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虹色の砂
しおりを挟むポゥ、と緑色の光が瞳に宿る。
続いてウィィン、とモーター音が響き出した。
機械のような動作音は、徐々に音階を上げていく。
「オハヨウゴザイマス リル」
大切な、何よりも大切な少女に向かい目覚めの挨拶を告げる。
まだぽやぽやと寝ぼけ眼の少女は、ふるふると頭を振り意識を覚醒させる。
そして少女も、大切な存在へ目覚めの挨拶を返す。
「おはよう、エリオ!」
「おみずほしいよー」
「ドウゾ リル」
リルと呼ばれる少女は、機械へ向かって水をねだる。
「ありがとう!エリオ」
エリオと呼ばれる機械は、少女へ水の入った水筒を手渡す。
「きょうもあついね」
少女は、頭まですっぽりと覆われたコートを羽織り、隣を歩く機械へ声をかける。
「ゲンザイノ キオンハ セッシ42ド デス」
機械も少女と同じく、全身を覆うコートで太陽の日差しから身を守っていた。
少女と機械は何処までも広がる砂漠の大地を歩いていた。
「きのうとおなじくらいだね」
少女は、笑顔で機械へ答えた。
「ソウデスネ」
機械は、いつものように変わらぬ口調で少女へ答えた。
「エリオ、あそこのひかげでやすもう」
少女は疲れた様子でこの砂漠にある、街だったものの残骸を指差す。
「ワカリマシタ リル」
「エリオ、おいるのむ?」
「ハイ リル」
少女は、コートの下から携行のオイル缶を取り出し機械へ手渡した。
「えっと、きょうのもくてきちは」
「ヒガシチク Aブロック ニアル アラカントストア デス」
開いた地図を端から端まで眺める。
「あらかんとすとあ……あらかんと、あった!」
「ここだね。あとどのくらいだろう?」
クルクルと地図の上の目的地を指でなぞる。
「ココカラ チョクセンキョリニシテ 約10キロメートルデス」
「まだかかりそう?」
「ハイ」
「じゃあ、ここでしっかりやすんでいこう!」
「ワカリマシタ リル」
少女と機械は、このまま一休みする事にした。
「あれ?エリオ、なんだかうごきづらそう……」
ふと、少女は機械の異変に気付いた。
それは、通常の時と比べたらほんの少しの違いだったがいつも機械の傍にいる少女には見分けが付いた。
「だいじょうぶ?」
「オソラク カイロガ サビツイテキテイルノカモ シレマセン」
機械は胸の辺りのカバーを外し、少女に見せた。
「それってなおる?」
少女は心配そうに機械を見つめる
「ワタシノカイロハ トクシュナパーツデ デキテイマス」
「とくしゅ?」
「デスノデ カンタンニハ ナオセナイカモ シレマセン」
「えっ!そうなの……」
「ダイショウブデス リル」
「ワタシハ リルヲ マモリマス」
不安でいっぱいになった少女を、宥める様に機械が少女へと腕を伸ばす。
「エリオ……」
少女は泣きそうになりながらギュッと機械の腕に縋り付く。
少女の頭を、機械は冷たい手で優しく撫でた。
「すみませーん」
「はーい、いらっしゃい」
老齢だが元気の良さそうな店主が返事をする。
「お嬢ちゃん一人で来たのかい?」
だが、まだ幼い少女を見てこんな所へ一人で来たのかと目を丸くする。
「ううん、エリオといっしょだよ」
「エリオ?」
「うん、ほらあそこにいる」
すっ、と少女は店先に佇むロボットを指差す。
「ああ、護衛型ロボットのことね。なら安心だ」
「うん!」
「それで、お嬢ちゃんは何を買いに来たんだい?」
「にじいろのすな」
「虹色の砂?」
店主は少しの間考え込んだ後、思い至らなかったようだった。
「うーん、聞いた事ないなぁ。ごめんよー」
「そっかぁ……」
気を落としながらも少女は店主にお礼を言い、また次の目的地へと旅立って行った。
夜が更け、機械は毛布に包まる少女の傍で焚き火の見張り番をしていた。
「ねぇ、エリオ」
「ナンデショウカ リル」
「にじいろのすな、きっとみつかるよね」
「おかあさん、それがあればたすかるよね」
「ハイ リル」
「そうだよね……まっててね、おかあさん……」
少女は眠気が限界だったのか、喋りながらウトウトと瞼が閉じていく。
「オヤスミナサイ リル」
機械はそのまま少女に寄り添い、目の前の焚き火へ火が絶えない様に夜が明けるまで焚き木をくべていた。
「みて!エリオ!」
次の目的地まで、あと少しの所まで来た少女と機械。
少女が指差す先には、本でしか見た事のない、緑豊かな木々や川が流れていた。
「このまち、まわりがぜんぶがらすになってる?」
その街は、幾つものガラスの立体が積み重なり、天井まで周囲をドーム状に覆われていた。
「エリオ!ほら!」
はしゃぐ少女を見つめ、機械は告げた。
「リル ココガ ワタシタチノ ホントウノモクテキチ デス」
「ほんとうの、もくてきち……?」
「ソウデス ココへクルコトヲ ワタシタチハ メザシテイマシタ」
「どうして?」
「ココハ コノサバクカラ ノガレラレル ユイイツノ キボウノマチ デス」
「ソウ ハカセガ オッシャッテイマシタ」
機械が言うハカセとは、機械を作り上げた少女の父親の事だった。
「おとうさんが……?」
「サア タビノオワリハ アトスコシ デス リル」
「キョウハ モウ オソイノデ ネマショウ」
次の日の朝。今日も変わらず太陽は照り付ける。
「エリオ、おはよー!」
いつもならすぐに返事が返ってくるはずの機械から、何の反応も無い事に少女は訝しんだ。
「エリオ?」
コンコン、とエリオの胴体をリルが叩く。
「エリオ、起きてー」
「ねぇ、エリオ」
ギギギ、とエリオがリルに腕を伸ばす。
「リ ル 」
エリオが手を開くと、そこには小瓶が握られていた。
中にはキラキラと輝く砂が入っていた。
「これ……」
少女にはそれが何か分かった。
ずっとずっと、探し求めていた物。
――虹色の砂だ。
「エリオ……これ、どうしたの?」
「リルヲ マモル メイレイヲ ウケタトキ 」
『エリオ。君の名前はエリオだ』
『エ リ オ ワタシノ ナマエハ エリオ』
『ああ、そうだ。君にはこれから私達の娘……リルを守っていって欲しい。それが君への、最初で最後の命令だ』
『メイレイ メイレイ』
『エリオ リル マモル』
『ありがとう……エリオ。私達の愛する娘を守ってくれ……』
『これを、君に預けておく』
『コレハ ナンデショウカ』
『虹色の砂だ。リルにはこれを探しに行くように伝える』
『ソレハ ドウイウ コトデショウカ』
『この街は、もうじき砂嵐に飲み込まれる。一刻も早く離れなければならない』
『だが、私はここを離れることはできないのだ……』
『ナゼ デスカ』
『妻は……もう目覚める事はない……永遠に』
『世界の砂漠化が進むと同時に流行り出した奇病……砂漠に侵食された地域の住民は皆、覚めることの無い眠りについてしまう』
『私は妻の側に居なくては……ずっと、側に居ると約束したのだ』
『しかしリルを、娘を私の我儘に付き合わせる訳にはいかない』
『リルは、まだ幼い。私達の希望だ』
『リルには、お母さんは眠っているだけで、虹色の砂を見つける事が出来ればまた目覚めると伝える』
『そして、エリオ。君の真の目的は、リルを遥か東にある砂漠から逃れられる、唯一の希望の街へと導く事だ』
『リルにはそこで平和に暮らして欲しい。これが私達の願いだ……。リルを頼む、エリオ』
「ダマシテイテ ゴメンナサイ リル」
「モウ ワタシハ リルヲ マモルコトガ デキマセン 」
「ダカラ ココデ ヘイワニ スゴシテクダサイ」
徐々に機械の動作音が弱くなっていく。
「ゴメンナサイ リル」
ついには、モーター音が聞こえなくなった。
「リ ル ワタシノ タイセツ ナ 」
そう言い残して、機械の瞳から緑色の光が消えた。
「エリオ……やだ……」
少女は、泣きながら機械の胴体を揺さぶる。
「エリオも……お母さんみたいにねむっちゃうの?」
だが、機械は何の言葉も発しない。
「ねぇ、エリオ……。リルのことおいてかないで……」
リルの母親の様に。
「エリオ……おきて……」
深い、深い眠りにつく。
「ねぇ、エリオ?」
✱✱✱
「これで……よしっと!」
「おじさーん!修理終わったよー!」
煉瓦造りの家の屋根から少女の声が響く。
少女はトン、トンと屋根の上から梯子を伝って降りてくる。
「おお!すまないねー!リル」
「はい、お礼の物だ。だが、こんなおんぼろのパーツで良いのかい?」
白髪の老人がリルと呼ばれた少女へ、古びたパーツの様なものを手渡す。
「うん!ありがとう、おじさん!」
「よし!今日のノルマはこれでおーわりっと!」
ぐーっと伸びをして天を仰ぐ。
空から降り注ぐ太陽の日差しは、外では砂漠化を進め生き物の生命を削るものだったが、ガラスに覆われた街にとっては丁度いい無くてはならない恵みの日照りだった。
「お茶でも飲んで行くかい?」
「ありがとう!でも、ごめんなさい!今日は急いで帰らなくちゃならないんだ!」
「そうかい?気をつけてなー」
「うん!またねー!」
老人の申し出を断り、手を振る。
「やった!これで、集まった!」
少女は抱えたパーツを嬉しそうに鞄に仕舞い込んで急いで走り去っていった。
「これで……。こうして……と」
錆びれた小屋の中に、機械と少女が居た。
「ねぇ、エリオ。エリオはずっと私に隠し事してたんだね」
少女は物言わぬ機械に話しかける。
「まさかエリオが持ってたなんて。全然、気がつかなかった」
だが、話しながらも手は止めず機械にパーツを取り付けていく。
「本当は……お父さんとお母さんと離れた時は、寂しかった」
少女は、機械が沈黙していても構わず話しかける。
「でも、あの時の私はお母さんを助けられるって思っていたし……何より、私の側にはずっとエリオが居てくれた」
じっと見つめる少女の眼差しは、心の底から機械への慈しみを抱いている様に感じられた。
「エリオはいつも私の事を見守ってくれてた」
それは、愛。
「エリオが居たから、今の私がいるの」
家族愛。
友人愛。
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そのどれでも、言葉で表す事が出来ない。
「だからね……。私、頑張ったよ」
少女と機械にはそれらとは別の、そしてそれ以上の絆があるから。
丁寧に、丁寧に仕上げのボルトを締める。
「さ!お待たせ、エリオ」
背中にある起動スイッチを上に押し上げる。
程なくして、機械の動作音が小屋の中で鳴り響く。
動作音は徐々に音階を上げていく。
「エリオが今の私を見たら、びっくりするかな?ふふっ!」
だから、この子が起きたらいつもみたいにこう言うんだ。
目覚めの言葉。
そうして、再び産声をあげる。
そう、これは祝福の言葉。
「おはよう、エリオ」
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