運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

SA

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5 覆面作家と水精編

5-3

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 プシュゥッ!


 突然、床から湯気が勢いよく噴き上がった。アクアによるものだろう。

「危ない!」

「キャァァァァァ」

「ウグッ」

 高温の水蒸気だ。

 冷水も体温を奪って命の危険があるけど、高温の水蒸気も厄介だ。まともに浴びれば広範囲に火傷を負ってしまう。

 もちろん、普通の水蒸気ではなく、魔力で出来た水蒸気なので、さらに強い魔力にぶつかると消え失せる。

 問題は、王女殿下もリーブル嬢もアクアの魔力に押し負けていること。
 これでは、アクアに水蒸気で集中攻撃されてしまう。かなりマズい状況だった。

 とりあえず、ついてきたヴァンフェルム団長を下がらせる。クラウドや第五隊の騎士もいっしょに。

 この程度ならグレイは大丈夫だろう。

 バルザード卿は、と視線を向けると、バルザード卿は湯気に巻かれて、あちあち言ってるし。
 魔剣士属性ではあるのに、魔力はそれほどでもないらしい。バルザード卿も下がらせるか。

 意外なのは、クストス隊長とカイエン卿だった。二人とも、どうにかアクアの水蒸気に耐えている。

 けど、長くは保たないな。

「《セラフィアス》」

 私は相棒の杖の名を厳かにつぶやくと、右手のひらに煌めきが舞い、黄色い旗のついた杖が現れた。

 知る人ぞ知る、鎮圧の杖。

 私はセラフィアスを右手に持つと、くるりと振り回す。


 フィィィィィィン


 高温の湿気が波のようになって、アクアの方に押し寄せた。

 一瞬、ひるんでふらつくアクア。

 私もその隙を逃しはしない。一気に魔力を練り上げると、湿気をアクアの周りに絞り込む。

 空気を絞ったら水が滴ってきそうなほどの湿気が、瞬く間になくなり、冷たく乾いた空気が私たちを包み込んだ。

 はぁー

 誰かが大きく息を吸い込んで吐く。

 王女殿下たちの方を見ると、高温の湿気から解放されているのが見えた。

「王女殿下もリーブル嬢も、アクアの魔力を受け止めきれないんだから。ゆっくりと入り口の方まで下がってきてください」

 私は大声で呼びかける。

 解放されたのは、あくまでも一時的なものだ。アクアに近い場所であるほど、再び高温の湿気に包まれる危険がある。

 すぐにでも離れないと。

「仕方ないわね。言うとおりにしてあげてもよろしくてよ!」

 大声で叫び返す王女殿下。その手が少し赤い。火傷ではないようだけど、暑さに耐えるのも限界に近いのだろう。

 その隣にいるリーブル嬢も、顔と手を赤くしている。

 ところが、リーブル嬢からは耳を疑うような言葉が漏れた。

「ここは第五隊の管轄のはずです! ルベラス先輩に何の権限があるんですか!」

 は?

 今、アクアの魔力に押されてピンチだった人が、助けに来てくれた人にそんなことを言うわけ?

「今、私に文句、言ったの?」

 思ったより低い声が出た。

 私の周りの騎士たちがビクンと震える。バルザード卿は何かを感じたのか、さっと私から離れてた。

 うん、声だけじゃなく、魔力も漏れたかな。

 間髪入れず、クストス隊長とクラウドがリーブル嬢に向かって声をかける。

「リーブル! 上に従え!」

「ミライラ! クストス隊長の指示で、団長室に応援を要請したんだ!」

 クラウドにも、リーブル嬢の発言をマズいと思う感性はあったようだ。
 二人揃っての命令口調に、リーブル嬢は従うどころか、逆に反発する。

「でしたら、第五隊に指示を出すのはルベラス先輩じゃなくて、ヴァンフェルム団長か魔術師長のパシアヌス様でしょう!」

「そんなことを言ってる場合かよ! ミライラ、君が危ない状況なんだ! 指示に従ってくれ!」

「先輩、大丈夫です! 私がなんとかしますから!」

 うん、リーブル嬢がなんとか出来なかったから、私がここに呼ばれていると思うんだけどな。

 もう少し、現実を冷静に受け止めてほしいかも。


 プシュゥッ


 再び、高温の水蒸気が噴き上がる。

 リーブル嬢に従う意欲がないなら仕方ない。私は方針を変更した。

「王女殿下だけでも下がってください」

「わたくしはエルシア嬢の指示に従ってるわ!」

 王女殿下はビクビクと震えながら、慎重に足を運んでいた。

「もっとキビキビ動いて」

「さっき、ゆっくりとって言ったじゃないの!」

 それはもう慎重過ぎるほど。亀の歩みの方がマシだと思うくらいゆっくりと。

「今、アクアの魔力はリーブル嬢に向かっていますので、ゆっくりでなくても大丈夫です」

 だいたい、王女殿下の杖、リグヌムはどこにいるのよ。

 木精リグヌムの能力は、本来なら水精アクアに有利に働くはずなんだけど。そのリグヌムがいない。見当たらない。

 いつもなら人型に顕現して、王女殿下に張り付いている。そのリグヌムがいないことに私は不安を覚えた。

「あら、そう? て、その状況、大丈夫って言っていいのかしら?」

「少なくとも、王女殿下は大丈夫です」

 顕現していないなら、王女殿下と一体化しているのだろうし。

 私は余計な心配を心の外に追い出す。

 先に追い出しておいたのは、リーブル嬢に対する心配だ。私に心配されるのも迷惑だろうから。




 そのリーブル嬢はアクアの魔力を高温の水蒸気として、もろに身体に浴び、身体のあちこちを赤くしているところだった。

 私たちが部屋に入ってきたときの場所から、一歩も動いていない。

 王女殿下の方はゆるゆると動いて、とうとうカイエン卿に捕まった。じたばた動く王女殿下をひょいと抱え上げ、私の後ろに下がってくる。

 これでこちらは大丈夫だ。

 さてリーブル嬢の方は、と視線を移す。

「先輩、見ててください! こんなこともあろうかと、準備しておいたんです!」

 リーブル嬢は自信満々に、声高らかに宣言すると、右の腰のポケットから何かを取り出した。

「何、あれ?」

 何かを握りしめるリーブル嬢の拳の隙間から、どす黒い煙のような物が漏れる。

 あれは危険だ。

 私の本能がそう囁いた。
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