隣の家

午後野つばな

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  合格発表の日は、朝から小雪がちらつきそうな曇天が広がっていた。そわそわする気持ちを隠せない両親とは違って、篤郎は落ち着いていた。やるだけのことはやり切ったという、どこか開き直った気持ちがあったからだ。
  源と初めてセックスをした後、篤郎の生活は一変した。源との関係が大きく変化したことによって、篤郎はようやくこれまで逃げていた自分の将来について向き合う覚悟ができたのだ。
  自分との関係を、源がどう思っているかはわからない。源が他人を信じることができないのは、彼の過去が影響している。それは篤郎にはどうにもできないことだ。けれど、少なくとも篤郎はこのままじゃ駄目だと思った。いまの自分では、何かあったときに源を守ることができない。大人にならなければ。源を支えられるくらい、自分が大人にならなければ。
  源の影響からか、篤郎は幼いころから絵に興味はあったが、同時に源のように自分に絵を描く才能がないことはわかっていた。美術を初めて仕事として考えたとき、一番自分がしたいことのイメージに近いのは、皮肉なことにこれまで篤郎が誰よりも苦手としていた日下の姿だった。
  とはいえ、これまで散々遊びほうけていた篤郎が改心して受験勉強に励んだからといって、現役で合格できるほど受験は甘くなかった。一年間必死の浪人生活を送ったのち、ついにその日は訪れたーー。

  時間になって、篤郎は合否の結果を携帯で調べると、慌てて父に報告のメールを送る母に「ちょっと隣にいってくる」と言い残して、コートと携帯と財布だけ持って家を出た。これまでデッサンを見てもらうことはあっても、初めて身体を繋げて以来、源とは恋人らしいことはしていなかった。しばらくは受験に専念したいという篤郎に、源は反対もせずただがんばれ、と応援してくれた。
  扉が開き、急いだようすで源が出てくる。
 「あつ……」
 珍しく緊張を滲ませた源に「受かった」と一言告げれば、その表情はうれしそうに綻んだ。
ふっと沈黙が落ちて、互いの目が合った。磁力が引き合うように口づけを交わし、セックスへとなだれ込んだのは当然の流れといえるだろう。
  目が覚めたとき、薄暗い部屋の中は静かで、源がスケッチブックに鉛筆を走らせる音だけが響いていた。
 「何してんの?」
  布団から出ると、ひんやりとした空気が肌に触れた。篤郎は身震いした。
 「寒」
  布団をかぶったまま、まるでおんぶお化けのような格好で源に近づく。頬にキスをされ、一緒に布団にくるまるような形で背後から抱きしめられた。
 「さっきおばさんがみえたよ。ちょっと出てくると言ったきり、あつがちっとも帰ってこないって」
 「あ! やべ! すっかり忘れてた!」
  篤郎が家を出たのは午前中で、いまはもう夕方だ。それでなくても母には受験のことで散々心配をかけている。さすがに慌てた篤郎は、源の「今夜はうちに泊めるって言ったらさすがに呆れてた。うちの放蕩息子をよろしくお願いしますってさ」と言う言葉にほっとした。
 「どうしよう、よろしくお願いされちゃったよ」
  さすがに気が咎めるのか、源は何とも気まずそうな微妙な表情を浮かべている。悪いと思いつつも、篤郎はにやにやしてしまった。そのとき、源が手にしていたスケッチブックに気がついた。そこに描かれていたものに、軽く目を瞠る。
 「……これ、俺?」
  篤郎が驚いたのも無理はない。門倉の企画展で観た紫陽花の絵を例外として(とはいえあれも正確には人物画とはいえないだろう)、源は普段人物を描かない。それなのに、そこに描かれていたのは、無駄をそぎ落としたシンプルなラインで何枚も描かれた男の裸で、描かれているのが自分の姿でなければ思わず見入ってしまうほどの魅力にあふれていた。
 「……やっぱ源はすごいのな」
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