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しおりを挟むーーー「お前もさぁ、花火にスキルかけるバイト参加してきたら?結構収入いいらしいぜ。」
「いや、参加したらって言うけど花火4つしか無音にできないから。」
この時の私は1日に無音スキルを4回しか使えなかった。
「あはは、そうだな。よし、花火にスキルかける為にダンジョン行ってスキルのレベル上げしようぜ。」
「えっ。花火の為だけに?」
「あんっ?花火は日本の心ぜよ。」
「ぜよ、って。あはは。」
去年した旦那との会話がふいに記憶に蘇った。今の子供達は手持ち花火をしたことがない子が多い。以前、ロケット花火をした子供がスタンピードで溢れた魔物の残党に襲われる事件があり、それから打ち上げ花火も家用花火も禁止になった。
禁止になっていた花火だが、夏に花火が見たいというたくさんの要望があり、3年前から音無し花火が作られるようになった。
強力なスキルを持つ有名な探索者達が見守る中、夏に1度大きな花火大会が開かれるようになった。それに伴い、それまでメジャーじゃなかった無音系のスキルがテレビで取り上げられたりもした。
……………急にきた……………
ーーここに住んでいる特権だよなぁ
他の県に住んでいる人達は生中継のテレビ越しに花火を見ていると思う。私たちは、住んでいるアパートについている小さい庭に出て、空を見上げれば花火が直接見える。
頭の中に別の記憶も連鎖して蘇ってくる。旦那との初デートは花火大会だった。ダンジョンなんて地球にまだなくて普通に花火大会がどこそこで開かれていた。花火を見ながら初めて繋いだ手。今、私の腕には片手に次男を抱っこし、片手は長女と繋いでいる。長男は遠慮がちに私に寄りかかって花火を見上げている。
だけど、いなくちゃいけないもう1人がいない。
いなくなって5ヶ月。
最初は現実味がなくて。次は現実がリアルに襲ってきて。深く考える暇もなく。
今、きた。
「ママ~、どうしたの~?」
「お、お母さんっ!」
長女と手を離して次男を抱っこしたまま自分に無音のスキルをかける。
しゃがみこんで、子供たちに抱きつきながら大きな声で泣く。泣いている声は聞こえなくても、涙が次から次へと溢れているし顔もぐしゃぐしゃな母親の顔を見て長女と次男が泣き出した。長男に次男を渡して(何も言わず抱っこを引き受けてくれる長男、マジ神)長女の手を引いて家の中に入った。
それから、泣きに入りたかったけど、泣くのに浸れないのが母親業ってもんで。泣きながらも庭の片付けをして、まだ入っていなかったお風呂にみんなで入り(この頃には涙は止まっていた)、歯みがきをさせ、寝かしつけをする。特に長男が動揺してしまったから、大丈夫だよと頭を撫でながら寝かしつけをした。
とっくに花火は終わった、深夜0時過ぎ。虫除けの魔道具を家の中に入れるのを忘れていたため、小さな庭に出る。
空を見上げると以前より星が輝いて見える。この10年で魔石エネルギーが世間に浸透し、車の排気ガスが減ったおかげかもしれない。
いや、ただ私が感傷的になっているから輝いて見える気がするだけかもしれない。
庭に置いてある旦那の日焼け用のイスに腰かける。これも、邪魔だからいらないって私が言っていたが旦那が無理やり置いたものだ。
………ひょっこり帰ってくるんじゃないかと思っていた。
遺体を見ていないせいで実感があまりなかった。
でも、もう帰って来ないんだね。
まだ深く考えたくない。考えられない。
実感が襲ってきたのは今日だから。
旦那と決別なんてまだできない。旦那は死んだって言いたくない。
こういうのは時間が解決してくれるって聞いたことがある。それまで深く考えるのはやめて、家のことやダンジョンのことを考えよう。
ダンジョンについては3層より下はまだ考えていない。お金は欲しいけれど、他に替えられない宝物が3つもあるのだ。私まで帰らないなんてことにならないよう私は絶対に下層には行かない。そのうち5層のゴブリンを倒せるようになれば収入も変わるかなとは思うが(魔石500円ドロップ品500円~1000円)やっぱり何があるかわからないダンジョンだから最低限の3万円稼げればいいというスタンスを貫いて行こうと思う。
家のことは、来週から無認可保育園のお試し保育に次男を通わせることが決まったし、長男も学校が始まる。長女は8月いっぱいはお休みだけど、2人だけで買い物デートに行く約束もしている。
その前に明日からは子供孝行をしなければいけない。特に夏休み始まってからずっと、下2人をお世話してくれた長男が行きたい場所に連れていってあげるのだ。
子供が3人いると、感傷にひたっている暇なんてないのだ。
よし、と気合いを入れて取りに来た魔道具をちゃんと忘れずに掴んで家の中に戻るのであった。
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