隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第二十六章 届いた言葉-1

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「ライサちゃん、ヤオスが呼んでいたよ」

 廊下で同じ研究室の人とすれ違い、ライサは一言声をかけられた。
 宮廷博士とはいえ、まだ十七才にすぎない彼女を、みんな「ライサちゃん」と呼んでいる。

 研究室に戻ると、ヤオスが待っていた。
 ちょうど手が空いていたので、ヤオスとともに構内の中央にある広場の噴水に向かって歩いて行く。自販機のコーヒーなどを飲みながら、二人はいつものとおり軽い世間話などをする。
 最近はそれが日課になっていた。

 ヤオスはライサのことを知り家を出ても、頻繁に彼女に顔を見せに来ていた。
 彼は諦めるどころか、日に日に想いを寄せていく。ライサも昔の恩や、特に断る理由もなかったので、そこそこ応じている。
 その様子は仲の良い恋人同士にしか見えず、そして噂が広まるのは早かった。



「……ったく、全然進展しないんだからっ!」

 文学部の建物の陰に隠れて、ナターシャは二人を覗いていた。
 彼女だけでなく三、四人の同僚達が同じ所にたむろしている。なんだかんだいって、みんな二人の関係が気になっていた。
 二人のちょっとした仕草に一喜一憂している。傍から見たら怪しいことこの上ない。

「何、やってるんですか?」

 異様な光景に、傍を通りがかったディルクは思わず声をかけた。教授の使いで機材をとりに来ていたところだ。
 その中の一人が指をさす。

「しーっ、ディルク、見てみろよ。全くいい光景だよなぁ」

 悔しそうな顔をしながら、彼女いない歴イコール年齢の男は答えた。
 ディルクは皆が見ている方向に視線を向ける。そこにはライサとヤオスが、いつものように噴水前の腰掛に座っていた。
 ヤオスがライサの肩をそっと抱くと、同時に「こんのリア充が!」「爆発しろー」「そこでキスー!」などと小声でヤジが飛ぶ。
 ディルクはくるっと背を向けた。

「まー、覗き見は程ほどにしといてくださいよ……」

 皆「はいはい」とか「わかってるって」とか言いながら、更に覗き見を続けている。
 誰も彼を気にとめなかった。


 ディルクは建物の陰に入ると、その壁に額を強く押し付けた。
 手が震える。胸が苦しい。魔力もなかなか戻らない。

(もう俺たちは別れた、何の関係もない……か。止められないのは痛いな)

 ヒスターに関しては強引だったこともあり助けに行くことが出来たが、ヤオスに関してはライサが嫌がっているようにも見えない。
 むしろここのところ満更でもなくなっているようだった。

 彼女が自分を許せずディルクの言葉を聞くことすら避けている。
 その心の傷が癒えて本当の答えを出せるようになるまで、彼はそっと見守っていようと思ったが、このままいつか本当に離れて行くのかもしれなかった。
 相手が必要なのは、もう自分だけになるかもしれないと。
 それでも、彼女に近づけば相応の傷を抉ることになるとわかっていて、おいそれと隣に行くことはできない。

「俺自身がトラウマとか、ハンデありすぎだよな」

 自分はここにいつまでいられるだろう。取り戻すことなど本当にできるだろうかーーディルクは力なく空を見上げ、ため息をついた。


  ◇◆◇◆◇


 ライサは落ち着かなかった。
 気持ちとは裏腹に、ヤオスとの噂に拍車がかかっていく。人とすれ違うたびに冷やかされたり突っ込まれたりと、面倒極まりない。
 他からどう見られているのかは知らないが、最初から断っているし、ヤオスもそれを承知した上で、普通に友達としてつきあってくれているのにと。

「噂が気になるんやったら、ディルク兄ちゃんと話したらええやん」
「ちょおっと待って! どーしてそこにディルクかな!?」

 キジャがディルクについてから一人になることが多くなったリーニャは、ライサの所に来て科学を教わるようになった。
 ライサも研究に集中している時でもなければ、むしろ話しながら作業をするくらいの余裕がある。

「だって変なんやもん。ライサもディルク兄ちゃんも……全然話してないやろ」

 よく見てるわねーーと、ライサは言葉に詰まる。

「ディルク兄ちゃんも遠慮せんと、ライサと話したければ普通に行けばええのに、何やっとるんや」

 ライサは手を止め、リーニャを振り向いた。

「そ、そうなの……?」
「なぁライサ」

 リーニャが珍しく真面目にライサに向き直る。

「ディルク兄ちゃん、ライサのこと、好きなんちゃうか?」

 ライサの動きが固まる。手が震えた。
 完全に不意をつかれた。
 まさかリーニャからそんな言葉が来るとは思わなかったのだ。
 彼女はもう子供ではなかった。

「ま、まさか! 恨まれてこそすれ、ありえないわよ、そんなこと……」
「それはない! うちが断言したるわ」

 母親を同様に亡くしたリーニャの言葉が、これ以上なく、ライサの脳天に響いた。


  ◇◆◇◆◇


 その日のニュースは全ての人に驚きを与えた。
 科学世界は二つの大陸でなりたっているが、その北の小さい方の大陸、セディーユ地方がわずかずつだが移動しているという。
 それもメインの大陸からは北に、そして微妙に東にも進んでいるらしい。
 セディーユ地方には例の別荘がある。今現在王子と王女がいるはずのところだ。

 ライサはニュースを見て青ざめた。まさか王女になにかあったのではなかろうかと。
 そんなことを考えつつふと窓の外を見ると、ディルクの姿が見えた。教授宅の裏に広がる雑木林へと歩いていく。
 ライサは微妙な立場も忘れすぐさまとび出し、彼を追いかけた。

「ディルク!」

 いつものようにディルクはキジャに魔法を教えようとしていた。
 ライサが名を呼ぶと、それまで笑っていたディルクは表情を落とし、視線を泳がせる。
 キジャが不思議そうに顔を向けると、「ちょっと行って来るな」と彼女を促し、そのまま雑木林の奥へと入って行った。

「……何?」

 人目を避けた所で、そっけなくディルクは聞いた。相変わらず視線は外したままだ。
 ライサは少し躊躇ったが、気を取り直して、さっき聞いたニュースの内容を彼に伝える。

「どういうことか、知ってる? もしかして、そんな魔法ある?」

 大陸を動かす魔法なんてものがあるのだろうかと疑問を投げかける。
 ディルクは少し考え込んで言った。

「ないこともない。王族にのみ伝わる魔法……というか、国宝の一つだな。でも確か偉く複雑なうえ、発現が遅いものだから、実用性皆無だけど」
「王族? 国王のこと?」
「いや……」

 ディルクは地面に簡単な世界地図を描いた。

「魔法世界側も大陸移動が起きてる。この、東西を流れる河を境に大陸が徐々にだけど割れてきてるらしい。こっち側のカタート地方にはそんなに人は住んでないんだけどな」

 魔法世界の国王が自分の領地を割ってまで動かす筈はない。
 しかも話を聞くと、どうやら魔法世界側のカタート地方は北の、そして西側に向かって移動しているという。
 このままいくとその先にあるのは、動いている科学世界側のセディーユ地方そのものだ。

「どういう……こと?」
「さぁ……」

 伝えることだけ伝えたと判断すると、ディルクはキジャのところに戻ろうと後ろを向いた。
 ライサは先程からそっけない、そんな彼の様子の方が気になってしまう。

「あ、ま、待って、ディルク」

 思わず呼び止める。
 彼は足を止めたがこちらを振り向かない。
 ライサは胸がつまった。話をするのも久しぶりなのに、気づかぬうちにこんなにも距離ができていたのかと。
 ライサは先日リーニャから言われた言葉を思い出す。
 ちゃんと話した方がいいーーその言葉を。
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