万華鏡商店街

一条 しいな

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 雪子を呼び出した友人はちょっとだけ不機嫌そうな顔をしていた。雪子はまるでなにかを探るように友人を見ていた。
「あ、あの雪子さん」
 改めて友人がいう。洋吉は物陰から見ていた。雪子は場慣れしているのか表情はわからない。友人だけが顔を赤くしている。
「僕は君のことが好きだ」
 大きな声が聞こえた。周りの目はさすがにないが、と洋吉は告白できたことによしと思った。
「気持ちは嬉しいわ。でもごめんなさい」
 雪子は頭を下げた。
「やはり神川が好きなのかい」
 雪子は戸惑うように友人を見ていた。振られたショックからか彼の口調は熱を帯びたものになった。
「君が好きな相手は神川かね。どうなんだね」
「神川ってどんな奴だ。雪子」
 いきなり男が現れた。背の高いがっちりとした肉体を持った男だ。ひげをはやしていている。黒々した髪は角刈りをして、ギラギラとした目をしていた。
 洋吉が駆け寄ると「おっ。おまえが神川か」と男は言った。
 違いますと洋吉は言った。雪子を見つめる目が険しくなる男に「なぜ神川だと思う」と洋吉は言った。
「知れたことを。雪子に近づいた男は俺が痛い目にあわせる。おまえも、だ。そいつも」
 ヒッと洋吉も友人も悲鳴をあげそうになった。洋吉は喧嘩が弱い。友人とて同じだ。男の体を見る辺りにいかにも屈強な肉体の持ち主だとわかる。
「やめてよ。この人達は関係がないわよ。悪い人達じゃない」
「いつもなら見逃してやるがな。雪子。神川とかいう奴は俺をこそこそと調べていやがる。なんか気に入らねえ。まず見せしめにこいつらをかわいがってやるさ」
「やめて」
 まずはこいつと言われて洋吉の頭上にげんこつが見えていた。洋吉は思わず目をつぶった。
「やめたまえ」
 いきなり声が聞こえた。大滝と三津堂と神川と外国人だ。外国人は制服を着ている。男は外国人を見るなり、逃げようとするのを三津堂が三味線を鳴らす
「月が出た。月が出た。池の中の水に、映る月を愛でる猿がいた」
 歌い上げるように三津堂がいう。それを聞いて逃げようとする男に外国人が走って飛びかかる。彼の動きは猿のような素早さがあった。また逃げる男はそれより上回っていた。
「雪子。一緒に来い」
 雪子が見つめる先には、男から大きな猿に変わった。雪子は首を振る。神川が近づいて猿から離れたところへと連れて行く。
「雪子。なぜ」
 逃げながら男は問う。
「もうこの街に来ないならば、追わない。どうする」
 キッと猿は神川にめがけてかけていく。雪子を後ろに下がらせ、走ってくる猿を鉄の棒で受け止める。そこを大滝が殴りつける。
 外国人が駆けつける。
 三津堂は歌っている。悲しいや、悲しいや。月をつかんだと思ったら。それはまやかし。あやかしの術だった。
 三津堂は歌う。孤独だった猿に小さな女の子がかわいがっていた。しかし、猿はその子と離れなければならない。それは女の子が違う場所に引っ越すからだ。猿は追った。気がつけば大きな力を得た。



 猿は縄につながれた。救いを求めるように猿は雪子を見ていた。
「さあ。どこから、どこからでしょうか」
「うるさい。そのネズミを黙らせろ」
「あなた。私が小さい頃、かわいがっていた。あの小猿なの」
「違う。違う。俺は人間だ。猿なんてもんじゃない」
「残念だけど。君は猿だよ」
 神川は言った。友人はその猿をただ見ていた。


 やあ、と洋吉は言われた。洋吉に声をかけた友人だった。神川も一緒にいる。おめでたい日だからか神川も洋吉、友人も紋付きの袴姿である。暑苦しいが、めでたい日なので三人はそろいもそろってこのいでたちなのだ。
 とある家に入ると雪子の母親が出迎えた。親戚が集まる中、雪子と新郎が現れた。顔を真っ赤にした咄家が雪子の隣にいた。
 友人はその姿を見て目頭が熱くなったのか、眼鏡を外していた。
「きれいだな」
「本当だね」
 洋吉も神川も言った。白無垢の美しい花嫁は笑っていた。
 彼女は遠くを眺める。彼女が見える屋根から猿と三津堂と大滝がいた。三人はまじまじと雪子を見ていた。
「見守りたいが、恋をする相手は遠いところ」
「けっ。三津堂。しゃらくせえな」
「雪子」
 大滝と三津堂の声も聞こえないのか猿は雪子に振り向いてほしい一心に見つめていた。しかし、雪子は幸せそうな顔をして話をしている。明るい笑い声が家からもれていた。
「あなたも忘れなさい」
 三津堂が気休めとわかっていても言う。
「山に帰っても居場所がない」
「だったら、万華鏡商店街に来なさい。それでいいって話じゃないですか」
「商売はしたことがないんだ」
「いいじゃないですか。商売。昔は卑しい職なんて言われましたが時代が違う」
 三津堂が言うと猿もその気になったのか「ありがとうよ」と答えた。彼の目には雪子の姿があった。月を見るようになっちまったなと猿は苦い口調で言った。
 三津堂は猿を冷ややかな目で見ていた。


 秋に入ったと言っても残暑が厳しい季節になった。吹いていく風はからりとして乾いているのに、妙に気温が高い。下宿先でゴロゴロしながら本を読んでいる洋吉を見て、女将さんが仁王立ちになってため息をついた。
「洋吉さん。さっきから呼んでいたんですが。洋吉さんには耳がないかしらねえ」
 さらりとイヤミを言われてしまう。洋吉は起き上がって、短い髪が伸びたことに気がついた。
「あら、いやだ。髪が伸びているわね。じゃあ、スイカを買ってきてもらう代わりに。髪を切ってあげるわ。それでいいでしょう」
 いいも悪いも言わない内に女将さんは部屋から出て行ってしまった。洋吉はため息をついた。そうして出かける支度をした。
「あのお金を」
「わかっていますよ」
 はいお金。早く帰ってきてくださいねと女将さんに言われてしまった。洋吉はとぼとぼと街に出た。市が出ている。非合法でできた市である。俗に言う闇市である。
 屋台に寄る前に、果物を見繕う。スイカが並んでいる。青々したものだ。売っているのは女だった。女をみたとき、洋吉はどきりとした。女が美しく見えたからだ。白い肌、この辺では見えない色でたおやかな体つきをしている。真っ赤な唇は健康そのものである。目はキリリリとつり上がっているが、大きいためにそれほどきつい印象はない。女は姉さんかぶりをして、タバコをふかしていた。
 それが妙にあだっぽい女に見えた。
「あっ、あの」
 つい照れるように言う洋吉を女は顔をあげた。短くなったタバコをすりつぶして「いかがしましたか」と鈴の鳴るような声で言った。上品な育ちというのがわかる。


「スイカ、二玉も買ってきたのはなぜでしょうね」
 洋吉はぼんやりとしていた。その様子を見た女将さんは腹立つそぶりそぶりも隠さずに、大きい一切れを洋吉に出した。赤いみずみずしいスイカは大きな口を開けるようにあった。
「いくら夏みたいに暑いからって風は秋。風が寒いからそんなに食べられないよ」
 鋭い口調で女将さんが言う。しかし洋吉は、はあとため息をついた。たまたま帰ってきた神川は何事かと思って台所を覗きこんだ。
「ただいま帰りました」
「あっ。神川さん聞いてよ」
 女将さんがベラベラしゃべるのを聞きながら洋吉を見つめる神川はクスクスと笑い始めた。神川の様子に呆れた女将さんは神川のためにスイカを切る。
「スイカを二玉も買うなんて、どうしたんだい」
「いや、あのその」
「美人の売り手なんだね」
 神川の顔にぎょっとした洋吉がいた。しかもブンブンと首を振って否定するが、洋吉の様子からわかる通り、読者も知っているが美人である。神川がそれを見抜いたように爽やかに笑う。
「美人は得だね。スイカを二玉も買ってもらえるんだから」
「奥さん。洋吉君をいじめちゃあだめだよ」
「だって私の話をちっとも聞いてくださらないのよ。わかるかしら?」
 洋吉はすみませんと頭を下げた。女将さんは再びため息をついた。
「お隣に渡してこようかしら」
「そうですね」
「闇市は高いから、自腹で買ったんでしょうね」
「はい」
「まったく」
 ぶつぶつと女将さんは文句を言っていたが、洋吉には暖簾に腕押しとわかったのか不機嫌そうな顔で自分の部屋に戻って行った。
「ありゃ、相当怒っているな」
「そうなのか」
「君って意外と図太いのかもな」
「そうだ。占いをしよう。いい易者が万華鏡商店街に来たらしいよ」
「占いなんて信じない。女性や子供がするものだろう」
「時節がわからないとなにもできまいよ」
 適当なことを言う神川を洋吉は見ていた。確かに女性や子供がするようなもので時節がわかればいいが。占いを信じたところでなにになるんだというのが洋吉は思う。神川はあまりバカにしていないところが信仰深いのか、迷信家なのか洋吉にはわからなかった。洋吉はスイカを食べ始める。いつもより腹にずっしりと重いのは、普段より量が多いせいなのだが洋吉は気がつかなかった。そんな洋吉を神川は面白そうな顔をして眺めていた。
 洋吉の恋は実るのかわからないが、洋吉は今、夢の中を歩いているような気持ちでスイカの種を噛んでは吐いていた。
「それにしてもどんな人なんだろうな」
 神川の一言に素敵な人さと洋吉は言っていた。洋吉には本当に幸せな気持ちでいた。
「早く食べてね」
 女将さんが言われて神川もスイカを食べ始めていた。女将さんはもうと言って、また奥に消えていた。
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