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新しい朝

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   時に嗚咽しながら、最後まで語り終えたヴィルヘルムの背中を、ゾイはさすった。真実を語ってくれたことが嬉しい。全てを吐き出して燃え尽きたのか、ヴィルヘルムは無言で、どこか遠くを眺めている。時刻はまだ深夜だ。眠いのだろう。


「今はただ…目を閉じて」

   その晩、ヴィルヘルムはゾイの膝の上で久しぶりの快眠を手に入れた。心から安心して眠ることが出来たのは、ほんとうに久しぶりのことだった。


××××××

  翌朝、ヴィルヘルムは柔らかい布団の上で目を覚ました。窓から白い光が射し込んでいる。


「おはようございます」

  晴れやかさと気恥しさを感じながら、ゾイの顔を見た。今まで心の奥底に隠していたことを、誰かに受け止めてもらったのは初めての経験だった。医者たちは、あくまでも業務的な態度で、診察が終われば帰って行く。ゾイは昨日の痴態を無かったかのように、あくまで普通の態度で接してくれる。話してよかった、心からそう思った。

「ああ…おはよう」

  椅子を引いて席につく。卓にはいつも通り、食欲をそそる料理が並んでいる。自暴自棄になってロクに食事も取らなくなったヴィルヘルムに、誰かと食べる楽しさを教えてくれたのもゾイだった。何気ない会話をしながら、美味しい料理を食べる。これほど満ち足りた生活はない。

「そういえば…ゾイの故郷はどこにあるんだ?」
「おれの故郷?」

  ヴィルヘルムは、ふと思い浮かんだことをそのまま口にした。目の前のこの使用人は、屋敷を美化し、ヴィルヘルムの食事の世話をするだけにとどまらず、主人の精神的な面のケアも行っていた。
  彼は不思議だ。彼の隣にいると、心が安らぐ。それが、彼の持つ翡翠の瞳のもたらす効果なのか、それともにじみ出る性格の良さ由来なのか、それは分からない。もっと、彼のことを知りたい。ヴィルヘルムは、はっきりと彼に対して使用人以上の感情を抱きはじめていることを自覚しつつあった。

「……詳しいことは、分からないんです。母は色んな土地を転々としていたみたいだから。でも、故郷があるなら見てみたい。母さんが過ごしたその土地を、この目で見てみたいんだ」
「……………………」
「ま、夢のまた夢ですけどね。そもそも、おれがどこで生まれたのかすら知らないし」






  「え?おれの故郷が分かるかもしれないんですか?」「ああ…ゾイの瞳は珍しい色をしているからな」

  ヴィルヘルム曰く、瞳の色や髪の色で、ある程度人種が絞り込めるのだという。書庫には様々な人種を系統別にまとめた本もあるため、それを読めばゾイの故郷が判明するかもしれない、というのだ。
  と、いうわけで二人は共に書庫にいる。ヴィルヘルムも文献を探してくれるという。突然降って湧いた故郷の話に、ゾイは胸を高鳴らせた。


  ────それが、新たなトラブルの火種になるとも知らず。
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