君の隣で

ホタル

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君の隣で

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 せんぱーい。これ、お願いしていいですか?
 ん?あぁたまにあるよね、やたら固いフタ。貸してみ・・・ホレ。
 おお、ありがとうございます。やっぱり頼りになりますねー。
 どういたしまして。
 もうご飯ほとんど出来てますよ。早く来てください。
 ありがとー。片付けは私がやるから。
 分かりました。先輩キレイ好きですもんね。



 そう言い残して彼女は台所に向かった。私はその後ろ姿に見惚れながら苦笑する。キレイ好きかー、どちらかというと片付け上手だろうに。別に好き嫌いの問題ではないのだから。ただ生まれた頃からモノの整理整頓が得意だっただけだ。
 だというのに、自分の気持ちは上手く整理できていないらしい。意図せずして溜め息がこぼれた。原因は・・・おそらく罪悪感。朝食を作らせたことに対してではなく、こうしてルームシェアしていることに対して、だ。
 四月の末の頃、私は彼女にルームシェアの話を持ちかけた。彼女は元々寮生だったのだが、その寮で少々問題が発生し、その結果寮が使えなくなってしまったらしい。そして住む場所を失った彼女に、すでにその頃から寮の先輩後輩として付き合いがあった私がルームシェアの提案をし、今に至ると言うわけだ。
 端的に言って、私は彼女のことが好きだ。ライクよりラブに近いくらい愛している。明るく朗らかな笑顔も、甘えてねだるような仕草も、お風呂上がりにチラリと見えるボディラインも愛おしい。彼女が許してくれるなら全身隈無くペロペロして喘がせ、その愉悦に溺れた表情を剥製にして飾り付けたいくらいだ。・・・流石にこれは変態過ぎるな、気持ち悪いぞ私。
 そんな私の勧誘には当然下心がたっぷり含まれていたわけだが、そんなことは露知らず、彼女は私からの勧誘を慈悲と慈愛に満ちたものと捉え、それ以来私に対する視線に敬意と呼ぶべきものを込めるようになってしまったのだった。嬉しいことは嬉しいが、彼女の無垢なる心と私の邪念とではベクトルが違いすぎる。そのためどうしても罪悪感を感じてしまうのだ。私は彼女から他の数多の選択肢、それこそ最良の可能性さえをも奪ってしまったのだから。
 そう考えて心の中でモヤッとしたモノが蠢いた。駄目だな落ち着いていない。こういう時、決まって考えてしまうのだ。今からでも、彼女のことを思ってルームシェアを解消するべきなんじゃないか、と。実際その方が多分彼女のためだろう。でも、それは何となく嫌だ。子供じみた幼稚な感情が邪魔するようにゴテッと無造作に置かれている。分からない。自分の気持ちが上手く言語化できない現状に焦燥めいたものを覚えた。落ち着くために深呼吸すると、美味しそうな卵焼きの香りが鼻に吸い込まれて、朝食の用意が出来ていたことを思い出した。
 ・・やれやれ、いずれにせよ立ち上がらないといけないらしい。
 私は答えを用意できないままに腰を上げ、食欲そそる匂いのする食卓の方へと足を向けたのだった。



 ごちそうさまでした。
 はい、お粗末様でした。片付けは任せて良いんですよね?
 任せてー。
 じゃあお願いしますね。・・・今日は先輩一日オフですか?
 うん、講義も課題もバイトもない完全オフの日だね。そっちは?
 私も今日は丸一日休みですね。特に課題とかもないですけど、他の友達は都合つかなさそうですし・・・。二人でショッピングにでも行きますか?
 うーん、魅力的ではあるけどパスかなー。私今貯金中だし、大学生はお年玉も貰えないしね。
 あぁ、確かにそうですね。私も今年は里帰りしなかったから貰えてないですよ。それじゃあどうしますかね。DVDでも借りて映画鑑賞しますか?
 おっ、いいねそれ。今日レンタル料半額の日だったはずだし。
 じゃあ決まりですね。私少し支度してきます。
 私も皿洗ってから準備するよ。十分後目安でいいかな。
 了解でーす。


 面白かったですねー。まさかあんな形で繋がるなんて思いませんでしたよ。
 思い返したら確かに伏線張られているんだけどねー。見せ方が上手いのか、私も全然気づかなかった。
 それで、次は何を見ます?もう一本ラブコメいっときますか?それともこっちのSFにしときます?
 私は別にどっちでもいいよ。どっち先に見たい?
 私はSFですかね。単純なモノの方が好きなので。
 じゃあそっちにしようか。
 楽しみですねー。コレ、ちょうど受験の時期に公開したせいで見に行けなかったんですよ。
 なるほど。なら尚のことこっちを見よう。
 
 
 いやー面白かったですね。ロボも格好良かったですが、私は怪獣のデザインが好きです。日本の特撮をリスペクトしているとは聞いていましたが、想像以上の仕上がりでしたよ。二人で操縦するってところもバディー作品のツボですし、何より司令官が良い味出してました。最後の作戦に望む姿勢、格好良かったですねー。うん、私はコレかなり好きですね。
 ハハハ、相変わらずこういうの楽しそうに観るよね。まあ、コレは私もかなり楽しめたかな。
 それは何よりです。巨大ロボの作品を楽しむ人が増えるのは良いことですから。
 でもそのジャンルで借りてきたのコレ一本でしょ?遠慮しないでもっと借りても良かったのに。
 人と観るのに私の趣味全開だったら申し訳ないじゃないですか。それに、あの店に置いてある特撮、ロボ系作品はおおまか観たことありますから。
 そう?それなら別にいいけど・・
 そんなことより、どうします?もうお昼過ぎですけど先に昼ご飯食べますか?それとももう一本見ますか?
 ん?あぁもうこんな時間か。私はどっちでも良いよ。別にすごいお腹ペコペコでもないから。
 じゃあ先に見ますかね。次は・・先輩が選んだコレにしましょうか。
 

 なんというかこう・・・オトナの物語でしたね、はい。
 ・・つまらなかったなら素直にそう言ってもいいんだよ。
 うーん、つまらなかったと言うよりはこう・・・私には理解しがたい領域でした。面白いとかそれ以前の問題でしたね。
 アハハ、まあいつか楽しめる日がくるよ。
 そうだといいんですけどねー。さて、それじゃあ遅いですがお昼にしましょうか。また私が作るので、片付けお願いしますね。
 いいの?私が作ってもいいのに。
 先輩よりは私の方が料理上手ですからねー。いいですよ、別に。



 そう言いながら台所の方に歩いていく彼女の後ろ姿を見て、私はまた溜め息がこぼれた。上手く振る舞えているのだろうか?数秒前の自身の行動を振り返って、また一つ溜め息が出る。
 私は彼女のことが好きだ。同性で後輩で同居人だけど彼女のことを愛している。だから彼女に好かれたいし、愛されたい。
 そのために私は自身の行動を統制している。それは「演じる」というほど露骨なものではなく、どちらかというと「装う」という感じだった。私は誰かにはなれず、自分のまま自分を変えていくことしか出来なかった。「彼女に愛されるためなら自分さえ要らない」なんて格好良いことは言えなかった。中途半端だな、私は。
 ジュージューとフライパンから気持ちのいい音が聞こえてくる。野菜炒めでも作っているのだろう。たまに漫画とかである、料理している女の子の後ろから抱きつくシチュエーションを想像して馬鹿らしくなった。私の想いがどれほど正当で、真摯で、誠実であろうとも、私の愛が真実であっても、それで現実は変わらない。
 ある人、某ゲームに出てくるショタ作家いわく、
 「愛」とは求める心。
 「恋」とは夢見る心。
 「愛」の前に「恋」は敗北し、
 「現実」の下に「愛」は屈服し、
 「恋」によって「現実」は屈折する。
 歪な三角形は、歪みながらもなお正しさを失わない。だから私は彼女とのこの世界をどうにも出来ない。私と彼女の関係はどうにもならない。
 私が抱くものが「愛」であっても、或いはそれ以外の何かであっても、それが「恋」でないのなら、私は「現実」という形もないくせにやたら重いそれを打ち払えないのだ。
 そして、私のコレはきっと「恋」ではない。むしろ、私は夢を見せる側の人間だ。あのとき手を差し伸べた、優しく頼れる私という幻想めいた夢を彼女に見せる必要がある。それが私と彼女を繋ぐ関係で、それが彼女が私に抱いたイメージ像なのだ。下心を内に秘めて、私利私欲のために偽善を働いた私にはその義務がある。
 そこまで考えて、料理を皿に盛り付ける音が聞こえた。思考を止める。結局のところまた答えは出てこなかった。いや、はじめから私に答えを出す気なんてあるのだろうか。答えを出せば、その正否に関わらず何かは変わってしまう。二十歳の私はそれを経験則で知っている。無数の選択肢から一つを選ぶことで他の多くの可能性を無くしてしまう怖さを、私は大なり小なり知っているのだ。
 溜め息を一つ出した。今度は無意識じゃない。心に巣くった、私の中の私がキライな部分、彼女との関わりで不要な部分を一度体外に吐き出すための溜め息だ。動揺はよくない。冷静に、平静になろう。
 さしあたって、まずは彼女が作ってくれた昼食をいただくべきだろう。



 ごちそうさまでした。
 はい、お粗末様でした。お茶飲みますか?
 もらいたい。片付けは後で私がまとめてやるよ。
 助かります。今淹れますね・・・。はいどうぞ。
 ありがと。うん、美味しい。
 それは良かったです。
  ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 これからどうしようか?映画観賞続けてもいいし、夕飯の買い出しに行ってもいいけど。
 ・・・あの、先輩。
 ん?何?
 少し・・・お話よろしいですか?
 ??いいよ、別に。何?
 先輩が私にルームシェアの提案してくれてから、もう九ヶ月ぐらいするんですよね。
 そうだね。まだ四月だったし。
 あのときは本当に助かりました。寮に居られなくなって困ってましたし、友達も数日ぐらいなら泊めてくれましたけど、同棲となると色々難しかったので。
 まあそうだよね。
 ホテル住まい出来るほど余裕は無かったですし、かといって空いているアパートもすぐには探せなかったですし。
 仕方ないんじゃない。
 実家に帰るのも無理ではないですけど、やっぱり遠すぎるので。
 そっか。
 だから、本当に助かりました。ありがとうございました。
 どういたしまして。・・・どうしてそれをこのタイミングで?
 えっと、本題はここからなんです。さっきも言ったように私たちがここで一緒に暮らしてからもう九ヶ月も経つんですよ。その間、大きな問題や取り立てるほどの苦難はありませんでした。
 そう・・だね。比較的上手くやっていけていたと思っているよ。
 えぇ、私も特に不満や文句はないです。むしろ楽しくやらせてもらっていたとさえ思っています。
 それはどうも・・・。
 でも・・・、いえ、だからこそ私たちはルームシェアを解消するべきだと思うんです。
 !?!?!?!?!?!?
 先輩が許してくれて、私もついつい楽しさにかまけていましたが、来年からは先輩だって就活とか卒論とか色々大変になるじゃないですか。そうなったら今ほど穏やかに過ごせるとは思えないですし、例え来年は上手くいってもお互いが社会人として働いたらどうなるか。
 えっえっ!ちょっ、ちょっと待って!
 だからこそ、お互いが楽しかった同棲生活と思えている今の内に解消しておくことが重要だと思うんですよ。その方が私たちのためにも良いと思うんです。禍根というか、面倒なこじれやしこりを残さずに済む気がするんです。
 いやっ、だからちょっと待ってって!落ち着いて!というか私を落ち着かせて!
 本当はもっと早い段階から話すべきだったと思っています。先輩のご厚意と居心地の良さに甘えていた私が悪かったんです。すいません。けど、これで先輩も元の生活に戻れますよね。
 だ!か!ら!落ち着いてって!えっ!?急にどうしたの、本当。今までそういう話一切してこなかったのに・・・。
 一応以前から考えてはいたんです。この同居が生涯ずっと続くとは思ってませんでしたし。この前ちょうど良い物件が見つかったので、それで今こうして話しています。
 えっ?!もう家も見つけたの?
 まだ契約とかはしてません。ただ、ここならいいかなっていう目星は付けました。引っ越すとしても今日明日の話ではないですが、報告しておくべきことですから。
 そっか・・。そう・・・だよね。いつかは・・・うん。
 はい。だからその、今まで本当にありがとうございました。・・・って言ってもキャンパスとかじゃ普通に会うと思うんですけどね。別に私、遠くに行く訳ではないですし。



 ハハハと苦笑する彼女の声が遠のいていくのを自覚して、今自分がいわゆる放心状態になっているんだなと他人事のように理解した。なるほど言い得て妙というか、確かにこういうとき本当に心と身体が乖離するんだなと感心すらした。今の私はニヘラニヘラと気持ち悪いほど明るい笑顔を顔に貼り付けていた。
 そうでもしないと泣いてしまいそうだったのだ。当たり前のことを見過ごしていた自分への苛立ちと腹立たしさで沸騰した心が、出口を求めて奔流していたのだ。
 時間は私の選択や迷いをよそに、つねにとどまることなく流れている。
 地球は回り、世界は動き、社会は移り、そして人は選ぶ。
 誰も私を待ってはくれないし、私もまた人の都合を考えずに決断する。
 人と人との無関係さを、人間の本質的な無関心さを忘れていた。
 私と彼女は他人なのだ。他人だから、お互いの考えなんて分かり合えない。分かり合えるはずがない。
 そして、私も彼女も人間なのだ。人間だから、思考して奔走して迷走して、そしていつか必ず答えを出して行動する。私が考え続けていたように、彼女もまたずっと考え続けていた。そして、答えを出した。それは当然のことだった。
 同居が永遠ではないことも、彼女がいつか私の下を離れることも、愛やら何やらが女同士の間に生まれないことも当然のことだ。その当たり前を、浮かれた私は忘れていたのだ。馬鹿だな、無駄なことをあれこれ考えるよりも彼女と一緒にいる努力をすべきだったろうに。その方がよっぽど現実的で建設的だ。
 心の中で、私のゴタゴタした感情が次々にあるべき場所へと収納されていくのを感じた。比例して、私の心も冷たくなる。熱に浮かされていた数分前までの自分が凍りついて、手先からボロボロと崩れ落ちていく。痛みはなく、ただ私の中の大事な何かが欠けていくのを感じた。
 これが「現実」の冷たさ。私は屈するしかない。
 昔から片付けは上手だった。散らかったものがどういう風に整理されれば一番見苦しくないか、私の頭の中には答えとそこまでの行き方が不思議と分かっていた。その導きに従っていれば、少なくとも私が失敗することはなく、大抵のことは丸く収まっていたのだ。今回もご多分に漏れずそうなると思っていた。
 なのに今、私の心は片付け場所のない、置き場のない感情で溢れている。いつも燦然と輝いている導きの光も見えず、私の心は片付けられてなお、依然として散らかったままだった。私の中から平らを奪うようにごちゃごちゃと配列されたそれらを私は黙ってじっと見つめる。まるでそこにあってはいけないモノであるかのように、それは私の心の中において異物だった。考えても、この異物と私の心とが溶け合う術は分かりそうもなかった。
 だというのに、目の前の彼女を見て一瞬で私は答えを知った。下らない、自己解釈たっぷりの解答を手に入れた。私好みに味つけられたそれを口にするのは憚られて、それでも声を出すことにした。伝えるも伝えないも後悔に繋がるならば、せめて私は自己満足に溺れたかったのだ。



 私は、君のことが好きだよ。
 先・・輩?
 君を愛してる。気持ち悪いと思うかもしれないけど、一人の女性として。だからルームシェアにも誘ったの。私のために。
 ・・・・・・・・・・・・
 正直お風呂上がりとか見たら興奮するし、下着姿でいたらドキドキする。おっぱい揉みたいと思ったことも一度や二度じゃない。そういう意味で・・君が好き。
 ・・・・・・・・・・・・
 だから、君とずっと過ごしていたい。同棲・・していたい。ここから出ていかないでほしい。今年も、ううんそれ以降も・・・私と一緒にいてほしい。



 伝えた。恥ずかしさが込み上げてきて死にたくなる。何もしなくても体温上がりすぎて死にそうだった。だが死ねない。幸か不幸かは分からなかった。これからの展開次第だろう。
 声に出すこと。
 言葉にすること。
 相手に伝えること。
 私の中に置き所がないなら、私の中に置かなければいい。
 私の中で整理できないなら、私の外に出してしまえばいい。
 それが私の出した答え、たどり着いた結論だった。自己解釈だらけの不完全きわまりない解答に身悶えする。あまりの自己中心的な発想に気持ち悪さを覚えた。
 それでも、それが私の答えだった。確実に私と彼女の在り方を変える爆弾だ。どう転ぶかは・・・祈るしかない。
 唯一良かったことは、今時点で後悔していないことだった。



 やっ・・・・・・・・・ね。
 ??ごめん、今なんて言った?
 やっと・・・言ってくれましたね。
 えっ!?それはつまり、どういう?やっと、って・・・
 鈍いですね、全く・・。やっと言ってくれましたね。好きって。一緒にいたいって。
 ・・・・・・・・・・・・
 先輩が私のこと大好きなことぐらい、寮の頃から知ってましたよ。そういう目でチラチラ見てたのもちゃんと知っています。
 ・・・・・・・・・・・・
 私も先輩のこと好きですよ。愛してます。多分先輩よりも。
 ・・・さっきもチラッと言ったけど私は、本当の私は何と言うか、イヤらしいやつだよ。美しくも格好よくも可愛くもないやつだよ。私は君の前ではずっと・・・
 知ってますよそんなこと。それでも先輩が好きなんです。それに、イヤらしさで言えば私の方がイヤらしいですから。
 どういうこと?
 先輩、私は自主的に寮を辞めたんですよ。そうすれば、私のことが大好きな先輩は手を差し伸べてくれると思ったから。
 !?!?!?!?!?!?
 案の定私のこと助けてくれましたね。ルームシェアっていうのも予想の範囲内でしたし。
 ・・・つまり、私と同棲するために退寮したってこと。
 端的に言うとそうなりますかね。真の目標はそこじゃありませんでしたが。
 ・・・・・・えっ!もしかして?!いやでも、まさか?!
 多分考えているので当たってますよ。私は先輩に告白してもらいたくて、わざわざ策を弄していたんです。自分で伝えるのが怖くて、だから先輩から言ってほしくて、こんな面倒なやり方をしたんです。
 ・・・・・・・・・・・・
 ちなみにさっき言ってた引っ越し云々は全部嘘なので忘れてください。
 ・・・・・・・・・・・・
 いやーあまりに言わないものだから、最終手段に出ちゃいまいましたよ。かなりリスキーだから止めておきたかったんですが、やっぱり欲しいものがあるなら怖れずに求めないと駄目なんですね。



 今度は別の理由で彼女の声が遠のいていく。絶句するしかなくて何も言えない。頭も少し重たい。というか痛い。
 彼女が私のこと好き?
 つまり告白成功?
 私に声かけられるの待っていたってこと?
 ルームシェア自体彼女の計算のうちなの?
 引っ越しは嘘?
 じゃあいなくならないの?
 ずっとここにいてくれるの?
 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。何から考えればいいのか分からなくてパニックになりそうだった。発狂とかしたらどうしよう。発狂する私でも彼女は愛してくれるのだろうか。
 とりあえず落ち着くために深呼吸した。吸う息で脳を冷やし、吐く息で熱を追い出す。頭の中の空気が入れ替わっていくらかスッキリしたところで先程までの会話を思いだし、重要事項だけをピックアップして反芻する。なるほど、理解した。



 つまり、私は君が大好きで、君も私のことを愛している。一般的に言って、私たちは両想いな訳だね。
 そうなりますね。お互い入れ込みすぎなぐらいに愛し合ってますよ、私たち。
 確認するけど、君はどんな私でも好きでいてくれるのかな?
 当然です。例え先輩が引くほどアブノーマルな性癖持ちであっても、それを理由に町中の人から奇異の目を向けられたとしても私は愛し続けられる自信があります。
 ・・・別にそんな変な性癖は持っていないんだけど。まあ、いいや。じゃあ今から少し幼児退行するけど、私のこと愛し続けてね。
 はい?
 やったぁぁぁああぁーーーーーーーーーーー!!
 


 私は吼えた。それはそれはもう、小学校六年生男子が組体操の整列の時に出すぐらいの声量を世界にぶつけてやった。気持ちいい。最高の気分だ。理不尽極まりないイベントばっかりの「現実」に、私はご都合主義な出来事を持ち込んでやったのだ。ざまあみろ、やってやったのだ。彼女が私が思っていたのとは少し違った?若干ヤンデレ属性持ちだった?だからどうした。構うもんか。私は結ばれた。愛する彼女と結ばれた。その事実だけで充分だ。私が今まで生きてきた理由と、これから生きていく理由が同時に見つかったのだ。憂いも悲しさもいらない。今はただ、無邪気に笑っていたい。
 彼女は私の声にビクッと震え、それから笑った。いいな、いいな、すごくいいな。私が笑い、彼女も笑う。それだけのことで世界が明度を上げたように思える。眩しくて、煌めいていて、世界は白く輝いていた。それは純粋な光に見えた。
 多分まだ罪悪感は消えない。色々と思うところもある。結局のところ、今日という一日が私に与える影響なんて地球規模で考えれば大したことない。私と彼女の前には凍てつくような冷気を放つ壁がある。私たちは圧迫されて生きていく。その事実からは目を背けられない。
 でも大丈夫だ。私には彼女がいる。私の隣には彼女がいる。その単純な事実で私は喜べる。苦悩も忘れてはしゃぐことができる。だから戦える。壁を壊すことはできなくても、自分達を守ることはきっとできる。
 
 大好き!

 叫ぶ声で熱が増した。
 その熱がいつまでも冷めないことを祈りながら、私は彼女に顔を近づけた。
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