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見返すか見守られるか(5)

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 奏斗は寝室のベッドに雪哉をおろすと、「脱いで」と指示した。

 淡々とドライに命令されているのが癪なのに、それを言われると途端にその気になってしまうから不思議だ。

「脱いだけど」

「こっち来て」

 いつものように奏斗がヘッドボードに背をもたれて、その足の間をぽんぽんと誘う。雪哉は素直にしたがって、下だけ脱いだ状態で、最初のときと同じように奏斗に背中を預けて座った。お決まりの体勢はもっぱらこれである。

「もう勃ってる。溜まってた?」

「うるせえ、はやくしろ」

「今やるから急かすなよ」

 呆れ呆れしながらも、宣言通り、奏斗のあいかわらず綺麗な手がそこに触れた。

「ん……」

 最初はゆっくりと優しい。刺激は少ないが、その触り方が雪哉は好きだった。

 まだまだ達するまでには足りないのに、その時点で息が上がってくる。この後だんだんと激しさが増して、雪哉の好きな部分を触ってくれることがわかっているからだ。

「奏斗っ……」

「ん? ゆるい?」

 思わず名前を呼んでしまって焦る。それがなんの意味のもたないからこそ、しまった、という気持ちになった。

 しかし、奏斗は本当にただ呼ばれただけだと思ったようで安心する。

 適当に頷いてしまうと、それに応えるように、いつもよりも早いタイミングで上下する速度が早められる。

「あっ、や……!」

 準備のできていなかったところですぐに強い刺激がやってきたせいで、雪哉の体が大きくびくついた。

「あ……っ」

 雪哉の弱いところが確実に刺激される。それが長く続けられると、やがて頭がぼーっとしてきた。

 途中でへにゃりと腰の力が抜けて、そのまま座っている体勢からずるずる下に落ちていってしまう。

「う、あ……奏斗、奏斗……」

 感度のいい身体は歴代飼い主にも評判がよかったが、今に限っては困る。奏斗は正気だというのにこいつの名前がぽろぽろと口から出てきてしまうのだ。

「おい、大丈夫か?」

 奏斗がずり落ちる体を捕まえて、いつもより反応の大きい雪哉の様子を上から伺った。

 顔を確認するためか前髪を手で上げられて、雪哉がそれに反応して見上げる。すると、奏斗の顔がすぐ近くにあって、目が合った。

 ……相変わらず、いい顔面してるな、くそ……

 ふと、奏斗の唇が目に入る。

 いつも、雪哉を呼ぶ口、褒める口。

 頭まで茹ってしまっていた雪哉は、そのまま体をひねり振り返って、奏斗に顔を近づけ……そこに自分の唇をくっつけていた。

「ん……っ、ちょっ、雪哉」

 いきなり口付けられた奏斗が当然ながら驚いて、雪哉をべりっと突き放す。

 しかし、制止の声も聞かずに雪哉がもう一度近づけようとすると、

「むぐっ」

 今度は口を手で塞がれてしまった。

「こら、待てって言ってんだろ」

「んーんっ」

「全く、何してんの、いきなり」

「んーっ」

 呆れと焦りの表情で奏斗がこちらを見る。

 抵抗しても離してもらえないのでぺろっと掌を舐めてやると離してもらえた。

「お前な」

「奏斗、キス」

「だからっ……」

 こういうときに焦っている奏斗は初めて見た。

 悪くない気分だ。しかしそこに意識を向けるよりも、雪哉は奏斗とキスがしたくてたまらなくなっている。止めようとしてくるが、そこを突破してもう一度くっつけた。

「奏斗……」

 ぎゅっと首に腕を巻きつけて、頑なな唇をぺろぺろと舐める。なかなか開いてくれなかったが、あまりに必死な雪哉に諦めたのか、ついに開かれた。

「ん、あ……」

「は……」

 たまらず舌を絡めて、少し漏れた奏斗の吐息に全身がぼんと熱くなる。

「ふ、はぁ……」

 もう奏斗の手は雪哉のものに触れてはおらず、腰に回っていた。

 やがて、雪哉が侵入させた舌は、奏斗に絡め取られるようになった。なんだ、こいつも男じゃん、と安心すると同時に、初めて受け入れられた気がして、これとない満足感が訪れる。

 ──ずっとお前からは何もしなかったくせに、なんだよ、バカ。

 心の中で悪態をつきながら、雪哉は久しぶりのキスに、ただ夢中になった。
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