聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな

文字の大きさ
19 / 37

第19話

しおりを挟む
 思ってもみなかった話に、アシュリーがショックを受けたような顔で固まっている。セスはアシュリーに話したことを後悔した。

「お前がそんな顔をすることはない。ただの昔話だ」

「これからはずっと俺がそばにいるよ。セスは一人じゃない」

「アシュリー……」

 アシュリーがセスを抱きしめる。そのぬくもりに、セスの中で何かがほどけてゆく。そのときだ。

 ――宇航ユーハン

 ふいに懐かしい声が蘇り、セスははっとなった。白くなめらかな手が、子どもだったセスの髪を撫でる。記憶の中で、甘い花の匂いがした。

「セス? どうかした?」

 ようすの変わったセスを心配して、アシュリーが訊ねる。

「違う、そうじゃない……、ただ母のことを思い出していて……」

 自分でも、何を言っているのかわからなかった。ただ衝撃がセスを襲っていた。

「お母さん?」

 ――宇航。

 そうだ、どうしてすべてを忘れていると思ったのだろう。セスが三歳まで暮らしていたあの家には金木犀の樹が植えてあって、季節になると花の匂いが強く香った。はらはらと金色の花が舞い落ちる下で、母はお茶を飲みながら読書をするのが好きだった。

「母のこと、何も覚えていないと思ってた……」

 衝撃から覚めると、懐かしさが胸にこみ上げる。長いまつげを伏せたセスの瞳から、一筋の涙が伝い落ちた。

「セス……」

 アシュリーの手がセスの肩に触れた。アシュリーがぺろりとセスの頬を舐める。そのままじっとしていたセスの唇に、柔らかな感触が触れた。いったい何が起きているのかわからずに、セスは固まったままだ。

 アシュ……?

 アシュリーが瞳をゆるめ、微笑む。その姿はまるでセスの知らない他人のようだ。
 セスは自分にキスしようとするアシュリーを呆然と眺める。唇と唇が触れる間際、はっと我に返った。手を伸ばし、アシュリーの身体を突き飛ばす。

「わ……っ」

 ベッドから転がり落ちたアシュリーが起き上がりながら、「何するんだよ、セス」と言った。いやいや、何をするんだと聞きたいのはこっちだ。

「……いま何をした?」
「セス?」

 アシュリーはなぜそんなことを訊くのだろうとばかりに不思議そうな顔をした。

「……いまなんでキスをした?」

「なんでって、泣いているセスがかわいかったから?」

「か……っ、だとしてもキスしたらだめだ」

 セスの言葉に、アシュリーは眉を寄せた。その表情から彼が納得していないのがわかる。

「どうして? なぜセスにキスしちゃいけないの?」

 正面から理由を問われたセスは返答に困り、まごついた。

「どうしてって……、こういうことは特別な相手とするものだからだ」

「俺にとっての特別はセスだ。セスもでしょう? だからしてもいい?」

 魅惑的な瞳でささやき、再び顔を近づけてくる。セスはとっさに手を差し入れ、キスを防いだ。アシュリーが「セス!」と不満の声を上げた。あまりに予想外のことが起きて、セスは内心で激しく動揺していた。

「確かにアシュは特別だけど、そういう意味じゃない。お前にはまだわからないかもしれないけど、特別にはいろいろあって……」

 だめだ、うまく言葉にできない。じっとこちらを見るアシュリーの視線を感じて、じわっと頬が熱くなった。どう言えばアシュリーが納得するのかわからなくて、セスは冷や汗をかきながら、必死に言葉を探す。

「いつかアシュリーには誰よりも大事にしたい相手ができる。だからそれまでは、こういうことは取っておきなさい」

 そのとき、アシュリーの顔にはじめて理解の色が浮かんだ。

「ああ、セスが言いたいことって、つがいのこと? だとしたら、わかっていないのはセスのほうだ」

 どういうことだ、と問いかける間もなく、アシュリーの手がセスの頬に触れた。ギシ、とベッドのスプリングが鳴って、セスはぎょっと目を見開く。とっさに逃げようとした肩が背もたれにぶつかり、すぐ正面にはアシュリーの顔があって、セスは追いつめられた気持ちになる。

「あ、アシュ……っ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王弟の恋

結衣可
BL
「狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない」のスピンオフ・ストーリー。 戦時中、アルデンティア王国の王弟レイヴィスは、王直属の黒衣の騎士リアンと共にただ戦の夜に寄り添うことで孤独を癒やしていたが、一度だけ一線を越えてしまう。 しかし、戦が終わり、レイヴィスは国境の共生都市ルーヴェンの領主に任じられる。リアンとはそれきり疎遠になり、外交と再建に明け暮れる日々の中で、彼を思い出すことも減っていった。 そして、3年後――王の密命を帯びて、リアンがルーヴェンを訪れる。 再会の夜、レイヴィスは封じていた想いを揺さぶられ、リアンもまた「任務と心」の狭間で揺れていた。 ――立場に縛られた二人の恋の行方は・・・

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

捨てられた花屋のオメガは、雨の日に現れたスパダリ社長に溺愛される~抑制剤をやめたら、運命の番に捕まりました~

水凪しおん
BL
花屋『フルール・リリエン』で働くオメガの藍沢湊は、かつて家柄を理由に番(つがい)に捨てられたトラウマから、アルファを頑なに拒絶して生きてきた。 強力な抑制剤でフェロモンを隠し、ひっそりと暮らす湊。しかしある雨の日、店に現れたIT企業社長のアルファ・橘蓮に見初められてしまう。 「この花、あなたに似ている」 毎日店に通い詰め、不器用ながらも真っ直ぐな愛を注ぐ蓮。その深い森のような香りに、湊の閉ざされた心と、抑え込んでいた本能が揺さぶられ始めて――? 傷ついたオメガ×一途で完璧なスパダリ社長。 雨上がりの紫陽花のように涙に濡れた恋が、あたたかな陽だまりに変わるまでの、救済と溺愛のオメガバース。 ※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される

志麻友紀
BL
帝国の美しい銀獅子と呼ばれる若き帝王×呪いにより醜く生まれた不死の凶王。 帝国の属国であったウラキュアの凶王ラドゥが叛逆の罪によって、帝国に囚われた。帝都を引き回され、その包帯で顔をおおわれた醜い姿に人々は血濡れの不死の凶王と顔をしかめるのだった。 だが、宮殿の奥の地下牢に幽閉されるはずだった身は、帝国に伝わる呪われたドマの鏡によって、なぜか美姫と見まごうばかりの美しい姿にされ、そのうえハレムにて若き帝王アジーズの唯一の寵愛を受けることになる。 なぜアジーズがこんなことをするのかわからず混乱するラドゥだったが、ときおり見る過去の夢に忘れているなにかがあることに気づく。 そして陰謀うずくまくハレムでは前母后サフィエの魔の手がラドゥへと迫り……。 かな~り殺伐としてますが、主人公達は幸せになりますのでご安心ください。絶対ハッピーエンドです。

冷徹茨の騎士団長は心に乙女を飼っているが僕たちだけの秘密である

竜鳴躍
BL
第二王子のジニアル=カイン=グレイシャスと騎士団長のフォート=ソルジャーは同級生の23歳だ。 みんなが狙ってる金髪碧眼で笑顔がさわやかなスラリとした好青年の第二王子は、幼い頃から女の子に狙われすぎて辟易している。のらりくらりと縁談を躱し、同い年ながら類まれなる剣才で父を継いで騎士団長を拝命した公爵家で幼馴染のフォート=ソルジャーには、劣等感を感じていた。完ぺき超人。僕はあんな風にはなれない…。 しかし、クールで茨と歌われる銀髪にアイスブルーの瞳の麗人の素顔を、ある日知ってしまうことになるのだった。 「私が……可愛いものを好きなのは…おかしいですか…?」 かわいい!かわいい!かわいい!!!

異世界転移した先は陰間茶屋でした

四季織
BL
気が付いたら、見たこともない部屋にいた。そこは和洋折衷の異世界で、俺を拾ってくれたのは陰間茶屋のオーナーだった。以来、俺は陰間として働いている。全くお客がつかない人気のない陰間だけど。 ※「異世界に来た俺の話」と同じ世界です。 ※謎解き要素はありません。 ※ミステリー小説のネタバレのようなものがありますので、ご注意ください。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

処理中です...