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9 亡魔術師の金冠編
4-9
「「あ」」
私は黄色い旗で、クラヴィスは自分の指で王太子殿下とグレイアドを指差して、声を上げた。
指を差されて、かなり機嫌の悪そうな殿下の顔。
《指を差されたから機嫌が悪いんじゃなくて。精神攻撃だとか心をえぐるとか、 言われたからだろ》
身体の中から聞こえるセラフィアスの鋭い指摘。その指摘を肯定するように、殿下は機嫌の悪そうな表情を続けていた。
「あ、ではないだろう。グレイアドも無言で喜ぶな。気持ちが悪い」
「シアはやっぱり俺の一番の理解者で、最高の奥さんだ」
機嫌の悪い殿下とは違って、すこぶる機嫌の良さそうなグレイは安定のおかしさ。筋肉褒めされて、そんなに嬉しかったんだろうか。
「惚気はいらんといつも言っているだろう」
王太子殿下の反応から察するに、いつもの調子なのは分かったけれど。
私が知りたいのはそんなことじゃない。
グレイを呼び出して、今まで何をしていたのか。
私とグレイの婚約解消の噂が立っているのはどういうことなのか。政争目的だという推察は当たっているのか。
そして、三聖の展示室を閉鎖する以外に、クズ男対策はあるのかどうか。
殿下に問いつめようと立ち上がると、ガタンガタンと周りからも立ち上がる音が聞こえてきた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
周りから上がる殿下への挨拶の言葉を聞き、私は少し焦る。そうだ、この人、王族だったわ。次期国王だったわ。
しぶしぶ頭を下げる私。頭を下げながら視線は殿下へ。
殿下は私を愉快そうに眺めると、団長室のみんなへ手を振って、楽にするよう合図をした。
身体を起こして楽にする、とはいっても、目の前にいるのは王太子。そしてここは、普段、王族とは無縁な第三騎士団。
残業をしていた事務方のみんなが緊張するのは当然で。
みんなが緊張し、団長室が張り詰める中、殿下が威厳を漂わせて声を発すると、緊張で部屋全体が震えたような気がした。
「ルベラス魔導公殿に用がある。昼間の三聖の展示室の件についてだ」
殿下の言葉で、緊迫していた部屋にホッと力が抜けるような気配が広がる。
昼間の三聖の展示室の件は、私が原因でグレイが五強の部屋を破壊した、と団長室のみんなには認識されていたのだけれど。
ここで、どういう思考に至ったのか。
みんなが「あぁぁー」てな感じの視線を私に向ける。ヴァンフェルム団長までも「あぁぁ」と同じ視線を私に向けてきた。
大注目されても気まずいだけなのに。
いたたまれなさに、顔をみんなから背けたら、ちょうど王太子殿下の視線にぶつかる。
王太子殿下は目新しい遊びを見つけたような目を、私に向けていた。その隣は先ほどまでご機嫌だったグレイが、少し嫌そうに眉をひそめている。
グレイにこんな顔をさせるとは、どうやら、これからの『用事』とやらに問題がありそうだ。嫌な予感がする。
「詳しい話は後だ。同行してくれ」
聞きたいことを見事に後回しにした王太子殿下は、私の返事も聞かずにくるっと踵を返して部屋を出ていくのだった。
そして、私はというと。
行くと返事はしなかったので、聞かなかったことにしようかとも思った。
思ったけれど。
うん。周りの視線が痛い。
これは、
「まだ残業している人がいるっていうのに、一人だけ帰るのって酷いよね、っていう視線?」
うん。私は引き留められている。
「違うなぁ。さっさと殿下の後を追っていってくれ、っていう視線だなぁ」
え。
ヴァンフェルム団長の言葉を受けて、居残りしている事務方全員の首が縦に振られた。
「そもそもルベラス君は、自分の仕事を終わらせてるし、残ってる必要ないからなぁ」
「そうだった。グレイを待ってただけだった」
うん。グレイが嫌そうな顔をして、出入り口で待ってるし。
王太子殿下も出たところで後ろを振り返っていた。あの目は「さっさと来い」と言っているように見える。
殿下をここで無視したら後が怖いので、私はみんなに一礼すると、大急ぎでグレイの元に向かった。
「いったい何があったんですか?」
「他言無用だぞ?」
王太子殿下からはそう返事があっただけで、無言での移動が続く。
私は殿下の後を追って、第三騎士団から外宮に抜け、王宮内を通り越し、どこだか分からない場所にまで移動してきた。
けっこう遠い。歩いてくる距離じゃない。
その遠い距離を徒歩で移動した理由は、言われなくても分かっていた。だから余計に文句は言えなかったのだ。
その理由は通ってきた『道』。
建物と建物の間の細い通路だったり、手入れもされていないような茂みの様なところだったり、暗い石造りのトンネルだったり。
深く考えなくても、人目を避けるための通路で間違いないと思う。
人目を避けてまでして行かなければならない場所が、この先にあると思うと、少し身震いがする。
夜になって冷え込んできて、寒くて震えているわけではない。
もしかして。
消えたお母さまの遺体が見つかって、クズ男にバレないよう、城の奥深くに隠しているのだとしたら?
この厳重さも頷けるというもの。
しかし、同時に気になるのはグレイの冴えない表情。
お母さまの遺体が無事に見つかったら、私も一安心。そんな私の気持ちを理解しているはずのグレイが、私を連れていきたくなさそうな、嫌そうな顔をするかな。
もしかして。
団長室で感じた嫌な予感が、またもや持ち上がってきた。お母さまの遺体に何かあったのではないか。
私は期待半分、不安半分で、王太子殿下の後を追った。どこまでも、どこまでも。
ついに、殿下の足が止まった。
どこかで見たことがあるような通路。魔法の明かりが所々に置かれているので、おそらくは地下通路だと思うんだけど。そこを、ずっと真っ直ぐいった一番奥の扉の前で。
その扉の中で待っていたのは、
「エルシア! 助けてくれ!」
お母さまではなく、悲壮な顔をしたあの人物だった。
私は黄色い旗で、クラヴィスは自分の指で王太子殿下とグレイアドを指差して、声を上げた。
指を差されて、かなり機嫌の悪そうな殿下の顔。
《指を差されたから機嫌が悪いんじゃなくて。精神攻撃だとか心をえぐるとか、 言われたからだろ》
身体の中から聞こえるセラフィアスの鋭い指摘。その指摘を肯定するように、殿下は機嫌の悪そうな表情を続けていた。
「あ、ではないだろう。グレイアドも無言で喜ぶな。気持ちが悪い」
「シアはやっぱり俺の一番の理解者で、最高の奥さんだ」
機嫌の悪い殿下とは違って、すこぶる機嫌の良さそうなグレイは安定のおかしさ。筋肉褒めされて、そんなに嬉しかったんだろうか。
「惚気はいらんといつも言っているだろう」
王太子殿下の反応から察するに、いつもの調子なのは分かったけれど。
私が知りたいのはそんなことじゃない。
グレイを呼び出して、今まで何をしていたのか。
私とグレイの婚約解消の噂が立っているのはどういうことなのか。政争目的だという推察は当たっているのか。
そして、三聖の展示室を閉鎖する以外に、クズ男対策はあるのかどうか。
殿下に問いつめようと立ち上がると、ガタンガタンと周りからも立ち上がる音が聞こえてきた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
周りから上がる殿下への挨拶の言葉を聞き、私は少し焦る。そうだ、この人、王族だったわ。次期国王だったわ。
しぶしぶ頭を下げる私。頭を下げながら視線は殿下へ。
殿下は私を愉快そうに眺めると、団長室のみんなへ手を振って、楽にするよう合図をした。
身体を起こして楽にする、とはいっても、目の前にいるのは王太子。そしてここは、普段、王族とは無縁な第三騎士団。
残業をしていた事務方のみんなが緊張するのは当然で。
みんなが緊張し、団長室が張り詰める中、殿下が威厳を漂わせて声を発すると、緊張で部屋全体が震えたような気がした。
「ルベラス魔導公殿に用がある。昼間の三聖の展示室の件についてだ」
殿下の言葉で、緊迫していた部屋にホッと力が抜けるような気配が広がる。
昼間の三聖の展示室の件は、私が原因でグレイが五強の部屋を破壊した、と団長室のみんなには認識されていたのだけれど。
ここで、どういう思考に至ったのか。
みんなが「あぁぁー」てな感じの視線を私に向ける。ヴァンフェルム団長までも「あぁぁ」と同じ視線を私に向けてきた。
大注目されても気まずいだけなのに。
いたたまれなさに、顔をみんなから背けたら、ちょうど王太子殿下の視線にぶつかる。
王太子殿下は目新しい遊びを見つけたような目を、私に向けていた。その隣は先ほどまでご機嫌だったグレイが、少し嫌そうに眉をひそめている。
グレイにこんな顔をさせるとは、どうやら、これからの『用事』とやらに問題がありそうだ。嫌な予感がする。
「詳しい話は後だ。同行してくれ」
聞きたいことを見事に後回しにした王太子殿下は、私の返事も聞かずにくるっと踵を返して部屋を出ていくのだった。
そして、私はというと。
行くと返事はしなかったので、聞かなかったことにしようかとも思った。
思ったけれど。
うん。周りの視線が痛い。
これは、
「まだ残業している人がいるっていうのに、一人だけ帰るのって酷いよね、っていう視線?」
うん。私は引き留められている。
「違うなぁ。さっさと殿下の後を追っていってくれ、っていう視線だなぁ」
え。
ヴァンフェルム団長の言葉を受けて、居残りしている事務方全員の首が縦に振られた。
「そもそもルベラス君は、自分の仕事を終わらせてるし、残ってる必要ないからなぁ」
「そうだった。グレイを待ってただけだった」
うん。グレイが嫌そうな顔をして、出入り口で待ってるし。
王太子殿下も出たところで後ろを振り返っていた。あの目は「さっさと来い」と言っているように見える。
殿下をここで無視したら後が怖いので、私はみんなに一礼すると、大急ぎでグレイの元に向かった。
「いったい何があったんですか?」
「他言無用だぞ?」
王太子殿下からはそう返事があっただけで、無言での移動が続く。
私は殿下の後を追って、第三騎士団から外宮に抜け、王宮内を通り越し、どこだか分からない場所にまで移動してきた。
けっこう遠い。歩いてくる距離じゃない。
その遠い距離を徒歩で移動した理由は、言われなくても分かっていた。だから余計に文句は言えなかったのだ。
その理由は通ってきた『道』。
建物と建物の間の細い通路だったり、手入れもされていないような茂みの様なところだったり、暗い石造りのトンネルだったり。
深く考えなくても、人目を避けるための通路で間違いないと思う。
人目を避けてまでして行かなければならない場所が、この先にあると思うと、少し身震いがする。
夜になって冷え込んできて、寒くて震えているわけではない。
もしかして。
消えたお母さまの遺体が見つかって、クズ男にバレないよう、城の奥深くに隠しているのだとしたら?
この厳重さも頷けるというもの。
しかし、同時に気になるのはグレイの冴えない表情。
お母さまの遺体が無事に見つかったら、私も一安心。そんな私の気持ちを理解しているはずのグレイが、私を連れていきたくなさそうな、嫌そうな顔をするかな。
もしかして。
団長室で感じた嫌な予感が、またもや持ち上がってきた。お母さまの遺体に何かあったのではないか。
私は期待半分、不安半分で、王太子殿下の後を追った。どこまでも、どこまでも。
ついに、殿下の足が止まった。
どこかで見たことがあるような通路。魔法の明かりが所々に置かれているので、おそらくは地下通路だと思うんだけど。そこを、ずっと真っ直ぐいった一番奥の扉の前で。
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「エルシア! 助けてくれ!」
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