万華鏡商店街

一条 しいな

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 三津堂には算之介のいうことがわかりませんでした。三津堂の情がわからない人間なのか、三津堂にはわかりませんが、ただの八つ当たりのように思えました。
 お梅さんは病、よくある遊女がかかる梅毒によってはかなく散りました。三津堂は力抜けたようにぼんやりしていました。
 しかし、とある娘、お梅さんが仲良くしていた遊女が大切にしていた占いの紙を見せてもらいました。
 きれいな薄紙、恋文でした。それを袋にいれていたそうです。そのときお梅さんは悲しげだけど、満ち足りた顔をしていたそうです。三津堂はそれを聞いて泣きそうになりました。
 算之介はまた現れました。
「兄いがお梅さんを殺した」
「算之介、いったいなにが言いたい」
 にらみつける算之介はただならぬ様子で三津堂に噛みついてきました。まるで私がいるから邪魔だった、兄いだから見逃したがそうはいかないなんて。三津堂はおびえていました。昔から知る算之介じゃないととっさに口走っていました。
「算之介、あんたは本当に算之介か」
「兄い、ひどいな、私は算之介だ」
 まるで信じられない。算之介がキラリと光り物を三津堂の腹をめがけて来ました。匕首で三津堂を刺そうとしました。三津堂は必死になりました。
 遊郭の客はまだいませんでしたが、三津堂は必死で逃げました。匕首を振ります算之介が追いかけてくる。
 三津堂が逃げているとさすがに周りも気がついたのか、屈強な男達に算之介は取り押さえられ、魚が陸にあがったようにバタバタと手足を動かしていました。それが悲しくなって三津堂は辻占をやめました。


「なんで、三津堂さんを恨むんだろう」
 庸子は夢を見ているような気分でつぶやいていた。苦々しい気持ちなのか大滝はしばらくしてからため息をついた。
「算之介は三津堂に復讐したいんだろう。逆恨みだ」
 三津堂は黙っている。そうして、肩を落としている。三津堂はじっとしていた。
「庸子さん。あなたは大丈夫ですか」
 こんなつまらない話を聞いてと三津堂が言った。庸子は首を振り、彼女は大丈夫ですと言った。そんな庸子を三津堂は、いやはやとつぶやいていた。
 事務所のソファーに座り、大滝はタバコを指に挟み、茶碗の水を飲んでいた。窓から差し込む光がまぶしいのか彼は目を細めていた。
「とりあえず、我々はどうするべきか考えなければなりません」
 三津堂はつぶやくと「私が囮に」と庸子が言った。そんな庸子に大滝と三津堂は苦笑していた。まるで、なだめるように三津堂は笑いかけるので庸子には少々、いやおおいに不服であった。庸子の気持ちがわかっているのか「お気持ちだけで結構です」と三津堂から言われた。
「私の大好きな方々がさらわれたのに黙って見過ごすなんて」
「自分の身の安全が第一ですよ。お嬢さん」
 大滝の言葉に庸子はぎゅっと拳を作っていた。庸子はうつむいていた。泣きそうに歪められた顔はいつの間にか、ポロポロと本当に涙が出ていた。
 庸子は自分の不甲斐ないことに耐えているようだ。以前、洋吉と神川に助けてもらったことを思い出しているのかもしれない。
 それとも女だから仲間に加えてもらえないのがいやなのか、庸子自身わからなかった。
「洋吉さんがいない世界なんて信じられない」
「まだ死んだわけじゃないからな」
「神川はどうでもいいんですか」
 動じない大人達に庸子は恨めしいのか、責めるような言葉を言いたいが、嗚咽を漏らすばかりだった。三津堂は笑っていた。
 大滝はタバコをふかしながら「いやな娘さんだ」と悪態をついた。
 庸子は大滝をにらんだが大滝は気にしていないようだった。紫煙を口から吐き出していた。
「敵は、三津堂さんを狙っているんですよね。後手に回るより、先手の方が強いです」
「将棋じゃないんだからな」
「まあ、そうですが。のんきに待つばかりではありませんよ」


 庸子を送っていく三津堂の隣に大滝がいた。彼はポケットに手を突っ込む。ぶらぶらと散策しているようなそぶりである。
「神川を取り戻したい」
「そんなことは思っていないくせに」
「三津堂はどうだ。洋吉は巻き込まれやすいからな。また助けるのかい」
「お約束ですから」
 どんなお約束だと大滝はいうが、三津堂は周りを見ていた。
 冬の景色である。雨が降らない乾いた大地に露天が並ぶ。食べ物がない中、高値で売りさばいている。そんな中を夢中で買い求める人々がいる。みな、食うのに必死な顔をしていた。三津堂はため息をついた。
「三津堂は、算之介を嫌いになれない」
「あんな嘘っぱちを信じるお嬢さんもお嬢さんだが、話す三津堂も三津堂だ」
「はたからみれば」
 正しいことなんてないんですよと三津堂がいう。二人の会話が聞こえない庸子は黒塗りの車に乗る前に二人に頭を下げた。胡散臭いと言いたげな運転手はにらみつけていたが、庸子が車に入るとほっとしたような顔をした。帰りには、なにか小言を言われるかもしれない。
 そんな想像はたやすく、庸子がどんなことに巻き込まれてしまうのかわかっていないところに三津堂は言いようもない不安に感じた。
「心配か」
「三津堂は優しいですから」
「三津堂、心配ならばついて行けばいい」
「三津堂は行かなければなりません」
「ほお」
 三津堂は紙を取り出した。表に歌の文句、裏には何時に来い、ここに来いと書かれたものだ。大滝に見せると「後手に回るしかねえな」と笑っている。
「大滝さん。私が帰って来なかったらわかっていますよね」
「まあ、尻拭いくらいはしてやるよ」


 暗闇の中洋吉は叫んでいた。彼は叫び声も枯れたとき、しゃがんでぜえぜえと息を切らしていた。暗闇は怖かった。声をあげて怖さを押し殺すつもりだったのかもしれない。洋吉の目の前にはなにかがぼんやりと浮かんでいた。それがなにか洋吉にはわからなかった。彼は目が良いので目を凝らした。
 おーいと聞こえる。
 聞いたことがあるような声だった。洋吉はしばらく様子を見ていたが、駆け出していた。
「神川」
「あっ、洋吉君」
 二人はこうして出会えた。
「一体なにが起こっているんだ」
「さあ」
 神川が洋吉の問いに答えられるはずもないとわかっていても洋吉は口に出していた。洋吉はうむとつぶやいた。
「これは夢なんだ」
「君は楽観的でいいね」
 神川の皮肉も洋吉の前には意味をなさないのか。洋吉は横になり、夢よ覚めろとつぶやく。
「ここはどこなんだろう」
「わからない。暗くては広さもわからない。私は叫んでいたが、誰も助けに来ない」
「すごいな、君は。私は、どれだけ歩けるか図っていたが、どうやらとんでもなく広いところのようだ」
「ふむ」
 洋吉は横になり、靴を脱いだ。眠いのかあくびする洋吉に神川もならう。神川は座り、あぐらにした。
 彼らの精神は友人に出会えたことに楽観的な考えが浮かんだものの、それはすぐに潰えた。
「ここは広い」
「こんなところ、この辺にはよくあるから」
「まあ、そうだ。洋吉君、君どうしてここにいるんだ」
「あっ、そうだ。不思議なことが起こったんだ」
 洋吉は簡単に辻占の話をした。辻占が怖かったのに、辻占の菓子を買っていた。その紙は赤かった。
「ふむ。私は」
 神川はつぶやいた。神川はいつものように大滝の事務所の留守を守っていた。気まぐれに論文に使う本を読んで時間をつぶしていた。そんなとき、貧しそうな商売人が来た。箱を持ち、物乞いかと思った神川はいくらかの金を持って行く。
「不思議だね。私も辻占をした。そのときはなにも書かれていなかったよ」
「変なだな。私は赤い紙が出てきた」
 洋吉のポケットからは赤い紙が出てきた。神川も同様だった。洋吉には赤い紙がまるで不吉でいや思い出を刺激するようだった。
 小さな赤い紙に文句一つも書かれていない。普通ならば歌の一句くらい書かれている。洋吉には眉間のシワを寄せて「見たことがあるような」と自然とつぶやいていた。
「どこで」
「わからないんだ。それが」
「わかったところでなにかが解決するわけではないからね」
 神川の慰めのような言葉に洋吉はなぜか安堵した。彼にはどうしてもこの赤い紙が忌まわしいもののように思えてならなかった。彼自身その感情をどうすることにもできまいと直感した。
「なぜ私達をここに連れてきたんだろう」
 神川の言葉に洋吉は答えることができずにいた。また神川自身も洋吉と同じように、自分の問いに答えることはできずにいた。
「とりあえず、休んでから」
 あっとつぶやいた。洋吉は神川を見た。暗闇の中からぼんやりと明かりが見えてきた。明かりを持った男がいた。
 辻占の男である。洋吉と神川は顔を見合わせた。ゆっくりと洋吉達に近づいてくる。
 洋吉は逃げようと立ち上がった。神川も立ち上がる。神川は条件反射のようなものだろう。
「もし、もし」
 そんな声が遠くから聞こえてくる。洋吉は駆け出していた。なぜかわからないが、洋吉の後を神川は追いかける。足の長さが違うのか、もともとの身体能力のせいか、神川は洋吉を追い抜かす。
「どうする。洋吉君」
「逃げよう」
 洋吉は後ろを振り返った。彼の目の前に辻占の顔があった。洋吉は叫んでいた。
「ああ、会いたかった」
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