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第13章 黄金の林檎の園ヘスペリデス
6 せめてあと少し
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困ったように上空をグルグルと回っていたイオンがオルフェウスの命令にクィイッと応え、飛び去っていった。
しばらく互いに口を開かない時間が流れる。
その居心地の悪い無言は完全に腹の探り合いを意味している。
アウゲイアスの術が相手の記憶の中に残る苦痛を再現していたぶる類いだったことは、冥府の王と繋がるアルファ神族としてある程度は理解しているはずだ。
オルフェウスからすれば、どのあたりの過去を心の痛みとして掘り起こされたのかと窺っているに違いない。
もしかするとハデスがアウゲイアスを尋問して、内容を既に耳にしているかもしれない。
けれども、あえて触れない。
(まだだ…まだ…)
あと少しでいいのだ。
たとえわずかであっても、このままエウリュディケとして接していたい。
少しでも長く、この時間が続いて欲しいのだ。
結ばれることがかなわないのであるのならば、せめてあと少し。
夢を見させて欲しい――そう心の中で願いながら静かに並んで魔鳥の帰りを待った。
「クィイイッ」
「よしよし、イオン、ありがとな」
ほどなくしてバサッバサッと戻ってきたイオンから大きな革の袋を受け取ると、近くの大木へと走り寄ってその背後に隠れた。
「どこに行くんだ?」
後を追ってくるような気配に、覗いたら許さないからなと指だけ出して念を押した。
ははっと楽しそうに笑った声を耳にしながら、手際よくいつもの甲冑姿となって、これでよしっと姿を現す。
待たせたなと告げると、木の幹に背を預けて待っていたオルフェウスが顔を上げてつぶやいた。
「確かに…君はその姿が一番美しい」
いや、オレは美しくは…ない…と言いかけて即座に口を閉ざした。
思いもかけないほどに情愛に満ちたまなざしが自分に注がれていた。
(あぁ…)
そこにあるのは確かな愛情だ。
好かれているのだ、とても。
そして自分もまた好きなのだ、心から。
ずっと、このままでいたい。
こみ上げる気持ちとともに涙が溢れ出そうになってグッと奥歯を噛みしめた。
「…行こう」
涙を滲ませていることを知られたくなくて前へ飛び出すようにして歩き始めれば、こっちだと腕を取られて手を握られた。
揺るぎない足取りで先導し始めた姿にまた目頭が熱くなる。
離れたくないと胸の内から切望し、音を立てないように手の甲をあてて鼻をすすった。
「…黄金の林檎の木はどこにあるんだ?」
平静さを装って前を行く広い背中に尋ねると、真っ直ぐと先を見据える相手がそうだなと答えた。
「ヘスペリデスの園は原初神族であるガイアがゼウスとヘラの婚姻を祝福して授けた土地だ。河の神のラドンが守る大河を挟んで日が昇る方をゼウスが、沈む方をヘラが管理している」
(河の神の…ラドン…)
ラドンとは蝶類の精霊族が先ほど口にしていた名前だ。
そうか、河川を守る神族の名だったのかと受けとめながらも、それ以上の知識は浮かばなかった。
しばらく互いに口を開かない時間が流れる。
その居心地の悪い無言は完全に腹の探り合いを意味している。
アウゲイアスの術が相手の記憶の中に残る苦痛を再現していたぶる類いだったことは、冥府の王と繋がるアルファ神族としてある程度は理解しているはずだ。
オルフェウスからすれば、どのあたりの過去を心の痛みとして掘り起こされたのかと窺っているに違いない。
もしかするとハデスがアウゲイアスを尋問して、内容を既に耳にしているかもしれない。
けれども、あえて触れない。
(まだだ…まだ…)
あと少しでいいのだ。
たとえわずかであっても、このままエウリュディケとして接していたい。
少しでも長く、この時間が続いて欲しいのだ。
結ばれることがかなわないのであるのならば、せめてあと少し。
夢を見させて欲しい――そう心の中で願いながら静かに並んで魔鳥の帰りを待った。
「クィイイッ」
「よしよし、イオン、ありがとな」
ほどなくしてバサッバサッと戻ってきたイオンから大きな革の袋を受け取ると、近くの大木へと走り寄ってその背後に隠れた。
「どこに行くんだ?」
後を追ってくるような気配に、覗いたら許さないからなと指だけ出して念を押した。
ははっと楽しそうに笑った声を耳にしながら、手際よくいつもの甲冑姿となって、これでよしっと姿を現す。
待たせたなと告げると、木の幹に背を預けて待っていたオルフェウスが顔を上げてつぶやいた。
「確かに…君はその姿が一番美しい」
いや、オレは美しくは…ない…と言いかけて即座に口を閉ざした。
思いもかけないほどに情愛に満ちたまなざしが自分に注がれていた。
(あぁ…)
そこにあるのは確かな愛情だ。
好かれているのだ、とても。
そして自分もまた好きなのだ、心から。
ずっと、このままでいたい。
こみ上げる気持ちとともに涙が溢れ出そうになってグッと奥歯を噛みしめた。
「…行こう」
涙を滲ませていることを知られたくなくて前へ飛び出すようにして歩き始めれば、こっちだと腕を取られて手を握られた。
揺るぎない足取りで先導し始めた姿にまた目頭が熱くなる。
離れたくないと胸の内から切望し、音を立てないように手の甲をあてて鼻をすすった。
「…黄金の林檎の木はどこにあるんだ?」
平静さを装って前を行く広い背中に尋ねると、真っ直ぐと先を見据える相手がそうだなと答えた。
「ヘスペリデスの園は原初神族であるガイアがゼウスとヘラの婚姻を祝福して授けた土地だ。河の神のラドンが守る大河を挟んで日が昇る方をゼウスが、沈む方をヘラが管理している」
(河の神の…ラドン…)
ラドンとは蝶類の精霊族が先ほど口にしていた名前だ。
そうか、河川を守る神族の名だったのかと受けとめながらも、それ以上の知識は浮かばなかった。
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