隣の家

午後野つばな

文字の大きさ
27 / 37

27

しおりを挟む
  本気でわかっていない、源のポカンとした間抜け面がうらめしかった。
 「そうだよ! 源のせいだ!」
  本当は、源のせいじゃないことくらいわかっていた。篤郎が勝手に源を好きになっただけだ。同じ気持ちを返せなかったからといって、それは源のせいなんかじゃない。でも、苦しい。苦しくて、堪らない。
 「……源が、俺のこと好きじゃなくても、仕方ないと思ってた」
  どうしようもないのだと、諦めようとした。
 「あつ……?」
  ぽろぽろと涙が零れ落ちる。篤郎はそれを手の甲で乱暴に拭った。
 「……たとえ家族としてでも、源が俺を必要としてくれるなら、それでいいと思ったんだ」
  あの源が、めったに他人を信じることができない源が、自分を必要としてくれるなら。結局それすらも篤郎の独りよがりにすぎなかったけれど。
 「あつは俺の家族じゃないよ。そんなこと思ったこともない」
  ひやりと氷のような声が聞こえて、篤郎はハッとなった。篤郎を見つめる源の口元は笑みのかたちを作っていたけれど、その瞳の奥はすべてを諦めたように乾いていた。
 「源……っ」
  さっきまで腹を立てていたことも忘れて、篤郎は源の両腕を掴んだ。そんな篤郎を見て、源がほほ笑む。
 「俺にとって、あつは特別だから。あつ以外の人間はどうでもいい」
 「だったらどうして……!」
  篤郎はぐしゃりと顔を歪めた。
 「なんで何も言ってくれないんだ! そりゃあ、俺に言ったって何も解決できないことぐらいわかってるよ! でも、源が苦しんでいるとき、話を聞くぐらいはできるだろ? それもできないくらい、俺は頼りないのかよ! 源はのらりくらりと躱すばかりで、肝心なこと、俺には何も言ってくれない。心配もさせてくれない。……は、源にとって俺がそういう対象じゃないことぐらいわかってるよ。でも、少しでも信頼してくれるっていうなら、大事に思ってくれるなら、なんで何も言ってくれないんだよ! それの何が特別なんだよ!」
  これまで堪えていた気持ちが堰を切ったようにあふれ出す。もう嫌だと思った。自分だけが源を好きなのも。源の一挙一動に振り回されるのも。自分ばかりがばかみたいだ。
「……だからだよ。あつにだけは知られたくなかった。自らその手を離しておいて、そのせいで描けなくなったなんて情けなすぎる」
 「……え、は?」
  篤郎は混乱した。源が自分に触れようとしていることに気がつき、反射的にその手を振り払う。源がわずかに傷ついたような表情を浮かべた。
  くそ、その顔はずるいだろ……。
  頭の中も気持ちもぐちゃぐちゃで、何をどう考えていいかわからない。
 「俺のこと好きでもないなら触るな!」
 「あつ……」
  自分でももう何を言っているのかわからなかった。悲しくて、悔しくて、感情のバロメーターが振り切れたみたいだった。そのとき聞こえてきた言葉は、篤郎の思考回路の範囲を完全に超えていた。
 「あつのこと、好きだって言ったら触れてもいいのか?」
 「は?」
  源が俺のことを好き……? 好きって何が?
 「だ、だって、お前俺のこと振ったよな!? それも他人の前で、俺にだけわかるように牽制したよな? あれって、俺の勘違いなんかじゃないよな?」
  源が居心地の悪そうな表情を浮かべる。
 「それは答えなきゃだめか?」
  できれば答えたくないという源のようすに、篤郎にしてみたらふざけるなよ、という話だった。そんなの納得できるはずがない。
  篤郎の無言の圧に答えを見つけたのだろう、源は仕方ないとばかりに、ため息を吐いた。
 「本当は、もうずっとあつのことがかわいいと思ってたよ。あつがまっすぐな気持ちを向けてくれるたびに、愛おしくて堪らなかった」
 「だったらなんで……っ!」
  悲鳴のような声が漏れる。
  それってまるで両思いじゃないか。
  じわりと篤郎の中で希望のようなものが生まれる。同時に、いまなお暗い表情を浮かべている源に、篤郎の中で焦燥が募った。
 「……俺は絵を描くことしか能がない欠陥人間だからだよ。人はどうせ裏切るものだと思ってる。あつのことだって、信じてないわけじゃないんだ。でも、正直心のどこかで、いまあつが俺に抱いている気持ちも、ほんの一時的なもんだと思ってる。あつとどうこうなるつもりはないし、俺なんかに関わってちゃいけないと思うのに、いざあつが離れていくのも嫌なんだ。勝手なんだよ、俺は……」
 「……なんだよそれ」
  まるで駄々っ子のような源の言い分に、篤郎は呆れた。
  篤郎を見返す源の瞳は静かで、最初からすべてを諦めているように見えた。そこには篤郎の想いなど関係ない。なんて身勝手で、最低だと思うが、それはこれまで篤郎がずっと知りたいと願っていた源の本心でもあった。
 「……最低だな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...