野うさぎは夜に寝床を見つけるか

黒崎サトウ

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大当たりか大外れか(2)

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「この泥棒猫っ!」

 今時そんなセリフ言うやつがいたのか。そう思いながら、雪哉はヒリヒリ痛む頬を抑えてハッと挑発的に笑った。

「ヒステリック女かよ」

「雪哉、口を慎め」

 白鳥が睨んだ。あーはいはい、どっかの御令嬢様様だっけ。そりゃ仕方ない。雪哉は皮肉に思いながらもおとなしく黙った。

「由里子、家で説明するから……」

 数ヶ月前に籍を入れたヒステリック妻を玄関で宥めながら、白鳥は雪哉が部屋に入ることを目で促した。仕方なくその場から去る。雪哉の天然の柔らかい茶髪がさっと揺れた。

 ────普通にしていたら儚さを思わせる目つき、小さめの鼻に形のいい薄い唇。甘さを含んだ整った顔は綺麗と表現されることが多い。今まで多くの人間に求められた体はすらりとバランスが良く、細くてしなやかだ。昔から、その外見はよく人目を引いた。

 その見た目には似合わない乱暴な口調で、雪哉は「チッ、痛えな」と部屋で一人呟いた。頬がさっきより痛い。あのヒステリック女、男だからって思いっきり殴りやがって。パーじゃなくてグーかよ。

 そもそも、白鳥が雪哉を囲っているこのマンションの一室がバレたのが原因だ。あの新妻、探偵でも雇ったか。それでもあいつが迂闊にドアなんか開けなければよかったのに。というか完璧なセキュリティとやらはどうした。

 とにかく、飼い主であるあいつが悪いに決まっている。俺のせいではない。

 俺はいるだけ。わざわざ掻き混ぜたりもしないが、気遣ったりもしない。

 何もしない。だって、それがヒモだろ。

 よその夫婦の浮気したしてないの抗争に巻き込まれてたまるか。

 自分に与えられたマンションの部屋は、今までで一番快適だった。若いけど大企業の社長だし、お金も使い放題だったのに。やっぱり、良物件の割合が多くても既婚は避けるべきか。ていうか、住み着き始めたときはまだ結婚してなかったし。

 ……潮時だな。

 白鳥に買ってもらったものは大量にあったけど、必要なものだけ持って部屋を出る。白鳥とその妻はまだ玄関で何か話していたが、その横を通り過ぎて外に出ようとする。

「おい、雪哉どこへ行くんだ」

「今までお世話になりました、じゃーな」

 口だけで言うと、玄関のドアを開けて軽い足取りで出ていく。

 あまりに淡々と言ったので理解に時間がかかったのだろう。しばらくして、

「雪哉、待て!」

 と追いかけてきた。

 こういうめんどくさいことはヒモにつきものかもしれないけど、嫌なもんは嫌だ。そもそも、このままいてどうすんの? 未来あんの? 

「妻のことは何とかする、だから少し待て」

「いいよ。あんたには随分よくしてもらったし。妻の相手だけしてろよ。ほら、怒ってる」

 指さした方向を見ると、ヒステリック妻も玄関から出てきて、その子の方が大事なのね!? とか、訴えてやる! とか喚いてやる。うわ、それだけは勘弁。

「ゆ、由里子」

 白鳥はいつもの威厳をなくして、うろうろしたあげく、妻を引き止めに行った。でもすぐまた追いかけてきそうだから、その隙にエレベーターに乗り込む。

 あー、散々だ。

 不倫した方が悪いって? 俺は恋人でもない、ただのヒモだし。言うなれば飼い猫。旦那が猫を飼って、そこまで怒れるか?

 まあ、説明したところでわかるまいと諦めるのが人間版飼い猫だ。だって本当の猫は飼い主とセックスしない。

 俺はいるだけ。何もしない。

 他人の気持ち、事情なんか知ったことか。
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