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第30話
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「グゥ……?」
腕の中で、獣が微かに戸惑うような気配を感じた。セスは自分よりも遙かに大きな獣の身体に手を伸ばすと、その首元にぎゅっとしがみついた。
「お前がどんな姿でも大好きだよ」
柔らかな毛に顔を埋め、セスは目を閉じてささやく。たとえ何があろうと、自分はアシュリーを恨むことはないだろう。
『セス……?』
そのとき、頭の中に直接響くようにアシュリーの声が聞こえた。セスははっとなったように、獣を振り返った。
「アシュリー……?」
さきほどまではセスのことがわかっていなかった獣の瞳に理性の色が戻っている。
アシュリーだ! アシュリーが僕に気づいてくれた!
「アシュ……! よかった……っ!」
喜びがあふれ、セスの瞳が潤む。だが、アシュリーは獣に変化した自分の姿を、そして傷ついたセスを見て自分がしたことに気がつくと、ショックを受けたように凍りついた。
『セス、俺……』
それ以上何も言葉が出ないようすで、アシュリーは呆然とセスを見る。傷ついた瞳に、セスはこの不思議な状況もすべて忘れ、そんな顔をしなくてもいいんだと胸が痛んだ。
「アシュリー、大丈夫だから」
セスが伸ばした手を、アシュリーが拒否するように顔を背ける。
「アシュリー?」
『セス、ごめん……!』
アシュリーはグルウゥゥゥと苦悶の声を発すると、次の瞬間身を翻してその場から逃げようとした。
「アシュ……っ!」
いま止めなければ、アシュリーはいなくなってしまう。それは自分の半身をもぎ取られるような耐え難い痛みだった。――嫌だ、そんなことは堪えられない……!
「お前を愛している――」
セスの言葉に、アシュリーがびくりと鞭打たれたように立ち竦んだ。
もう自分の気持ちを偽ることはできなかった。アシュリーがいない人生なんて考えられない。自分のすべてを曝け出して、心を明け渡し、無防備に佇むセスの黒曜石の瞳から涙が伝い落ちた。
「お前を愛してる。だから、どうかいかないでくれ。僕のそばにいてくれ……」
それは、これまで誰にも頼ることができなかったセスが、はじめて弱さを見せた瞬間だった。ぺろりと鼻先を舐められて、涙に縁どられたまつげを上げると、金の瞳が戸惑ったようにセスを見ていた。
『……セス。泣かないで。セス……』
猫が甘えるように、アシュリーがセスの身体に自らの顔を押しつける。セスは震える指を伸ばすと、アシュリーの柔らかな首筋に顔を埋めた。大きなしっぽがセスの身体をふわりと包み込んだ。
『セス。俺も愛してる……』
胸の中にどっと安堵があふれる。手遅れにならなくてよかった。アシュリーを失わずにすんでよかった。セスは自分を包み込む愛おしいぬくもりをぎゅっと抱きしめる。
そのとき、アシュリーの耳が何かに反応したように、ぴくぴくっと動いた。『誰かくる』と言われ、セスははっとなった。
『乗って。ここから離れたほうがいい』
「えっ?」
迷っているセスよりも、アシュリーのほうが決断は早かった。アシュリーは戸惑うセスの襟元を咥えると、大きな身体の上に乗せた。
『落ちないようしっかりとつかまってて』
「えっ、アシュ……っ? わ……っ!」
乗ったとたんぐいっと風を感じて、セスはとっさにアシュリーの毛並みをつかんだ。さっきまでいた場所が見る見るうちに遠くなる。ありえない速さで流れる景色を、セスは恐怖に怯えながら信じられない思いで眺める。
『セス、気持ちいいね!』
アシュリーからは自分を乗せて走る喜びに満ちた躍動が伝わってきたが、セスは振り落とされないようしがみつくので精一杯だった。
腕の中で、獣が微かに戸惑うような気配を感じた。セスは自分よりも遙かに大きな獣の身体に手を伸ばすと、その首元にぎゅっとしがみついた。
「お前がどんな姿でも大好きだよ」
柔らかな毛に顔を埋め、セスは目を閉じてささやく。たとえ何があろうと、自分はアシュリーを恨むことはないだろう。
『セス……?』
そのとき、頭の中に直接響くようにアシュリーの声が聞こえた。セスははっとなったように、獣を振り返った。
「アシュリー……?」
さきほどまではセスのことがわかっていなかった獣の瞳に理性の色が戻っている。
アシュリーだ! アシュリーが僕に気づいてくれた!
「アシュ……! よかった……っ!」
喜びがあふれ、セスの瞳が潤む。だが、アシュリーは獣に変化した自分の姿を、そして傷ついたセスを見て自分がしたことに気がつくと、ショックを受けたように凍りついた。
『セス、俺……』
それ以上何も言葉が出ないようすで、アシュリーは呆然とセスを見る。傷ついた瞳に、セスはこの不思議な状況もすべて忘れ、そんな顔をしなくてもいいんだと胸が痛んだ。
「アシュリー、大丈夫だから」
セスが伸ばした手を、アシュリーが拒否するように顔を背ける。
「アシュリー?」
『セス、ごめん……!』
アシュリーはグルウゥゥゥと苦悶の声を発すると、次の瞬間身を翻してその場から逃げようとした。
「アシュ……っ!」
いま止めなければ、アシュリーはいなくなってしまう。それは自分の半身をもぎ取られるような耐え難い痛みだった。――嫌だ、そんなことは堪えられない……!
「お前を愛している――」
セスの言葉に、アシュリーがびくりと鞭打たれたように立ち竦んだ。
もう自分の気持ちを偽ることはできなかった。アシュリーがいない人生なんて考えられない。自分のすべてを曝け出して、心を明け渡し、無防備に佇むセスの黒曜石の瞳から涙が伝い落ちた。
「お前を愛してる。だから、どうかいかないでくれ。僕のそばにいてくれ……」
それは、これまで誰にも頼ることができなかったセスが、はじめて弱さを見せた瞬間だった。ぺろりと鼻先を舐められて、涙に縁どられたまつげを上げると、金の瞳が戸惑ったようにセスを見ていた。
『……セス。泣かないで。セス……』
猫が甘えるように、アシュリーがセスの身体に自らの顔を押しつける。セスは震える指を伸ばすと、アシュリーの柔らかな首筋に顔を埋めた。大きなしっぽがセスの身体をふわりと包み込んだ。
『セス。俺も愛してる……』
胸の中にどっと安堵があふれる。手遅れにならなくてよかった。アシュリーを失わずにすんでよかった。セスは自分を包み込む愛おしいぬくもりをぎゅっと抱きしめる。
そのとき、アシュリーの耳が何かに反応したように、ぴくぴくっと動いた。『誰かくる』と言われ、セスははっとなった。
『乗って。ここから離れたほうがいい』
「えっ?」
迷っているセスよりも、アシュリーのほうが決断は早かった。アシュリーは戸惑うセスの襟元を咥えると、大きな身体の上に乗せた。
『落ちないようしっかりとつかまってて』
「えっ、アシュ……っ? わ……っ!」
乗ったとたんぐいっと風を感じて、セスはとっさにアシュリーの毛並みをつかんだ。さっきまでいた場所が見る見るうちに遠くなる。ありえない速さで流れる景色を、セスは恐怖に怯えながら信じられない思いで眺める。
『セス、気持ちいいね!』
アシュリーからは自分を乗せて走る喜びに満ちた躍動が伝わってきたが、セスは振り落とされないようしがみつくので精一杯だった。
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