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俺はカモフラージュのためにリュックに手を突っ込み、怪我治療Cポーションを収納から取り出した。

うん、全然色が違う。同じ半透明だけどこっちの方が色が濃い。さっきのポーションと比べたら、明らかにこちらの方が薬効が高そうだ。さすがチート。ルーテミス様に感謝だ。

俺はリュックを肩に担いで治療に駆けつけた男へと歩み寄る。抱き起こされた男は何度も咳き込み、時々顔を傾けて口に溜まった血を吐き出している。介抱している男にポーションを差し出す。

「まだ血を吐いている。おそらく傷が塞がりきっていないのでしょう。これを使ってください。」

男は驚いた顔をする。そりゃあ見ず知らずの人間がポーションを惜しげもなく差し出してよこしたら驚くよね。

「緊急事態です。人命を優先してください。詳しい話は後で。」

俺の有無を言わさぬ態度に気圧されたのか、おずおずと手を出してきたのでポーションを渡す。

「早く飲ませてください。傷は塞がっても失った血は戻らない。このままだと手遅れになりかねません。」

俺が促すとようやく動き出す。未だ咳き込む男の口にポーション瓶をあてがう。ゆっくりと飲ませていくと、怪我をした男が目を見開き、身体を起こそうとした。

「これっ、うっ、ぐぁっつうっ!」

腹を押さえて呻く。

「ポーションでは骨折などには効果はありません。気をつけないとまた血を吐くことになりますよ。」

男に声をかける。

「いっつつつつつ、あ、ああ、そうだ、そうだな。命が助かっただけめっけもんだ。すまねえなあんた。貴重なポーションを貰っちまって。いくら払えば良い?」

知らんがな(笑)。あ、アイに聞きゃあいいのか。

「アイ、ポーションの相場は?」

「ポーションを定期的に作成販売できる薬師のいる領都や王都ならば、棒銀貨2枚が相場です。薬師がいない村や町では棒銀貨3枚、このような辺境であれば棒銀貨4枚が相場です。」

結構するな。まあ当然と言えば当然か。

「この村でのポーションの価値と同じ物との交換で結構です。欲張るつもりはありませんので。」

そう答えると、折れた肋が痛むのか顔をしかめながら立ち上がると右手を差し出してきた。

「俺はヨアヒムだ。改めて礼を言わせてもらう。助かったよ。今日は村の宿に泊まるんだろ?後で妻に金を届けさせるよ。それとも何か物の方が良いのか?」

握手をしながら考える。そう言えばまだ村に入る許可を貰ってないんだった。

「私はタカと言います。あっちに伏せているのが私の家族のウォルター。村の宿に泊まるかどうかは分かりません。まだ村に入る許可をいただいていないので、村の外で野宿するかもしれません。幸い先ほどウサギを仕留めていますし、食い物はありますので。」

そう告げるとヨアヒムが周囲の人たちに向かって言う。

「おいおい、まさか村への立ち入りを拒否したりしないだろうな?俺はこの通り命を救われたんだぞ?もし許可が下りなければ、俺が個人的に客人として家に招待するぞ。それは構わんだろう?」

ヨアヒムが勢いよく喋り続ける。肋が折れてるのに元気だなあんた。喋ったら響くだろうに。

「ヨアヒムさん、落ち着いてください。私は先ほどの魔道具を持っています。剣や弓より遥かに強力な魔道具です。何処の誰とも分からぬ風来坊がそんな物を持っていたら、簡単に受け入れるわけにはいかないでしょう。まずは村の代表者に挨拶させていただきたい。私を受け入れるかどうかはそれから決めてもらって構いません。」

俺は静かにそう告げた。これだけの力を示してしまったのだ。恐れられて当然だ。なんせ、身分の証明もできないんだからね。盗賊集団の仕込みだったら目も当てられないだろ。

「ここは村の狩り場で客人を迎え入れる場ではないので、出入り口も訪問者を受け入れるようにはできていません。一度村の正門まで来ていただいて、正式な入村手続きを取ってもらえますか?それと村の中を通るので、申し訳ないのですがその魔道具は預からせて貰えますか?」

ルースさんから声をかけられる。この人、自警団の隊長とかなのかな?こういう人が上に立ってるなら、村の人たちも安心して暮らせるよね。

「構いません。そちらの指示に従います。ただ、こちらの魔道具にはまだ込められた魔力が残っています。変な所を触ると稲妻を放つ心配があるので、皮袋にでも入れていただけますか?」

そう言いながら襷にかけているスリングを外してレミントンM870MCSブリーチャーに安全装置をかける。排莢はしていないので暴発の心配はないが、面白がって弄られたら困るので先に釘を刺しておく。

ルースさんが腰につけたポーチから畳まれた袋を取り出して広げた。獲物の回収用なのかな?EDC(Every Day Carry:常時携帯)してるのか。同士だな(笑)。

ルースさんが袋の口を広げてこちらに向けるので、ワザとそうっと袋に入れる。

「間違いなく預かります。では、私について来てください。」

袋の口を絞めて革紐で結わえると大事そうに抱えて、ルースさんはヒラリと馬に飛び乗る。

「ウォルター、一旦村に入るよ。さっき撃ったウサギを持ってきてもらえるかな。」

ウォルターに念話を飛ばすと、すぐに立ち上がってウサギを咥えて持ってきた。

でかっ!どう見ても胴体の長さだけで1m超えてるよねこれ。耳の長さも30cmくらいあるし。ウォルターから受け取るとずっしりと重い。これ、バラしたら20kgくらい肉を取れんじゃね?
村の宿に宿泊できるなら、宿の人に渡して宿代を割り引いてもらうか。その前に散弾が残ってたら困るから処理しなきゃな。収納で上手いことできないかな?

「ウサギの体内に残った散弾を収納」

念じるとシュン、と何かが移動したような感じがした。多分大丈夫だろう。ウサギも収納してしまう。ルースさんが驚いたように声をかけてくる。

「貴方は収納持ちだったのですか。」

まあ隠してもしょうがないよね。

「はい、そうです。あまり量を収納できないので獲物専用にしていますが。」

そう言っておく。リュックを背負ってウォルターの背に跨る。

「本当によく懐いているのですね。馬のように乗りこなすなんて。」

ルースさんはまた驚いていた。

「家族ですから。」

とだけ答えておく。あ、担架を持った人が走ってきた。ヨアヒムさんの搬送用だな。

「後ろをついて行きますので先導をお願いします。ヨアヒムさん、また後ほど。」

ルースさんとヨアヒムさんに声をかける。ルースさんが馬を歩かせ始めると、ウォルターは俺が指示する前に黙って馬の後ろについて歩き出した。

「主、信用できそうですか?」

ウォルターが念話を飛ばしてくる。

「話してみないと分からないな。ただ、ここが辺境ならもっと川下側に下っていけば他の村や街もあるだろうから、ここに拘る必要はないさ。最悪、保存食の補充ができれば良いから。」

「もし主に危害を加えようとする者が現れたら、私の判断で攻撃して構いませんか?」

「殺さない範囲でお願いね。殺しちゃったらお尋ね者になっちゃうから。」

そんな会話をしながら村へ向かう。

簡単な柵が作られており、多数の山羊が放牧されている。これだけの広さの牧草地があれば、山羊もよく育つだろう。湖のおかげで飲み水の心配もない。

30分ほど進んでようやく村の外壁にたどり着いた。

外壁に沿う形で建物が作られている。おそらく畜舎なのだろう。糞尿の匂いを嫌って外に畜舎を建てているんだろう。屋根と左右の壁だけで出入り口のような物はなく、前面が解放されている。
と言うことは山羊たちを夜間寝かせるためだけの小屋なのか。何箇所か仕切りの様な柵の様な物が作られている。あれを利用して山羊の動きを止めて乳を絞るのだろう。

見張り用なのか当直小屋みたいなのもあるな。ヤギの乳を絞っているならチーズやバター、ヨーグルトはあるかな?楽しみだ。

太い丸太を組んで作られた外壁の高さは5mほどで、いかにも辺境の地らしい武骨さだ。人は上がっていないが外壁の高さに合わせた見張り台も何箇所か作られている。魔獣相手なのか、ずいぶん厳重だな。

「凶暴な魔獣でも出るのですか?随分と厳重に見えますが。」

ルースさんに尋ねる。

「魔獣は小型の物ばかりだけど、熊や狼の群れが出ることがあるんでね。」

鹿がいるなら狼や熊もいるか。開拓期の北海道みたいな感じか。

門は4m四方位のサイズで、両開きの扉が付けられている。日中は解放されているのだろう。後をついて門を潜る。
ざっと眺めると家は80軒くらいあるか?住人は300人くらいかな?村にしては規模が大きいな。  

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