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次世代の領主
第八話 紳士の魅惑
しおりを挟む突然現れたーーそこには一人の紳士が立っていた。
背は高く薄い茶髪が綺麗に整えられ、上質のジャケットを着ている。
二人が驚いているのを見ると、彼は優雅にお辞儀をしてみせた。
「えっと、どちら様……ってーー領主様ですよね……? 男の方ってことは……」
シアが慌てて椅子を立ち姿勢を正す。するとその紳士はニコリと微笑み、シアの手をそっととると、そのまま元の椅子へ彼女を座らせた。
「レオ!」
今度はイギルが立ち上がった。だがその紳士は、彼には静かに片手を上げ、それを制すると、何事もなかったかのようにシアに向き直る。
「はじめまして、レディ。私は第四の領主レオ・グラディーン。以後お見知り置きを」
「あ、は、はじめまして。し、シア・コナリーと申します!」
そしてレオは、流れる様に彼女の手を取りその甲に口付けをした。
歳上の男性、領主様の一人ということで、手を振り払うわけにもいかず、シアはされるままに手を差し出し続け、硬直する。
今度こそイギルが、そんな彼女の手を強引に引き離し、レオをキッと睨みつけた。
「シアに何の用だ、レオ!」
「挨拶ですよ。カインがちっとも彼女を紹介してくれないからね。私だって外から来た可愛い魔女さんと交流したい。それによく君たちを見かけていたけれど……」
目を閉じ顎を撫でながら、言い聞かせるように続ける。
「どんどん足が遠のいているよね、彼。外の大学が楽しいのかな」
ビクッとシアが身体を震わせた。心臓が早鐘を打つ。今までの不安が一気に押し寄せてきたようだ。
魔女の村にはパソコンもネットもなく、大学の勉強や課題をこなすには不便極まりないことくらいシアにもわかる。しかしわかっていても、どうしても寂しくなってしまう。
そんな彼女の心に、実にタイミングよくレオは滑り込んできた。
そしてシアが警戒しないくらいのギリギリの距離感をつかみ、少しずつ甘い魔の手を伸ばしていく。
「シアさん、お手を拝借してもよろしいですか? 先日挑戦されてらした魔法のコツを教えて差し上げますよ」
「え、あ、はい?」
「シア!」
イギルが止めるのも聞かず、シアが手を出すと、レオはそっとその手のひらに図形のようなものを指で描く。
「魔法はイメージです。手のひらのこの部分に集中して魔力の流れを感じてみてください。慣れてきたらこう、円をえがくように渦を作ってみる。力が湧いてきたなと思ったら、こう……」
後ろにまわり、さりげなく彼女を抱える格好で、触れるか触れないかという距離を保ちながら、その両腕を水平に持ち上げる。
ドンっと魔力が放出され、シアの身体は反動で後ろに倒れそうになった。それをレオはすかさずしっかりと抱きとめる。
「おっと危ない。大丈夫ですか、シアさん?」
「あ、は、はい、す、すみません!」
「ゆっくりでいいですから」
思わぬ状況に慌てて立ち上がろうとするシアだが、微妙に足に踏ん張りがきかない。そんな自然に抱えていられる角度もレオは熟知していた。
彼女が恥ずかしさでみるみる顔が赤くなり、焦りだしたのを見計らい、レオはそっと身体を起こしてやる。
「す、す、すみませんでした! ほ、ほんとに!」
「大丈夫。貴方はそのままで十分魅力的ですよ。今の感覚は掴めましたか?」
笑顔で覗き込んでくるレオからぱっと顔を逸らし、シアは動揺しながら先程のコツを反復、続けて同じように魔法を使ってみる。
「あ、できた!」
「流石! 飲み込み早いですね、一度で出来るなんて。貴方はとても優秀な方なのですね」
独特の魅惑的な声に柔らかい口調。
彼女が上手くできると、レオはまるで自分のことのように喜び、シアも次第に満更でもなくなっていく。
子供の頃はともかく、シアは最近あまり誰かに褒められたことがなかったかもしれない。大学に失敗し、就職も上手くいかず、いつも馬鹿にされたり呆れられたりしながら、今まで何とか頑張ってきていた。
お世辞とわからないほど馬鹿ではない。
しかし嘘でも大袈裟でも、シアは久しぶりに褒められ肯定された喜びを感じ、その快感に舞い上がってしまった。
「次! もっと、教えていただけませんか、レオ様!」
「いいですよ。次はどんな魔法がいいですか?」
レオは教え甲斐あるなぁなどと明るく笑いながら、次々にシアを魅了していく。
一連の流れを見ていたイギルは、とてつもない違和感を覚えた。
何だろう、優しく紳士的なはずなのに、この危機感はーーと。
「シア! 待てよ、そろそろ帰る時間だろ。カインの兄ちゃん、来れない時は早めに上がれって言ってたじゃないか」
「そう? あっ、でも今日はゲーラ様戻られるんだ。夕食用意しなくちゃ!」
その言葉にイギルがホッと胸を撫で下ろす。とりあえずこの場は何事もなく終わりそうだ。
一方で、シアは残念そうに頬を膨らませると、くるりと振り向き満面の笑顔でレオにお礼を述べた。
「お声かけていただいてありがとうございました。本当に助かりました」
「よろしければ後日、日を改めて指導しましょうか」
「本当ですか! 是非、是非っ!」
「シア、早く!」
用意させた馬車に、イギルはその小さな体でシアを押し込め扉を閉じると、御者の魔女に早く行ってとせかした。
馬車が見えなくなると、ホッと一息をつく。
しかし次の瞬間、突然背筋が凍りつくような悪寒を感じ、少年は恐る恐る隣を見やる。
そこには獲物を射止めるような目つきのレオが静かに立っていた。
「……小娘かと思っていたが、なかなか魅力的な女性ではないか。なぁイギル」
ドクン、と少年の心臓が跳ね上がる。
「し、シアは……カイン兄ちゃんの恋人だろ」
「だから何かな。私たちは領主だ。領主だからこそ魔女に対し出来ることがあり、それはカインのみの特権でもなんでもない」
そしてレオは真正面から、その本心を見抜くように小さな少年を見つめた。
「お前も、それなりに気に入ってきているんだろう? ならーーそれを彼女に与えればいい」
それーーつまり想いを込めた魔力を、シアのためにーー。
「彼女は幸せだよ。私からも、お前からも、たくさん魔力を得ることができるのだから」
「幸せ……? それが、シアにとって……?」
「当たり前だろう? 魔力を切望しない魔女がどこにいる。なんだかんだ言って、魔女の世界は魔力値による階級社会なのだから。我々は魔女たちに感謝されこそすれ、拒まれることなどあり得ないのだよ」
昔散々ルカに断られ続けていたのも棚に上げ、レオは堂々と言い切った。
まだ六歳のイギルは恋も大人の営みについても知らないが、領主の自分はキスによって人に魔力を与えられるということくらいは知っている。
一人考え込み始めたイギルをそのままに、レオは苦笑しながら去って行った。
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