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愛に囚われた天使~シャルスティーヤ~
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『!!』
その途端、唇の甘さを味わっていた相手が大きく目を見開き、バッと勢いよく肩を押し返した。
『・・・ならぬ。ならんぞ、シャルスティーヤ・・・今、何をしようとした?』
『兄上、どうか我に・・・魔界を・・・』
涙を浮かべながらされた懇願にヤヌスティーヤの全身が震えた。
『シャルスティーヤよ・・・それはならぬ。そなた・・・・・・我への愛か」
優しい指先に愛おし気に涙を拭われて。いたわるように目元に口づけられて。その唇は先ほどまでとは打って変わって、慈愛に満ちている。
『お願いです、代わって下さい』
『ダメだ。入れ替わることなど許さない』
『ヤヌスティーヤ・・・お願いだから・・・』
『もはや元には戻らぬのだ。我が魔界に堕ちる。許せ、シャルスティーヤ』
身体を離し、想いをこめるような視線でじっと見つめながら、ゆっくりと後ずさった相手に。何かの予感を覚えて尋ねた。
『兄上・・・・・・どちらに?』
『時は来た。我に相応しい場所へだ。そなたは光、我は闇。表裏一体になることで、我らはともに・・・・・・シャルスティーヤ、愛している』
口にすると同時にスッと溶けこむようにして。そのまま光の煙となって姿を消した。それが最後に見たヤヌスティーヤたる姿だった――
回想に耽っていたシャルスティーヤがわずかに溜め息をつく。見渡して、場の状態を確認すると妖精界へと移動し始めた。
(ラシュレスタ・・・)
飛翔しながら、自分との愛のために降誕した天使の名を心の中で呼ぶ。おそらく今、魔鏡アブラハムを通してこちらの動きを追っているだろう、その愛おしい存在の名を。
ツクン・・・と左の輪に痛みが走った。最高位たる自分の胸にこのように沈痛な感情がもたらされるとは。
けれども、考えずにはいられないのだ。取り返すのに天界の時間の流れにおいても長らくかかった・・・ということは、それだけ多くの苦痛を与えられたのだ、ラシュレスタは。
あの後、ヤヌスティーヤは。ゼフォーの人格が表面化した兄は。自分の目の前からは去ったにも関わらず、時に妖精界で、時に人間界でと。幾度もラシュレスタに接触し続けた。
そして、無垢なる者は徐々に徐々にと植え付けられたのだ。汚れた想いという誤った概念を。できそこないという自己否定と嫌悪感を。最高天使に対する底なしの罪悪感を。
ラシュレスタが追いこまれていったのは、全ては自分のせいだ。全ては自分が望んでしまったがために。そう、自分が望んだのだ。創造主に――愛を知りたいと。
兄弟愛ではなく。同胞愛でもなく。無償の愛でもなく。一つの個体としての性愛が知りたいと。共鳴を通して感じ取った性愛という現象を、概念ではなく自身の経験として得たいと。望んだのだ。
その途端、唇の甘さを味わっていた相手が大きく目を見開き、バッと勢いよく肩を押し返した。
『・・・ならぬ。ならんぞ、シャルスティーヤ・・・今、何をしようとした?』
『兄上、どうか我に・・・魔界を・・・』
涙を浮かべながらされた懇願にヤヌスティーヤの全身が震えた。
『シャルスティーヤよ・・・それはならぬ。そなた・・・・・・我への愛か」
優しい指先に愛おし気に涙を拭われて。いたわるように目元に口づけられて。その唇は先ほどまでとは打って変わって、慈愛に満ちている。
『お願いです、代わって下さい』
『ダメだ。入れ替わることなど許さない』
『ヤヌスティーヤ・・・お願いだから・・・』
『もはや元には戻らぬのだ。我が魔界に堕ちる。許せ、シャルスティーヤ』
身体を離し、想いをこめるような視線でじっと見つめながら、ゆっくりと後ずさった相手に。何かの予感を覚えて尋ねた。
『兄上・・・・・・どちらに?』
『時は来た。我に相応しい場所へだ。そなたは光、我は闇。表裏一体になることで、我らはともに・・・・・・シャルスティーヤ、愛している』
口にすると同時にスッと溶けこむようにして。そのまま光の煙となって姿を消した。それが最後に見たヤヌスティーヤたる姿だった――
回想に耽っていたシャルスティーヤがわずかに溜め息をつく。見渡して、場の状態を確認すると妖精界へと移動し始めた。
(ラシュレスタ・・・)
飛翔しながら、自分との愛のために降誕した天使の名を心の中で呼ぶ。おそらく今、魔鏡アブラハムを通してこちらの動きを追っているだろう、その愛おしい存在の名を。
ツクン・・・と左の輪に痛みが走った。最高位たる自分の胸にこのように沈痛な感情がもたらされるとは。
けれども、考えずにはいられないのだ。取り返すのに天界の時間の流れにおいても長らくかかった・・・ということは、それだけ多くの苦痛を与えられたのだ、ラシュレスタは。
あの後、ヤヌスティーヤは。ゼフォーの人格が表面化した兄は。自分の目の前からは去ったにも関わらず、時に妖精界で、時に人間界でと。幾度もラシュレスタに接触し続けた。
そして、無垢なる者は徐々に徐々にと植え付けられたのだ。汚れた想いという誤った概念を。できそこないという自己否定と嫌悪感を。最高天使に対する底なしの罪悪感を。
ラシュレスタが追いこまれていったのは、全ては自分のせいだ。全ては自分が望んでしまったがために。そう、自分が望んだのだ。創造主に――愛を知りたいと。
兄弟愛ではなく。同胞愛でもなく。無償の愛でもなく。一つの個体としての性愛が知りたいと。共鳴を通して感じ取った性愛という現象を、概念ではなく自身の経験として得たいと。望んだのだ。
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