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前編
第十一章 王子の恋文-2
しおりを挟む「シャザーナ姫」
突然の知らない男性の声に、王女ははっと顔を上げた。
そもそも自室に男性が来ることなどない。国王や弟ですらそう来ない。
驚き振り向くと、そこには弟くらいの少年が頭を垂れ、控えていた。
「だ、誰!?」
「しっ、お静かに願います、姫様」
慌てて少年が顔を上げ人差し指を立てる。
王女はじっとその顔を見ると、おそるおそるその名を口にした。
「う、そ……ディルシャルク……様?」
「呼び捨てで結構です、シャザーナ姫。お久しぶりです。突然の来訪お許しを」
王女が自分を覚えていたのにほっとし、ディルクは笑顔を見せる。
すると王女が突然立ち上がり、その少年にそのまま飛びついた。
「ディルシャルク……さん!」
「え、ええっ! ちょ、姫様!?」
ディルクは慌てて抱きとめるが、予想していなかった行動に取り乱す。
王女はその反応に小さく笑うと、腕を解いて前にきちんと座った。
「ごめんなさい。あまりに驚いて、嬉しくて……ふふ、声も低くなったのね」
驚くことに、魔法世界の言葉だった。王子にでも教わったのだろうか。
ディルクは感心しつつ、通訳魔法を解いた。魔力が温存出来るのは有難い。
「俺は来たことで怒られるかと思ってましたけどね」
少し顔を赤くして言うと、懐から封筒と小箱を取り出し王女に渡す。
「シルヴァレン王子から預かって参りました。手紙と、贈り物だそうです」
「あっ……」
王女は震える手でそれを受け取りギュッと抱えると、今にも泣き出しそうな顔になった。
「ありが……とう……わざわざ、こんな、遠くまで……」
その反応で、王女もまた、王子を全く忘れていないのだとディルクは確信する。
本当に、あの限られた状況で、どうやってそこまで愛を育んだのだろう。
(一生わかんないだろうな、俺には)
手紙を読む王女の顔がみるみる綻んでいく。とても幸せそうに、愛しそうに。
「ふふ、相変わらずなのね、あの方。お元気そうでよかった」
「文字も……」
「え?」
「あ、いえ、読めるんですね、文字も……余計な心配でした」
王子から手紙を預かった時、ちらっと疑問に思ったことだった。
贈り物があるし、簡単な言葉や一言なら伝わるのかと思い、そのまま持ってきてしまったが。
(結構ガッツリ書いてたのか、あいつ)
すると王女は声を落とし、ひとつの真実を教えた。
「これは言語プログラム、科学の力です。ディルシャルクさん」
国家機密の一つですけれどと言いつつ、試作段階の魔法世界言語プログラムを使ったことを明かす。
ディルクの通訳魔法と違い、他言語を他言語として聞き取り理解するので、表音文字である魔法世界の文字を後から覚えるのもそんなに難しくなかったという。
「へぇ、そんな科学が。すごいなあ、さすが」
妬むでもなく警戒するでもない、素直な感嘆がそこにはあった。
「ふふ、あの方は貴方の通訳魔法もとても褒めていらっしゃったわ」
「え、いえ、俺は文字まではわかりませんし」
頬を僅かに赤らめ、謙虚に応える彼に王女は微笑む。
散々王子が絶賛していた彼ではあるが、きちんと話をするのはこれが初めてだ。
王子の話に偽りなく、なるほど科学に敵意などない好感の持てる少年だとわかり、王女は更に嬉しくなった。
「出来ればお返事を書きたいのだけれど。どのくらいいられる?」
書く方はまだまだ慣れておらず下手なのだけれどと、王女は苦笑しながら聞いた。
「え? えーと、どうしようかな……」
ディルクはうーんと唸り始める。
考えていなかった。しかしもう無一文なので、クアラル・シティに戻るのにも相当の時間が必要である。
「列車は乗れないから、魔力回復しつつのんびり飛行するとして数日……貯まった仕事がこわすぎる」
長居はできないかとぶつぶつ呟くディルクに、王女が興味津々に聞いてきた。
「どうやってここまで来たの?」
「えっと、高速列車ですね。でも帰りはチケット買えないから……」
「えっ、列車? 魔法じゃなくて?」
「? 快適でしたよ? 速いし景色も眺められますし、道に迷うこともありませんし」
あっけらかんと言う彼に王女はくすくす笑った。
本当に、隣国が文化も理解しない悪魔の国だなんて、誰が言い出したことなのだろうと。
王女は卓上の電話を取り短く依頼をすると、少年に向き直った。
「送るわ。クアラル・シティまで。セスナで二時間で着くわ」
だから用意ができるまで返事を書く時間をくださいーー王女は穏やかに笑って言った。
列車に引き続きセスナも、この魔法使いの少年の興味を惹きつけるのに十分な乗り物だった。
言語プログラムといい、ディルクはあらためて科学に感心する。何年ぶりかの高揚感。
もう関わってはいけないと思っていたのに。
(失いたくない……壊したくない……王都も国も、こっちの世界も……)
額の『竜の髭』に触れ、ディルクはそっと拳を握りしめた。
王子は数日ぶりにスープを口にし、その味に感心した。
もうずっと、何を食べても味がしない程に参っていたのだが、手紙を書くだけでも随分寂しさが紛れるものなのだなと気がつく。
(言葉を……文字を交わせてよかった、本当に)
たとえ届かなくても、想いを綴ってこれからも何か書こうかーーそんなことを考えていると、背後から頭をぽんと紙で叩かれた。
「ちゃんと食ったか? シルヴァレン」
一昨日の夜出て行った友人が、封筒をヒラヒラ持って立っていた。
「え、早かったね、ディルシャルク。食べたよ、スープを一皿」
「そっか、約束だからな。ほい、返事」
「ディルシャルクぅぅぅ~!!」
王子は涙を浮かべながら親友に抱きついた。ぎゃあああという悲鳴が聞こえる。
「お前もかよ、放せ、この野郎! 涙なんて浮かべて恥ずかしい奴だな全く!」
「君が親友で本当に嬉しいよ、僕は幸せ者だな、ディルシャルク~」
そしてその日は夜までこの友人を解放せず、ディルクは王女の様子などを延々と語る羽目になった。
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