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「えーと、この間は悪かったな……」
スランプから脱却した源が個展用の絵を無事に花園画廊に納めてから三日後、篤郎はやや気まずそうな顔の源と向き合っていた。というのも、絵を完成させたと同時に、源が倒れたのだ。原因は睡眠不足と栄養失調だった。スランプに陥る前から、すでにろくな睡眠と食事をとっていなかったと言うのだから、ぶっ倒れても仕方がない。救急車で運ばれた源は点滴を打たれ、その日は強制的に入院させられることになった。呆れて言葉もないとはこのことだ。
「で、具合はもういいのか」
心配させられた分、冷たくなる篤郎の言葉に、源は「あ、ああ。もう全然! すっかり!」と頷いた。まるでぴんと張られた透明な耳と、ぶんぶん振られた尻尾が見えるようで、篤郎は目を細めた。
「ふーん……」
源が、じりっと篤郎ににじり寄った。場所は源の寝室の、布団の上だ。そう、篤郎たちは先日源によって中途半端に放り出されてしまった行為の、仕切り直しをしているのだった。
「あつ」
じっと見つめられて、篤郎はどきっとした。ほんの一瞬だけ怯んだ気持ちを見透かされたように、源は首を傾げると、首を竦めた篤郎にチュッとキスをした。
「キスしていいか?」
「……訊く前からしてるくせに」
自分ばかりがドキドキしているようで悔しい。そりゃあ、百戦錬磨の源に比べたら、篤郎なんか尻に卵の破片をつけた雛鳥だろう。思わず憎まれ口を叩いた篤郎に、源は色っぽい目で笑うと、「それもそうか」と呟いた。
両頬を手で挟まれ、瞼にキスをされる。合わせた唇の隙間から、ぬるっと源の舌が滑り込んできた。じわっと篤郎の体温が上がる。いつの間に脱がされたのか、篤郎はすでに裸だった。舌を絡ませ合いながら、源の手は篤郎の形をたどるかのように、身体に触れてくる。
「あつ……」
欲望を隠そうともしていない、低く艶のある声が篤郎の名前を耳元で呼んだ。篤郎はぶるり身体を震わせた。
「そうだ、これを使ってくれ」
篤郎はさっきここへくる前に思い立ってドラッグストアで買ってきたものを袋ごと源に差し出した。
篤郎が事前に用意したのは、ローションとコンドームだった。正直レジで出すときには死ぬほど恥ずかしかった。もちろんそんなはずはないのに、源とこれからする行為を店員に見透かされているような気がした。それでも必要なものだというのはわかっていたし、できれば源が以前別の誰かと使用していたものは使いたくなかった。
袋の中に入っていたものを見て、源がふいをつかれた顔をする。その目が気まずそうに視線を揺らす篤郎を捉え、なんともいえない表情を浮かべた。
「あつ」
まるで大型獣が背伸びをするような仕種で源は篤郎にキスをすると、着ていた上衣を脱いだ。篤郎よりも逞しい肌が露わになり、開いたデニムの前からはうっすらと下生えが覗いている。源が放つ強烈な色気に、篤郎はくらくらと目眩がした。ごくりと唾を飲み込む。
「好きだ、あつ」
源の手が篤郎の頬に触れる。目を閉じ、唇を合わせた。その肌の感触を、骨の形をひとつひとつ確かめるように撫でられる。
「篤郎……」
まるで愛しいものを呼ぶような、切ない声だった。もはや少しの躊躇もなく思慕を隠そうともしない源に、篤郎の目はじわっと潤んだ。
「……かやろう、遅いんだよ!」
「……ごめんな」
これ以上ないくらい源がうれしそうな顔で笑うから、篤郎は胸がいっぱいになった。ぐいっと源の長い髪を引っ張り、「せいぜい反省しやがれ」と悪態を吐く。
「うん。ーー好きだよ、あつ」
スランプから脱却した源が個展用の絵を無事に花園画廊に納めてから三日後、篤郎はやや気まずそうな顔の源と向き合っていた。というのも、絵を完成させたと同時に、源が倒れたのだ。原因は睡眠不足と栄養失調だった。スランプに陥る前から、すでにろくな睡眠と食事をとっていなかったと言うのだから、ぶっ倒れても仕方がない。救急車で運ばれた源は点滴を打たれ、その日は強制的に入院させられることになった。呆れて言葉もないとはこのことだ。
「で、具合はもういいのか」
心配させられた分、冷たくなる篤郎の言葉に、源は「あ、ああ。もう全然! すっかり!」と頷いた。まるでぴんと張られた透明な耳と、ぶんぶん振られた尻尾が見えるようで、篤郎は目を細めた。
「ふーん……」
源が、じりっと篤郎ににじり寄った。場所は源の寝室の、布団の上だ。そう、篤郎たちは先日源によって中途半端に放り出されてしまった行為の、仕切り直しをしているのだった。
「あつ」
じっと見つめられて、篤郎はどきっとした。ほんの一瞬だけ怯んだ気持ちを見透かされたように、源は首を傾げると、首を竦めた篤郎にチュッとキスをした。
「キスしていいか?」
「……訊く前からしてるくせに」
自分ばかりがドキドキしているようで悔しい。そりゃあ、百戦錬磨の源に比べたら、篤郎なんか尻に卵の破片をつけた雛鳥だろう。思わず憎まれ口を叩いた篤郎に、源は色っぽい目で笑うと、「それもそうか」と呟いた。
両頬を手で挟まれ、瞼にキスをされる。合わせた唇の隙間から、ぬるっと源の舌が滑り込んできた。じわっと篤郎の体温が上がる。いつの間に脱がされたのか、篤郎はすでに裸だった。舌を絡ませ合いながら、源の手は篤郎の形をたどるかのように、身体に触れてくる。
「あつ……」
欲望を隠そうともしていない、低く艶のある声が篤郎の名前を耳元で呼んだ。篤郎はぶるり身体を震わせた。
「そうだ、これを使ってくれ」
篤郎はさっきここへくる前に思い立ってドラッグストアで買ってきたものを袋ごと源に差し出した。
篤郎が事前に用意したのは、ローションとコンドームだった。正直レジで出すときには死ぬほど恥ずかしかった。もちろんそんなはずはないのに、源とこれからする行為を店員に見透かされているような気がした。それでも必要なものだというのはわかっていたし、できれば源が以前別の誰かと使用していたものは使いたくなかった。
袋の中に入っていたものを見て、源がふいをつかれた顔をする。その目が気まずそうに視線を揺らす篤郎を捉え、なんともいえない表情を浮かべた。
「あつ」
まるで大型獣が背伸びをするような仕種で源は篤郎にキスをすると、着ていた上衣を脱いだ。篤郎よりも逞しい肌が露わになり、開いたデニムの前からはうっすらと下生えが覗いている。源が放つ強烈な色気に、篤郎はくらくらと目眩がした。ごくりと唾を飲み込む。
「好きだ、あつ」
源の手が篤郎の頬に触れる。目を閉じ、唇を合わせた。その肌の感触を、骨の形をひとつひとつ確かめるように撫でられる。
「篤郎……」
まるで愛しいものを呼ぶような、切ない声だった。もはや少しの躊躇もなく思慕を隠そうともしない源に、篤郎の目はじわっと潤んだ。
「……かやろう、遅いんだよ!」
「……ごめんな」
これ以上ないくらい源がうれしそうな顔で笑うから、篤郎は胸がいっぱいになった。ぐいっと源の長い髪を引っ張り、「せいぜい反省しやがれ」と悪態を吐く。
「うん。ーー好きだよ、あつ」
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