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後編
第十五章 刻まれる想い-1
しおりを挟む輪を外したディルクを、彼女は全く怖がらなかった。
それどころか、まっすぐ目を見て、その姿を好きだとすら言ってくれた。
見えないのだから当たり前かもしれない。
しかし、その言葉はディルクの凍りついていた心を完全にとかしてしまった。
化け物ではない、人なんだとーー人として生きていいんだと許された気がしたーー。
「あーもう来いよ、震えてんじゃん」
笑いを収め、自分からそっと抱きしめる。意外にも彼女はそれを振り解こうとはしなかった。
ゆっくり彼女の身体が温まり、ディルクはその存在を確かめていく。そっと頬を触れ合わせると、彼女の赤い頬の熱が伝わってきて思わず微笑む。
随分忘れていた、人のぬくもりーー冷え切っていた心がどんどん解れていく。
彼女に声をかける頃には、ディルクの心も完全に温まっていた。
軽く身体を動かすと、完全解放された魔力が次々に湧き上がってくる、その開放感。
そしてもう少し触れ合っていてもよかったと思った。
だから、すぐ後に彼女が鞄を失くしたと泣き始めると、ディルクは迷わずまた彼女を抱きしめた。
その涙に心が痛む。何とか安心させてやりたかった。
(そんなに心配しなくても、あの王女さんなら対策してるさ)
そう言おうとしてふと気づく。彼女は何も知らないことを。
自分はまだ、彼女に何も話していない。
王女との関係、一緒にいる理由、自分が何者であるかも。
彼女にとって……彼女の国にとって、最悪の敵であることもーー。
突如、激しい口渇がディルクを襲った。
自分こそが彼女に残酷なことをしていると。
肝心なことは何も言っていないのに、その力だけ、その優しさだけ利用して。科学を使うなと牽制して。
誰よりも何よりも薄っぺらな存在だと気づく。
(何を今更、俺は……)
何を、望んでいるんだと思った。彼女に、頼られたいとか、安心してほしいとかーー自分は誠意の欠片も示していないのにと。
少年の胸がギュウっと締め付けられる。
「……泣くなよ」
月が昇り始める中、彼が何とか絞り出せた言葉はそれだけだった。
◇◆◇◆◇
マナフィは突如強大なオーラを感じ、屋敷を出て河の方へと向かった。
「このオーラ……もしや、ディルクですか?」
先日ララに到着し、明日には行くと連絡があった。
彼が例の少女を連れて来ることに、全く驚きはなかったのだが。
「外したんですか……? あの、竜の髭を……外せたんですか……」
草原の夕暮れに、強大な無限大ともいうべき龍のオーラが広がっている。
最年少で就任したネスレイをも越えると言われていた、その魔力が。
まだまだその発信源とは距離があり、姿すら見えないというのに、マナフィは僅かに身震いした。
「なるほど……これはそこらの上級魔法使いではひとたまりもありませんね」
深呼吸をし、気を引き締めて発信源と思われるディルクの元へと向かう。
少し前のネスレイから聞いた話では、ディルクは彼女の科学の力を制限し、威圧をかけ、ガルが期待するような甘い雰囲気など微塵も感じられなかったという。
一体輪を外さねばならない何があったのだろう。
あれこれ心配しながらそっと二人に近づいて行く。そしてその姿を認めると、マナはほうっと息を吐いた。
「ネスレイの予知は、絶対……でした」
月明かり中しっかり抱き合うその姿に、マナは声をかけるのを一瞬忘れてしまっていた。
◇◆◇◆◇
『悪いな、野獣の群れに襲われてさ』
例の手紙を捜すため、彼女は研究に没頭しているから、しばらく周辺の調査をするとディルクは報告する。
しかし、久しぶりのその友の連絡にも王子は上の空だった。
ただただその額の、マナフィに借りたという宝石が埋め込まれたサークレットを凝視する。
『聞いてんのか、シルヴァレン!』
「あ、ああ、き、聞いてるよもちろん……」
言いながら声が震える。涙を浮かべ出す王子にディルクは深く嘆息して言った。
『……ったく、まぁその……心配かけてたな。魔法ももう全部使えるからさ』
もう魔力を節約したり、将軍に舐められたりしないからと。
そう言うと、泣き顔を眺めるのもいたたまれず、ディルクは早々に通信を切った。
少しそわそわしていたのは、一人残したままの彼女が気になるからかもしれないと王子は思った。
そう、何をしていても考えてしまうし、姿を捜してしまうんだよね、と。
自分も覚えがある感情に思い当たり、改めて一気に王子の涙が溢れ出す。
「姫、姫ああ姫、本当にありがとう……彼女を、ライサさんを遣わせてくれてーー」
ボロボロに涙を滴らせながら、遥か遠方の王女に頭を垂れた。
◇◆◇◆◇
東聖ディルクが竜の髭のサークレットを外したーーその噂は瞬く間に王都中を駆け巡った。
「へぇ、とうとうあの見窄らしい輪っか外したのか! やっとか、長かったなぁ」
「これで魔力足りなくなるかもって気を使わなくてよくなるな! あれもこれもやってもらうか! 心配させたんだからよ」
「気を使ってたのかい、お前さん」
そんな会話が王都の至る所で繰り広げられているのを、ボルスは街中で耳にした。
「王都の指導者なんだからさ、次はやっぱこう、貴族様に負けない輪っかつけて欲しいよな」
「いや、一応ディルクも貴族じゃねーの?」
「そうだっけ?」
で、当の本人はいつもながら何処をほっつき歩いているんだ、けしからんなどと賑やかで、誰も恐怖や不安など抱いていない。
王都の民達はとっくにディルクを認めていた。
(そうでないかとは思ったが……やはり、あとはマスター次第だったというわけだ)
ボルスの顔が我知らず綻ぶ。また、あの日自分が憧れた魔法を使えるようになったのだと、思わず拳を握りしめた。
◇◆◇◆◇
嵐子と空子は傷の手当てを受けながら、今し方の科学の軍との戦場を思い浮かべた。
「凄かったな、東聖殿。あのダガーとかいう死の軍のボスと対等だった。おかげで生きて戻れた」
「ああ、正直死を覚悟した」
僅か半日前、南聖マナフィから死の軍の本拠地へ出撃命令が来た時は、将軍として指揮を取らねばならないのに、両者とも震えが止まらなかった。
「大丈夫です。東聖ディルシャルクが本来の力でもって指揮をとります」
だから、包囲を優先にして、現場では彼の指示に従うようにと。
最初は半信半疑だった。王都の宮廷魔法使いとはいえ、その使用できる魔力は平民並だったからだ。
「あんな魔力に指揮能力を兼ね備えておられたんだな、東聖殿は。噂には聞いていたが」
「魔力もそうだが、あの速さと魔法の勘は素晴らしい」
そして空子は前をまっすぐ見据える。
「頼もしいよ。これからあんな科学と本気で戦争になるかもしれない」
「そうだな、緊急招集はまもなくだろう」
二人の将軍は気を引き締める。
隣国との戦争における軍事会議へ召集されたのは、そのすぐ後のことだった。
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