Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

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第十二章 蹶起二日目

119 グールド大佐の真意

 


 
 帝都を埋め尽くすかに見えた雪は、勢いを失いつつあった。
 上昇し始めた気温が舗道(ペイヴメント)に積もった雪を融かし、濡らし始めた。
 外出を控えよと強制された市民たちは、それでも窓の戸板の隙間から辺りを伺い、空を見上げた。こころなしか雪雲が明るくなり、微風に温かみを感じ始めていた。
 しかし、依然スブッラのハオプトシュトラッセには市民の姿はなく、所々に第一軍団のワッペンをつけた兵が分隊ごと屯しているのが見えると、窓を閉じた。
 
「道を開けろ! バウマン大尉がモンゴメライ閣下を訪問する! 」
 
 雪のハオプトシュトラッセに屯していた兵たちが一斉に道を開け、ある分隊は帝国陸軍の正式の敬礼で見送り、ある分隊は捧げ銃をしたりした。
 クーロン飯店ご自慢の、金箔で飾られた2台の高級馬車が、融け始めた雪を跳ね上げ、パラティーノの丘の上に向かう街路を駆け上り、雪に覆われた高級住宅街の一角、モンゴメライ大将邸に入ってから、しかし、もう2時間が経過していた。

 黒の詰襟服のゲーベルス教授と、黒の帝国軍第一種礼装に金の月桂樹、大佐の階級章を付けたグールド、そして、これも黒の、なにやらトーガに似た襞の多い重厚な衣装に身を包んだバウマンの3人は、もう長い時間、応接で待たされていた。
 豪奢な部屋の調度や空気はまったく変わらない。
 部屋の片隅に立つ使用人も、バウマンやゲーベルスがカップを干す度に、同じものでよろしゅうございますか? ショコラやウィスキーなどもございますが、尋ねる仕草も、部屋の壁を覆いつくすほどに悪趣味な絵画、大将がわざわざ絵師に描かせた、これまでに積み上げてきた戦功の場面、つまり30年前の第四次チナ戦役や16年前の北の野蛮人戦役などの、モンゴメライ大将の英雄的な活躍ぶりを表した数々、あまりにもウソ臭いそれらのシーンに、長時間取り囲まれる苦痛は相当なものだった。
 もちろん、3人とも、そのような本音を口に出したりはしない。
 ゲーベルスはしきりに義眼の具合を気にし、その向かいに陣取ったグールド大佐は、供されたコーヒーにも手を付けず冷めるままにしてサーベルを床に立てその束に両手を置いたまま瞑目し続けていた。
 カップを手にしたバウマンは、もう極上焙煎の香りを愉しむのもやめ、時折向かい側のグールドの姿を見てはいた。外の空気よりも冷たい、氷のような目で。
 そして、もう何度目かになる言葉を口にした。
「悪いが、もう一度大将閣下のご様子を伺って来てはくれまいか」
 ドアの傍に立っていたモンゴメライ邸の執事を顧みた。能面のような表情を決して崩さない、陰気な初老の男だった。
「はい。旦那様はこのところ朝のお目ざめが悪く、しかし、侍医の見立てでは健康に問題はないという事で・・・。では、今一度ご様子を伺って参ります」
「頼む」
 執事は、控えていた若い使用人に目配せした。小さく頷いた使用人が応接を出ていった。
 応接の片隅にはバウマンの「副官」のような下士官がひとり、肩に銃を担い、胸を張り、綺麗に剃り上げた顎をやや上に向け、侍立していた。それも、この二時間もの間、変わらない。
 依然瞑目したままのグールドに一瞥をくれたバウマンは、何度目かになる、席をたった。
 盛んに燃え盛り部屋を暖めている暖炉を横切り、庭園に面した窓辺に立った。次第に明るくなる雪雲を見上げ、まだ純白に覆われた庭園に目を落とした。
「ちょっと前まではやんごとなき貴族でも容易に手に入らなかったと聞いている。
 皮肉にも戦争のおかげで需要が増え、珪砂の鉱山が生産を伸ばし、業者が増え、安価になったとも。しかし、依然として庶民には高根の花だ。
 この屋敷にはガラス窓がふんだんに使われているなあ・・・。なあ、きみ。この屋敷のガラス窓、全部でいくらかかったんだい? 」
 バウマンが執事を振り返る。
 執事は恭(うやうや)しく頭を下げ、応えた。
「そうしたことは、全て旦那様が取り仕切られておられますので、私どもは・・・」
 バレバレの大ウソ。家屋敷の調度や造作の費用を把握していない執事などいるわけがない。
 執事は、キモが太く如才なければならない。その見本のような男だった。
 バウマンは、ふん、と鼻を鳴らした。
 冷徹な貌はそのままに、バウマンは話題を変えた。
「大佐、以前からお伺いしようと思っていたことがあるのですが・・・」
 グールドは、少しの身じろぎもせず、瞑目したまま応えた。
「・・・なんだろうか」
「動機ですよ、大佐。
 あなたが、我々の義挙に、挙兵にご賛同いただいただけでなく、作戦の大部分で有益なお知恵をいただくに至った、その動機です」
 そこまで言うと、バウマンは下士官を見やった。
 気を利かせた曹長は執事に歩み寄り耳打ちした。席をはずせ、とでも言ったのだろう。
 執事は、御用がありましたら呼び鈴を、と言い残し、応接を出ていった。
 それを見届けるや、バウマンは続けた。
「たしかに、ここはパラティーノの屋敷の中では最も地所がせまい。他の代々の貴族たちや、実業界の新参者(ホモ・ノヴァス)たちのそれに比べれば数分の一の規模でしかない。
 それでも、パラティーノですよ。
 帝都一格式の高い高級住宅街。屋敷を構える貴族たちもブランケンハイム卿をはじめとして貴族中の貴族ばかり。
 しかも、狭いとはいえそこに地所を構え、屋敷を建て、このような贅を尽くした調度を設え、決して少なくはない使用人も雇っている・・・。
 陸海軍併せても大将は3人しかいない。帝国軍で最も多額とはいえ、大将の俸給程度ではこのような暮らしは不可能なはず。しかも、陸軍士官学校長に左遷されたとはいえモンゴメライ閣下はまだ現役。恩給も受けていない。将来の恩給をアテにして借金でもしたのか?・・・」
 バウマンはグールドのいるソファーの背後に立った。そして、声を落とした。
「違います。
 大将閣下は、我々の援助をしてくれる実業界の一部と繋がっているのです。
皇帝と内閣府のヤン、そしてブランケンハイム卿をよく思わない勢力からの、多額の援助があるのですよ、大将閣下には。
 軍の調達に関し、口利きをする。その見返りを受けているのです。この屋敷も、使用人たちも、毎月のようにおいでになるゴルフも。閣下は自分を支援されている援助者と頻繁にラウンドされていると・・・。
 平たく言えば、汚職、ですな。
 ご存じだったでしょう? 大佐」
 グールドは沈黙を続けた。
 義眼の調子が戻ったゲーベルスも、正常な方の眼だけを動かして向かいの予備役大佐に注目した。
 語りかけているバウマンも、かつて落下傘連隊の連隊長を務めた大男の反応を辛抱強く、待った。
 窓から差し込む外光が急に明るさを増し、一筋の光が応接に差し込んだ。
「何を、言いたいのだね? 」
 ようやく、グールドは口を開いた。
「近衛のシュタルケ中尉が大金を用意した時も、大佐は驚かれなかった。それで、ピン、ときたのです。ああ、この人は、知っている、とね。知っていて、我々に近づいた。
 しかし、なぜですか、大佐」
 なぜあなたが我々に? なぜあなたが我々の義挙にご賛同・ご協力なさるのですか? 
 それが、わからないのです」
 バウマンはゲーベルスの隣に戻った。冷え切ったコーヒーの残りを啜った。そして、カップを置き、膝の上で両手を組み、グールドを、注視した。
 グールドは、ようやく、目を開いた。サーベルの柄に両手を載せたまま、静かに語り始めた。
「なぜそのようなことを? 
 陸軍は4個軍団も縮小された。私の落下傘も縮小され、私自身、居場所がなくなった。
 誰かが、この愚行を正さねばならん。そこで、君たちのことを伝え聞いた。
 だから、私の経験と知識が役立てば、と。
 前にもそう、話したではないか」
「そうでしたね。でも、腑に落ちなかったのです。
 先のチナ戦役で、大佐は俄か仕立ての空挺部隊を任され、半ば押し付けられた。
 帝国軍初の落下傘部隊。演習を重ねる時間の余裕も与えられず、全員がイキナリの実戦降下。しかも、一部では事前の偵察も満足になされておらず、戦況は極めて厳しかった。少なくない兵も犠牲になった。
 しかし、それでもなんとかあなたは任務を果たされた。本来ならば、鉄十字章、アイゼネス・クロイツ受章級の功績を果たされた、と。
 最終目的地であるアルムへの侵攻が失敗したのはあなたの責ではない。
 あれは、事前の偵察もおろそかにし、満足な準備もなく、無謀な作戦を強行しようとした第三軍司令部の、司令官のモンゴメライ大将に全責任がある!
 小官は、そう考えています。
 それなのに、軍はあなたを冷遇した。
 背後にモンゴメライがいることは明らかだ。
 多大な功績を残したあなたを落下傘から遠ざけ、准将への昇進もなく、地味な事務方へ左遷した。これは紛れもなく懲罰人事。自分の責任を部下に擦り付け、真の責任者である大将の罪科を隠蔽する、欺瞞行為です!
 そのあなたが、モンゴメライを担ぐ我々に賛同し、協力する・・・。
 なぜですか、大佐?
 あなたの真意は、なんなんです? 」
 グールドとバウマン。
 どちらも予備役の大佐と大尉。
 しかし、両者の力量、あるいは、オーラは拮抗していた。
 むしろ、すでに蹶起した部隊を総指揮し、あとは皇帝の首を挿げ替えるだけというところまで持ってきた革命家であるバウマンのほうが、グールドよりも10は若い分、勢いがあった。もっとも、それは良きオーラの正反対。「光」に対する、「闇」のオーラではあるのだが。
 応接のテーブルを挟んで睨み合っていた片方。
 黒い帝国軍正式礼装の大男のほうが、先に口を開いた。
「それは・・・」
「それは? 」
 バウマンは、大男の先を促した。
「それは、貴官と同じではないか、バウマン君」
「小官と? 」
 グールドはゆっくりと、かぶりを振った。
「たしかに、わたしは冷遇された。それは間違いない。恨みがないと言えば、ウソになる。
 それにモンゴメライの芳しくないウワサも、ずっと前から聞いていた。
 しかし、わたしも帝国人、帝国軍人の端くれだ。端くれだった。
 大義の前に私怨など・・・。いつまでも、わたし個人の恨み言を引き摺って何になろう。ここは、私情を殺して大義のために、未来の帝国に資するために、この身を尽くすべきだと考えたのだ。
 それに、陸軍の行いを正すには道具が必要なのだ。多少汚れていても、曲がっていても、役に立ちさえすれば、それでいいではないか。
 きみは、どうなのだね、バウマン君。きみだってわたしと同じなのではないかね? 」
「大佐・・・」
「納得してくれたかね? バウマン君。
 錆びて汚れて曲がった剣でも、大剣ならば旧制を断ち切ることはできる。
 一時的に皇帝位をモンゴメライに移させ、今元老院にいる議員に承認させれば筋は通る。
 あとは、わたしが作った工程表通りに、現在のプリンチペス、第一人者の制度を改め、共和政初期のころの制度に復し、毎年変わる執政官を軍人から選ぶ制度に変えて行けばいい。それで国民も納得しよう。
 チナの古い言葉にある。『小異を捨て大同につく※1』だよ、バウマン君! 」
 バウマンは、満腹した思いでかぶりを振った。
「疑って申し訳ありませんでした、大佐」
「わかってくれればそれでいいんだ」
 さっきまでとは違う、穏やかな空気が応接に広がった。黒い詰襟服のゲーベルスのマトモな方の眼も笑った。
 しかし、動かないはずのゲーベルスの義眼は、なぜか冷たくグールドに向けられ、据わったまま動かなかった。
 そこへ、執事と使用人が入って来た。
「大変お待たせしました! 旦那様がおいでになりました」
「おお! やっとおでましになったぞ!
 では、バウマン君! きみの出番だ! 」
 そう言ってグールドはサーベルを杖代わりにして立ち上がり、帯剣した。バウマンも、ゲーベルスも起立し、『次期帝国皇帝』になる老人を迎えるべく、胸を張った。
 やがて、屋敷の主が姿を現した。
 帝国軍第一級礼装の金を模した黄色いマントを着けた大将は、よく響く声で言った。
「諸君! 待たせて済まなかった!
 では参ろうではないか! 委細は馬車の中で聞く! 」
 白い口髭に白髪の老将軍は、見た目よりも若々しい声で「KF 皇国義勇隊」の幹部たちを促した。
 最年長のゲーベルスがまずドアに向かい、続いてバウマンが、そして、彼らを警護していた曹長が寄ってきたところで、モンゴメライがグールドにも親しく手を差し伸べた。
「しばらくだな、グールド君! この度はなにぶん宜しく頼む! 」
 ところが。
 その世辞に応えようと笑みを作りかけた黒の礼服の大男は、それまでの鷹揚な態度から一変し、目にも留まらぬ速さで曹長の銃を奪って槓桿を引き、銃口を白髪の陸軍大将に向け、引き金を引いた。











※1
大同小異(だいどうしょうい)
小さな部分でのちがいはあっても、基本的な点で意見が一致していれば支持すること。
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