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第二部
第七話 十番目の依頼人 女子大生ミナト・ユキノ その二
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待ち合わせのコーヒーショップにはまだその「男の子」は来ていなかった。
アイス・ラ・テを買って通りに面したオープンなテーブルに掛けた。
直メールのあとの直通話では女の子の声だったけれど、来るのは男の子だと聞いた。
でも、考えてみれば、当たり前だと思った。
女の子では、ユウヤの代わりにはならない。
そんなことを思っていると、
「ユキノさん?」
学校のクラスの男の子よりもずっと若い声が背中から聞こえた。
「ヒロキです。遅れてすみません」
さわやかすぎる男の子が立っていた。
「あのー、いちお伺いたいんですが、どこまで聞いてますか? 」
さわやか過ぎるヒロキは、笑顔もさわやかだった。
「というと?」
「ぼくのこととか、このシステムのこととか」
あたしは、通話の女の子が言った通りのことを話した。
「あの、念のため訊きたいんですが、彼氏はいないですね?」
「はい、いません」
「わかりました」
チェックのデニム地のハーフパンツに白いTシャツに麻のジャケット。さわやか過ぎるヒロキと名乗った男の子はさわやかに笑った。そして、これもチェックの四角いリュックからノートパソコンを取り出しつつ、こう言った。
「あの、一言だけ。
今回のユキノさんのご依頼なんですけど、通常のぼくの、なんていうかカテゴリー? からは離れてるような気がするんですよ。
ぼくは、セックスは経験しててもエクスタシーを知らない、エクスタシーを知りたい、って女の子に、それを知ってもらう活動をしてるんです。
ですんで、ユキノさんのようなケースは、レアなんです。
で、そのあたりのことをちゃんと認識していただきたいな、と」
「はあ・・・」
ユキノさんのような、ケース・・・。
心から軽蔑している男のセックスから離れられず、ダメと知りながら呼ばれるといそいそ出かけてゆき、散々にイカされ、また離れられなくなり、オカネも生活も学業もダメになりつつある。そんな日々から逃げたい。抜け出したい。
彼が言っている「ケース」とは、そういうことだ。
あたしはカアーッと赤くなって下を向いた。
でも彼が、ヒロキくんが言うのはもっともなことだとも思った。
「で、参考までにいろいろ映像を集めてきましたんで、それ観ながら説明したいんですが、ここじゃ、マズイですよね」
彼は周囲を見回し、開いたPCの画面をそっと見せてくれた。そこには、黒い拘束具を身に着けた全裸の女の子がムチでビシバシされてる、エグイ画像があった。
たしかに。そんな画像はここでは観れない。
「ぼくは全部すべて納得してもらって、したいんです。そうでなければ、お互いに利益にならないでしょう?」
「ええ、まあ・・・」
そう言えば、訊いてなかった。
お金は取らないという。それにもし、そういうセックスマニアならこんな面倒な説明なんかしないだろう。一直線でホテル行ってヤルだけだ。
いったい、何が目的なんだろう。彼の利益って、なに?
もしかして、セックス動画目当て? 販売とか、SNSにUPしてバズり目当て?
「あのー、動画とか、撮ります?」
試みにあたしは訊いてみた。
「いいえ、一切。むしろ、そういうのはこちらからお断りしてます」
と彼は言った。
そこからほど近い漫喫に行った。ペアルームが開いてたから入った。
両隣は、オキュパイド。声は聞こえなかったけど、淫靡な衣擦れの音とかカチャカチャというベルトの音。正体不明のぴちゃぴちゃという水音、そして、エロい息遣い。
薄い衝立の向こうで行われているのを想像すると、それだけで、モンモンとした気分になった。
それに、距離が近い。
ヒロキのシャンプーの香りはもとより、彼のほのかな体臭まで香ってきそうだ。ということは、あたしの体臭も匂ってるということだ。
何気に着てるものをくんくんしていたら、
「どうしました?」
言われてしまった。
また、顔が赤くなった。
ヒロキが開いたPCを肩を寄せ合うようにして、観た。二人でワンセットのイヤホンを分け合った。また距離が近くなった。
それは、あるSMプレイの風景を撮影したものだった。
ムチでビシバシとか、ローソクとか。女の人が派手に悲鳴を上げてた。ギャーとか、アアとか。イヤホンしててよかった。
「ユキノさんもこういうのやるんですか?」
「ううん」
あたしは言った。
「イタイのとか、アツいのとか、キタナイのは無し。最終的には、ヤルだけ、かな」
「なるほど」
とヒロキはいった。
「ぼくも知識がなかったんで、知ってる人に訊いたんです。こういうのは個人でやってる人もいるし、サークルもあるし、もちろん商売でやってる人もいます。
サークルとか商売はSもMもプレイ中はともかく、それ以外では平等です。あくまでも、プレイなんですよ。
この映像では女の人がMですけど、男の、それも結構なオジサンがMの場合も多いんです。しかもそういう人は地位もあります。会社の社長さんとか、政治家とか。
繰り返しますが、平等なんです。
個人でやってる人も、Sの人がMの人の生活の面倒を見てたりもするんです。長く関係してると歳取ったりするんですが、籍を入れたり養子にしたりして家族になってるケースもあるんですよ。
お互いへの愛とかリスペクトがあって成り立っている関係、プレイなんです。
で、」
ポカーン、と観ていたあたしに、ヒロキは言った。
「ユキノさんと、その方の関係には、愛とかリスペクトがありますか?
ないんですね。そういう気持ちがあれば、ユキノさん学校のこととか、オカネのこととかにも気を遣いますよね、きっと。だから、関係を断ちたいんですね? 」
まだ高校生だと聞いたけれど、大学生のあたしよりも賢そうに思った。
あたしは、頷いた。
「手を、貸してくれますか?」
あたしは、手を伸ばした。ヒロキの手が絡んだ。
「ぼくは、たった一晩でも、あなたの、ユキノさんの恋人になりたい。
たった一晩でも、愛のあるセックスがしたいんです。
まだ考え途中ですけど、きっとそれが、ユキノさんには必要だと思うんですよ」
そして、あたしとヒロキは、キスした。
思い返せば、去年の暮れから今までの間で、ユウヤとキスしたことがなかった。
一度もなかった。
第七話 十番目の依頼人 女子大生ミナト・ユキノ その三に続く
アイス・ラ・テを買って通りに面したオープンなテーブルに掛けた。
直メールのあとの直通話では女の子の声だったけれど、来るのは男の子だと聞いた。
でも、考えてみれば、当たり前だと思った。
女の子では、ユウヤの代わりにはならない。
そんなことを思っていると、
「ユキノさん?」
学校のクラスの男の子よりもずっと若い声が背中から聞こえた。
「ヒロキです。遅れてすみません」
さわやかすぎる男の子が立っていた。
「あのー、いちお伺いたいんですが、どこまで聞いてますか? 」
さわやか過ぎるヒロキは、笑顔もさわやかだった。
「というと?」
「ぼくのこととか、このシステムのこととか」
あたしは、通話の女の子が言った通りのことを話した。
「あの、念のため訊きたいんですが、彼氏はいないですね?」
「はい、いません」
「わかりました」
チェックのデニム地のハーフパンツに白いTシャツに麻のジャケット。さわやか過ぎるヒロキと名乗った男の子はさわやかに笑った。そして、これもチェックの四角いリュックからノートパソコンを取り出しつつ、こう言った。
「あの、一言だけ。
今回のユキノさんのご依頼なんですけど、通常のぼくの、なんていうかカテゴリー? からは離れてるような気がするんですよ。
ぼくは、セックスは経験しててもエクスタシーを知らない、エクスタシーを知りたい、って女の子に、それを知ってもらう活動をしてるんです。
ですんで、ユキノさんのようなケースは、レアなんです。
で、そのあたりのことをちゃんと認識していただきたいな、と」
「はあ・・・」
ユキノさんのような、ケース・・・。
心から軽蔑している男のセックスから離れられず、ダメと知りながら呼ばれるといそいそ出かけてゆき、散々にイカされ、また離れられなくなり、オカネも生活も学業もダメになりつつある。そんな日々から逃げたい。抜け出したい。
彼が言っている「ケース」とは、そういうことだ。
あたしはカアーッと赤くなって下を向いた。
でも彼が、ヒロキくんが言うのはもっともなことだとも思った。
「で、参考までにいろいろ映像を集めてきましたんで、それ観ながら説明したいんですが、ここじゃ、マズイですよね」
彼は周囲を見回し、開いたPCの画面をそっと見せてくれた。そこには、黒い拘束具を身に着けた全裸の女の子がムチでビシバシされてる、エグイ画像があった。
たしかに。そんな画像はここでは観れない。
「ぼくは全部すべて納得してもらって、したいんです。そうでなければ、お互いに利益にならないでしょう?」
「ええ、まあ・・・」
そう言えば、訊いてなかった。
お金は取らないという。それにもし、そういうセックスマニアならこんな面倒な説明なんかしないだろう。一直線でホテル行ってヤルだけだ。
いったい、何が目的なんだろう。彼の利益って、なに?
もしかして、セックス動画目当て? 販売とか、SNSにUPしてバズり目当て?
「あのー、動画とか、撮ります?」
試みにあたしは訊いてみた。
「いいえ、一切。むしろ、そういうのはこちらからお断りしてます」
と彼は言った。
そこからほど近い漫喫に行った。ペアルームが開いてたから入った。
両隣は、オキュパイド。声は聞こえなかったけど、淫靡な衣擦れの音とかカチャカチャというベルトの音。正体不明のぴちゃぴちゃという水音、そして、エロい息遣い。
薄い衝立の向こうで行われているのを想像すると、それだけで、モンモンとした気分になった。
それに、距離が近い。
ヒロキのシャンプーの香りはもとより、彼のほのかな体臭まで香ってきそうだ。ということは、あたしの体臭も匂ってるということだ。
何気に着てるものをくんくんしていたら、
「どうしました?」
言われてしまった。
また、顔が赤くなった。
ヒロキが開いたPCを肩を寄せ合うようにして、観た。二人でワンセットのイヤホンを分け合った。また距離が近くなった。
それは、あるSMプレイの風景を撮影したものだった。
ムチでビシバシとか、ローソクとか。女の人が派手に悲鳴を上げてた。ギャーとか、アアとか。イヤホンしててよかった。
「ユキノさんもこういうのやるんですか?」
「ううん」
あたしは言った。
「イタイのとか、アツいのとか、キタナイのは無し。最終的には、ヤルだけ、かな」
「なるほど」
とヒロキはいった。
「ぼくも知識がなかったんで、知ってる人に訊いたんです。こういうのは個人でやってる人もいるし、サークルもあるし、もちろん商売でやってる人もいます。
サークルとか商売はSもMもプレイ中はともかく、それ以外では平等です。あくまでも、プレイなんですよ。
この映像では女の人がMですけど、男の、それも結構なオジサンがMの場合も多いんです。しかもそういう人は地位もあります。会社の社長さんとか、政治家とか。
繰り返しますが、平等なんです。
個人でやってる人も、Sの人がMの人の生活の面倒を見てたりもするんです。長く関係してると歳取ったりするんですが、籍を入れたり養子にしたりして家族になってるケースもあるんですよ。
お互いへの愛とかリスペクトがあって成り立っている関係、プレイなんです。
で、」
ポカーン、と観ていたあたしに、ヒロキは言った。
「ユキノさんと、その方の関係には、愛とかリスペクトがありますか?
ないんですね。そういう気持ちがあれば、ユキノさん学校のこととか、オカネのこととかにも気を遣いますよね、きっと。だから、関係を断ちたいんですね? 」
まだ高校生だと聞いたけれど、大学生のあたしよりも賢そうに思った。
あたしは、頷いた。
「手を、貸してくれますか?」
あたしは、手を伸ばした。ヒロキの手が絡んだ。
「ぼくは、たった一晩でも、あなたの、ユキノさんの恋人になりたい。
たった一晩でも、愛のあるセックスがしたいんです。
まだ考え途中ですけど、きっとそれが、ユキノさんには必要だと思うんですよ」
そして、あたしとヒロキは、キスした。
思い返せば、去年の暮れから今までの間で、ユウヤとキスしたことがなかった。
一度もなかった。
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