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9 亡魔術師の金冠編
3-9
「ハハハハハハハハハハハ」
明るい室内に、これまた明るい笑い声が響いた。私の方は笑う気分にもなれないほど、憂鬱なのに。
エンデバート卿の騒動が収まって、私たちはここ、王太子殿下の宮に移動していた。
いつもは執務室に通されて、机で書類の山に囲まれる王太子殿下を見ながら、ソファーで話をしていたけど。今日は違った。なんと、『応接室』。
いったいどんな心境の変化でもあったのかと思いきや、単に仕事が一段落して暇だったからだと。その上、上機嫌。
それもそうか。
私に、ルベル公爵家の方を押し付けて、見事に解決してきたわけだから。
ルベル公爵家での出来事と先ほどのエンデバート卿との出来事を簡単に説明すると、何がおもしろかったのか、王太子殿下は笑い出して、私の気分は急降下。嫌みの一つも言いたくなる。
「笑い事じゃないと思いますが」
「いや、すまない。ルベル公爵家の方も上手くいったし。グレイアドも無事に婚約者だと認められたようだし。
その上、あのエンデバート卿を追い出せたから」
「あのエンデバート卿って、どのエンデバート卿ですか?」
意地悪く聞いてみると、
「お披露目会で我が国に訪問したまま、視察だ休暇だと言って、いつまでたっても帰ろうとしないエンデバート卿だ」
身も蓋もない返事がやってきた。
この調子だと、とっとと帰ってもらいたかったんだろうな。
「目障りだったのは、あの聖魔術師長殿の方だが。いったい、いつまでいるつもりだったんだか」
あぁ。本命はメッサリーナ殿の方か。
金冠の痕跡を嗅ぎ回って、あちこちうろうろしていたと聞く。それも王城の内外問わず。
他国の魔術師長という存在に周囲をうろつかれれば、王太子殿下でなくても、良い印象は持たないだろう。
意外と簡素な王太子殿下の応接室は、ソファーとテーブルがあるだけで、控えている侍従がお茶のお代わりをカップに注ぐと、会話が再開された。
「それで、エンデバート卿はフィルア・ロード卿を連れて、新リテラ王国へ帰っていったんだな」
お茶のカップを口に運びながら「あぁ」と短く答えるグレイ。
殿下も同じようにカップを口に運びながら「そうか」と短く答えた。
そう。あの時。
グレイがフィリアに命じたのは、エンデバート卿に同行して新リテラ王国へ行くこと。行って、エンデバート卿の努力をそばで見守ってこいと、グレイはフィリアに命じたのだ。
その言を聞くやいなや、エンデバート卿がやったのは、
「ならば、気が変わらないうちに新リテラ王国へ行きましょう! メッサリーナ殿ももうグラディアに用はないだろうから、共に帰るぞ!」
と宣言して、フィリアとメッサリーナ殿の手を取って、さささっとどこかに移動してしまったということ。
唖然茫然。
あまりの素早さに、フィリアへ声をかけることも出来ず。
「いやいや、帰るにしても移動手段とか帰る準備とか」
つい三十分ほど前の出来事を振り返りながら、そう言うと、王太子殿下が右手をさっと挙げた。
その動きを見て、さっと近くに寄った侍従さんが、殿下の耳元で何か喋る。私には聞こえない声で。おそらく、殿下か殿下の杖のスローナスの力が働いているのだろう。
近寄ったときと同様に、離れるときもさっと離れた侍従さんは、一礼して部屋から出ていってしまった。
おかげで、殿下に報告をしたのか、殿下から指示を受けたのかは分からずじまい。まぁ、いいけど。
ふと、殿下が私の方を見た。
「報告によると、今さっき、エンデバート卿とロード卿、メッサリーナ殿を乗せた車が王城を出たそうだ。どうやらそのまま、新リテラ王国に帰るようだな」
「早! 行動、早!」
「シア、落ち着け。菓子がこぼれる」
そんな話を聞かされたら普通は慌てる。
慌てる私の反応が普通なのであって、悠々とお茶を飲んでる王太子殿下とグレイの反応の方がおかしいのに。
私は口から落としかけたタルトをくわえなおすと、行儀悪く一口でパクンと食べた。
今日のタルトは王宮製。残念ながらフルヌビの元祖タルトではない。けれども、甘くてトロリとしたタルトの餡が、疲れた頭を刺激してシャキッとさせてくれる。
「フィリア、大丈夫かなぁ」
「アイツのことだ。大丈夫だろ」
私の言葉にグレイの態度も素っ気ない。
素っ気なくてもグレイはグレイ。胸元のポケットから、おもむろにハンカチを取り出すと、私の口の周りをそれで吹き始めた。
「ほら。菓子がついてる。落ち着いて食え」
「えっ」
幼い子どものように口元を拭われて、顔が熱くなってくる私。
ハァ
目の前から大きな吐息。
「グレイアドもルベラス魔導公殿も、そういうのは二人だけの時にやってくれ」
「お前もさっさと身を固めろ。王太子だろ」
グレイの責めるような視線と口調に、分の悪さを感じたのか、すっと話題を逸らした。
「それで、ルベル公爵家の方だが…………」
しかし、この話題こそ本命だったのだ。
明るい室内に、これまた明るい笑い声が響いた。私の方は笑う気分にもなれないほど、憂鬱なのに。
エンデバート卿の騒動が収まって、私たちはここ、王太子殿下の宮に移動していた。
いつもは執務室に通されて、机で書類の山に囲まれる王太子殿下を見ながら、ソファーで話をしていたけど。今日は違った。なんと、『応接室』。
いったいどんな心境の変化でもあったのかと思いきや、単に仕事が一段落して暇だったからだと。その上、上機嫌。
それもそうか。
私に、ルベル公爵家の方を押し付けて、見事に解決してきたわけだから。
ルベル公爵家での出来事と先ほどのエンデバート卿との出来事を簡単に説明すると、何がおもしろかったのか、王太子殿下は笑い出して、私の気分は急降下。嫌みの一つも言いたくなる。
「笑い事じゃないと思いますが」
「いや、すまない。ルベル公爵家の方も上手くいったし。グレイアドも無事に婚約者だと認められたようだし。
その上、あのエンデバート卿を追い出せたから」
「あのエンデバート卿って、どのエンデバート卿ですか?」
意地悪く聞いてみると、
「お披露目会で我が国に訪問したまま、視察だ休暇だと言って、いつまでたっても帰ろうとしないエンデバート卿だ」
身も蓋もない返事がやってきた。
この調子だと、とっとと帰ってもらいたかったんだろうな。
「目障りだったのは、あの聖魔術師長殿の方だが。いったい、いつまでいるつもりだったんだか」
あぁ。本命はメッサリーナ殿の方か。
金冠の痕跡を嗅ぎ回って、あちこちうろうろしていたと聞く。それも王城の内外問わず。
他国の魔術師長という存在に周囲をうろつかれれば、王太子殿下でなくても、良い印象は持たないだろう。
意外と簡素な王太子殿下の応接室は、ソファーとテーブルがあるだけで、控えている侍従がお茶のお代わりをカップに注ぐと、会話が再開された。
「それで、エンデバート卿はフィルア・ロード卿を連れて、新リテラ王国へ帰っていったんだな」
お茶のカップを口に運びながら「あぁ」と短く答えるグレイ。
殿下も同じようにカップを口に運びながら「そうか」と短く答えた。
そう。あの時。
グレイがフィリアに命じたのは、エンデバート卿に同行して新リテラ王国へ行くこと。行って、エンデバート卿の努力をそばで見守ってこいと、グレイはフィリアに命じたのだ。
その言を聞くやいなや、エンデバート卿がやったのは、
「ならば、気が変わらないうちに新リテラ王国へ行きましょう! メッサリーナ殿ももうグラディアに用はないだろうから、共に帰るぞ!」
と宣言して、フィリアとメッサリーナ殿の手を取って、さささっとどこかに移動してしまったということ。
唖然茫然。
あまりの素早さに、フィリアへ声をかけることも出来ず。
「いやいや、帰るにしても移動手段とか帰る準備とか」
つい三十分ほど前の出来事を振り返りながら、そう言うと、王太子殿下が右手をさっと挙げた。
その動きを見て、さっと近くに寄った侍従さんが、殿下の耳元で何か喋る。私には聞こえない声で。おそらく、殿下か殿下の杖のスローナスの力が働いているのだろう。
近寄ったときと同様に、離れるときもさっと離れた侍従さんは、一礼して部屋から出ていってしまった。
おかげで、殿下に報告をしたのか、殿下から指示を受けたのかは分からずじまい。まぁ、いいけど。
ふと、殿下が私の方を見た。
「報告によると、今さっき、エンデバート卿とロード卿、メッサリーナ殿を乗せた車が王城を出たそうだ。どうやらそのまま、新リテラ王国に帰るようだな」
「早! 行動、早!」
「シア、落ち着け。菓子がこぼれる」
そんな話を聞かされたら普通は慌てる。
慌てる私の反応が普通なのであって、悠々とお茶を飲んでる王太子殿下とグレイの反応の方がおかしいのに。
私は口から落としかけたタルトをくわえなおすと、行儀悪く一口でパクンと食べた。
今日のタルトは王宮製。残念ながらフルヌビの元祖タルトではない。けれども、甘くてトロリとしたタルトの餡が、疲れた頭を刺激してシャキッとさせてくれる。
「フィリア、大丈夫かなぁ」
「アイツのことだ。大丈夫だろ」
私の言葉にグレイの態度も素っ気ない。
素っ気なくてもグレイはグレイ。胸元のポケットから、おもむろにハンカチを取り出すと、私の口の周りをそれで吹き始めた。
「ほら。菓子がついてる。落ち着いて食え」
「えっ」
幼い子どものように口元を拭われて、顔が熱くなってくる私。
ハァ
目の前から大きな吐息。
「グレイアドもルベラス魔導公殿も、そういうのは二人だけの時にやってくれ」
「お前もさっさと身を固めろ。王太子だろ」
グレイの責めるような視線と口調に、分の悪さを感じたのか、すっと話題を逸らした。
「それで、ルベル公爵家の方だが…………」
しかし、この話題こそ本命だったのだ。
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