているセスがかわいかったから?」
「か……っ、だとしてもキスしたらだめだ」
セスの言葉に、アシュリーは眉を寄せた。その表情から彼が納得していないのがわかる。
「どうして? なぜセスにキスしちゃいけないの?」
正面から理由を問われたセスは返答に困り、まごついた。
「どうしてって……、こういうことは特別な相手とするものだからだ」
「俺にとっての特別はセスだ。セスもでしょう? だからしてもいい?」
魅惑的な瞳でささやき、再び顔を近づけてくる。セスはとっさに手を差し入れ、キスを防いだ。アシュリーが「セス!」と不満の声を上げた。あまりに予想外のことが起きて、セスは内心で激しく動揺していた。
「確かにアシュは特別だけど、そういう意味じゃない。お前にはまだわからないかもしれないけど、特別にはいろいろあって……」
だめだ、うまく言葉にできない。じっとこちらを見るアシュリーの視線を感じて、じわっと頬が熱くなった。どう言えばアシュリーが納得するのかわからなくて、セスは冷や汗をかきながら、必死に言葉を探す。
「いつかアシュリーには誰よりも大事にしたい相手ができる。だからそれまでは、こういうことは取っておきなさい」
そのとき、アシュリーの顔にはじめて理解の色が浮かんだ。
「ああ、セスが言いたいことって、つがいのこと? だとしたら、わかっていないのはセスのほうだ」
どういうことだ、と問いかける間もなく、アシュリーの手がセスの頬に触れた。ギシ、とベッドのスプリングが鳴って、セスはぎょっと目を見開く。とっさに逃げようとした肩が背もたれにぶつかり、すぐ正面にはアシュリーの顔があって、セスは追いつめられた気持ちになる。
「あ、アシュ……っ」
「お前がそんな顔をすることはない。ただの昔話だ」
「これからはずっと俺がそばにいるよ。セスは一人じゃない」
「アシュリー……」
アシュリーがセスを抱きしめる。そのぬくもりに、セスの中で何かがほどけてゆく。そのときだ。
――宇航。
ふいに懐かしい声が蘇り、セスははっとなった。白くなめらかな手が、子どもだったセスの髪を撫でる。記憶の中で、甘い花の匂いがした。
「セス? どうかした?」
ようすの変わったセスを心配して、アシュリーが訊ねる。
「違う、そうじゃない……、ただ母のことを思い出していて……」
自分でも、何を言っているのかわからなかった。ただ衝撃がセスを襲っていた。
「お母さん?」
――宇航。
そうだ、どうしてすべてを忘れていると思ったのだろう。セスが三歳まで暮らしていたあの家には金木犀の樹が植えてあって、季節になると花の匂いが強く香った。はらはらと金色の花が舞い落ちる下で、母はお茶を飲みながら読書をするのが好きだった。
「母のこと、何も覚えていないと思ってた……」
衝撃から覚めると、懐かしさが胸にこみ上げる。長いまつげを伏せたセスの瞳から、一筋の涙が伝い落ちた。
「セス……」
アシュリーの手がセスの肩に触れた。アシュリーがぺろりとセスの頬を舐める。そのままじっとしていたセスの唇に、柔らかな感触が触れた。いったい何が起きているのかわからずに、セスは固まったままだ。
アシュ……?
アシュリーが瞳をゆるめ、微笑む。その姿はまるでセスの知らない他人のようだ。
セスは自分にキスしようとするアシュリーを呆然と眺める。唇と唇が触れる間際、はっと我に返った。手を伸ばし、アシュリーの身体を突き飛ばす。
「わ……っ」
ベッドから転がり落ちたアシュリーが起き上がりながら、「何するんだよ、セス」と言った。いやいや、何をするんだと聞きたいのはこっちだ。
「……いま何をした?」
「セス?」
アシュリーはなぜそんなことを訊くのだろうとばかりに不思議そうな顔をした。
「……いまなんでキスをした?」
「なんでって、泣いているセスがかわいかったから?」
「か……っ、だとしてもキスしたらだめだ」
セスの言葉に、アシュリーは眉を寄せた。その表情から彼が納得していないのがわかる。
「どうして? なぜセスにキスしちゃいけないの?」
正面から理由を問われたセスは返答に困り、まごついた。
「どうしてって……、こういうことは特別な相手とするものだからだ」
「俺にとっての特別はセスだ。セスもでしょう? だからしてもいい?」
魅惑的な瞳でささやき、再び顔を近づけてくる。セスはとっさに手を差し入れ、キスを防いだ。アシュリーが「セス!」と不満の声を上げた。あまりに予想外のことが起きて、セスは内心で激しく動揺していた。
「確かにアシュは特別だけど、そういう意味じゃない。お前にはまだわからないかもしれないけど、特別にはいろいろあって……」
だめだ、うまく言葉にできない。じっとこちらを見るアシュリーの視線を感じて、じわっと頬が熱くなった。どう言えばアシュリーが納得するのかわからなくて、セスは冷や汗をかきながら、必死に言葉を探す。
「いつかアシュリーには誰よりも大事にしたい相手ができる。だからそれまでは、こういうことは取っておきなさい」
そのとき、アシュリーの顔にはじめて理解の色が浮かんだ。
「ああ、セスが言いたいことって、つがいのこと? だとしたら、わかっていないのはセスのほうだ」
どういうことだ、と問いかける間もなく、アシュリーの手がセスの頬に触れた。ギシ、とベッドのスプリングが鳴って、セスはぎょっと目を見開く。とっさに逃げようとした肩が背もたれにぶつかり、すぐ正面にはアシュリーの顔があって、セスは追いつめられた気持ちになる。
「あ、アシュ……っ」
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