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大樹海での暮らしも住めば都

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 ジルクのえげつない魔法陣の発動に、私は戦慄を覚えた。
 あんな発動の仕方は手加減なしに魔力を魔法陣に注いだからに他ならない。魔力制御ができていないのは致命的だ。
 そもそも気を失うほどの魔力を使うことは想定しておらず、そのレベルでの発動は考えてない。だが……。
「魔法陣ってすごいですね!」
 眩しいぐらいに清らかな輝きを放ちながら、満面の笑みを浮かべるジルク。
 彼の様子を見る限り、体調を崩しているようには見えない。あれだけの魔力を使って平然としていられるということは、ジルクの魔力量は通常の二~三倍はあると推定できる。
 とんでもない才能だわ……。
 私の描いた魔法陣を理解し、想定以上の発動ができる魔力を持つ者。そんな人に今まで出会ったことがない。
 自分が何やったかを分かってない無垢なこの少年になんて答えたらいいか分からず。
「……とりあえず、魔力制御のやり方から、覚えようか……」
 それだけを伝えた。


 ここからはトントン拍子で生活基盤が整っていった。
 魔法陣を駆使して、大樹海の木材を使ってログハウスを作り、川から集めた砂鉄で調理器具を作り、草木の繊維から衣類を作った。生産業に関わる魔法陣は経済を狂わせるとして作ることは禁止されているが、ジルクの言う通り追放された今、そんなものは関係ない。
 ジルクと共に仕事をしていると、彼が本当に優秀だと分かる。ログハウスを作る際も木材の状態や組み立て方など詳しくて、彼に構造を教えてもらいながら建築の魔法陣を作成した。調理器具も衣類もすべて原材料から作り方までジルクは知っていた。
「やたら詳しいわね……」
「本はよく読んでましたから。そのおかげです」
 ジルクは照れくさそうに笑う。
 今時の貴族はこんな若いうちから英才教育をするものなのね。私はそう感心した。

 ときどき失敗しつつも、ある程度魔力制御ができるようになったジルクは私が作った魔法陣を片っ端から発動させ、三日で衣食住が揃ってしまった。
「信じられない……」
 ログハウスの中に最低限ではあるが家具も揃い、寝室にはベッドがあり、クローゼットには衣類が数着ある。
 カリシナ王国に住んでいた時より快適かもしれない……。
「今日の夕食の食材が足りないので、今から魔獣を狩ってきます!待っててください!」
 ジルクがお手製の弓を持って外に行こうとする。今まではジルクが持ってきていた保存食で何とかなっていたけど、とうとう底をついたらしい。
「ちょちょ、ちょっと待って!」
 私は慌てて引き止めた。
「魔獣を仕留めてくるって、そんな危ないでしょ?!」
「しかし、狩りをしないとお肉食べられないし……」
 男の子らしい言い分だな。
「狩りに行かなくても、罠を仕掛けるとかそれでいいじゃない!」
「魔獣は賢いので、罠にはかかりません。それに中途半端に傷つけると凶暴化するので一撃で仕留める必要があるんです」
「うさぎとか鹿とかでも……」
「見つかったらいいですけど、魔獣の方が見つけやすいので」
 見つけやすいという理由だけであんな怖い魔獣を狩ってくるとか……。
 ジルクの説明に私は何も言えなくなった。
 でも、まだ若い少年を狩りに行かせるのは大人として気が引ける。しかし食料調達は外せない。
「……分かったわ。私も行く」
「えぇ?!」
 私の言葉にジルクが驚いた。
「貴方一人じゃ危ないでしょ?私も着いていけば助けることもできるじゃない」
「い、いえ、しかし……っ」
「大丈夫!盾の魔法陣もあるし、何とかなる!」
 そう決めて、ジルクと一緒にログハウスを出た。


 すぐに私は打ちのめされた。
 あれからログハウスを出て魔獣狩りに出かけた私たちだったが、私の体力が持たずすぐに息切れをし、魔獣を見つけても私が木の枝を踏んで音を出したために魔獣に追われ、やっと魔獣を仕留められても体が大きすぎて運ぶことも出来ず……。
 ……私、役立たずじゃん……。
 あまりの不甲斐なさに地の底まで落ち込んでいた。何より、狩りの最中に魔法陣を使うことはできなかった。魔法陣を発動すると光るし、私は魔法陣発動が苦手だったことを失念していた。
 あーもう、カッコ悪い……。
 リビングのテーブルに突っ伏して、頭を抱えた。年下、それもまだ十歳前後の子供に助けられるなんて、大人のプライドがズタボロだ。
「お師匠!夕食ができました!」
 ジルクがお皿を持ってきた。大きめの平皿に山菜と蒸し肉と平たいパンケーキが乗っている。私はびっくりして、ジルクを見た。
「ちょっと、何でパンケーキがあるの?!」
 驚く私を見て、ジルクは笑みを浮かべた。
「昨日山菜採りに出かけた時、豆類の植物が自生してまして、豆を収穫して粉にしたんです。小麦粉の代わりになると思って」
 ジルクは事も無げに説明する。私は唖然としてジルクを見つめた。
 豆類がパンケーキの原材料の代替品になるとは知らなかった……。
「ん?ちょっと待って。豆類の植物って確か日当たりのいい場所じゃないと育たないんじゃ……」
「それが育ってたんです。他にもレタス、玉ねぎ、トマト……」
「えぇ?!それみんな、湿地の大樹海じゃ育たない作物よ?!」
「その筈なんですけどね……まぁ、リンゴやイチゴがなっている時点でこの大樹海がおかしいのはわかりましたけど」
 苦笑を滲ませるジルク。
「でも季節を無視して植物が自生するのは何でかしら……?」
「この大樹海は他の土地より、空気に含まれる魔力含有量が多い気がします。おそらく土地に含まれる魔力も多いのでしょう。育ちがいいのはそのせいかと」
 ジルクのセリフに私はぎょっとした。
「魔力、分かるの?!」
「分かりますよ。人がまとう魔力も何となく感じることができます。ちなみにお師匠の魔力はあったかい感じがします」
 にっこりと笑うジルク。私は肩の力が脱力した。

 魔力を感じ取ることのできる魔力量の多い少年。
 しかも、家事力も高いと来た。

 この子、本当に貴族の子なの……?



 国外追放されて、アルテシスの大樹海にたどり着き、ジルクと出会ってから一ヶ月。
 大樹海での生活にも慣れてきて、私は涼しい早朝にログハウス周りの草むしりを始めた。ログハウスの近くの、張り出している周りの木の枝を少し切ったことで陽の光が入るようになったため、雑草が出てくるようになったのだ。
「むしった草の繊維を使って、糸や紙が作れるから一石二鳥よね。ん?  三鳥かな?」
 糸からは服などの布製品、紙は魔法陣の作成に使える。
 次はどんな魔法陣を作ろうかワクワクしていると、ジルクが私を呼びに来た。
「お師匠!朝ごはんですよ!」
 元気なジルクの声に、私は返事を返した。
「はーい!」
 ジルクが食事を作ってくれる日常にも慣れ、私はいつも通りに服のホコリを払い、家の中に入ろうとした時。

「……まさか、こんなところに家があるなんて……」

 人のつぶやきが聞こえた。

 ……まさか……。
 聞き覚えのあるその声に、私はゆっくりと振り返る。

 そこにいたのはカリシナ王国の宰相の息子、ルカウス=カシータだった。

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