運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

SA

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6 辺境伯領の噴出編

5-8

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 それは、私がニグラートを立つ、ほんの三十分前のこと。

 転送魔法陣の使用を告げる連絡は、前日に送ってあったので、あとは時間通りに魔法陣を動かすだけ。

 という状況で、突然、アルブレートのギルダーが訪ねてきた。

 うん、タイミングが悪すぎる。

 三十分前の今の時間は、魔法陣に荷物を置き終わって、最終チェックをしている最中。忘れ物があれば、また、次の日にでも送ってもらえばいいからと、私はのんびりしていたのだ。

 そののんびりを見事に潰してくれたギルダー。私がムッとしてしまったとしても、仕方のない状況だったと思う。

 そんな状況で開口一番、告げられたのが、

「エルシア姫、俺と、この先の人生を共に歩んでほしい」

 またかよ、こいつ。

 ちなみに、私の隣にはグレイ。

 しばらく会えなくなるからと、私にぴったりくっついていて動きにくい。いや、動こうと思っても、グレイがくっつき過ぎていて、動けない。

 ギルダーも、この状況を見て、よくぞ求婚まがいのような台詞を言えると思う。あぁ、元々、かなりおかしかったか、頭の中身。

 私はグレイに黙っているよう目配せをしてから、ギルダーに向かって、こくんと無言で頷いた。


 ザワッ


 一気に周囲が騒然とする。

 グレイは「待ての出来る男(自称)」なんだそうで、私の意をくんでおとなしくしていた。

 おとなしくしてなかったのは、ギルダーの方。

「えええええ?! それって!」

 何かに期待を寄せて一人で盛り上がる。

 グレイにべったりくっつかれた状態を見て、期待も何もないだろうに。

 とは口に出さずに、別のことを伝えた。

「当然でしょ。なんだかんだ言っても、ニグラートとアルブレートは辺境を守る同志だから」

 こくんこくんと頷く私。

「うん? 同志? いや、まぁ、同志ではあるけど、俺が言いたいのはそういう話ではなくて」

「グレイの奥さんとして、アルブレートとはきっちりと適切な距離を保ちつつも、しっかり同志として共に歩んでいくつもりだから」

 一気に言い切る。


 オオッ


 さきほどとは別の意味で盛り上がる周囲。「これでニグラートは安泰だ」はまだいいとして、「しばらく隊長に怯えずに過ごせる」とか「しばらく隊長の機嫌がよくて助かる」とか、聞いてはいけないような言葉まで飛び出していた。

 盛り上がる周囲とは違って、ギルダーは堅い顔。

「今、一気に線を引かれたような気がしたんだけど?!」

 ぎこちない笑顔を向けるギルダーに対して、グレイがバカにしたような言葉をかけた。

 うん。グレイも、最後までは黙っていられなかったようだ。

「シアがはっきり言っただろ。お前、耳まで悪くなったのか?」

「いや、ちょっと待て。まだ、婚約段階だったはずだろ? お前の奥さんて、いったい、どういうことだよ?!」

「まぁ、それについては、私も同意見というかなんというか、後でグレイと、じっくり話し合う場を設ける予定だから」

 そう。

 私とグレイはすでに婚約関係ではなく、婚姻関係だったんだよね。知らなかったけど。

 グレイが「婚約解消は諦めてくれ」と言っていたのは、これが理由。婚約関係ではないから婚約解消は不可能だと。

「後で?! すぐにはっきりさせないといけない話だろう!」

「え? そう? でも、もうそうなっちゃってから、半年以上経ってるし」

 驚くギルダーの声を聞き、逆に私は冷静になる。私は過去を振り返った。

 振り返ってみると、そういえば…………と見落としていたことが、いくつも思い浮かんでは消えていく。

「はぁぁぁぁぁあ?! むしろ、なんで、そんなに経つまで気づかないんだよ!」

「十六歳の誕生日の時に、正式な手続きをしたから。王都騎士団で研修している最中で忙しかったんだよね」

 未成年だったからと仮の婚約だったのを、成人したから正式な物にすると言われれば、誰だって『正式な婚約』だと思うだろう。

 まさかそれが『正式な婚姻』だったなんて、悲鳴物だ。

「忙しくても! 署名する前に、事細かく長々と説明されたりするだろ!」

「うん。された」

 そういえば、妙に丁寧だったし、前より説明が多くて細かかったし。

「されたのに気がつかなかったのかよ! 嘘だろ! もしや、わざと分かりにくく説明されたとか?!」

「いや、かなり、細かく丁寧に」

 一つ一つ確認されたし、文章の内容を私も反復させられたりしたし。その時に、確かに私は、『婚約』ではなく『婚姻』と口にしてるし。

 セラフィアスがしっかりとこの時のことを見聞きしていて、証人にもなってしまっているため、言い逃れも出来ない。

「なーーーーんで、それでそうなっちゃうんだよぉぉぉ!」

「なんでだろうねぇ?」

 私が聞きたいよ、まったく。

「もっと慌てろよ! 一大事だろ!」

「え? そう? いまさら慌ててもねぇ」

 セラフィアスが言うには、『婚約』だという先入観があったから、『婚姻』と口に出していても、まったく気がつかなかったんじゃないか、と。

「いやぁ、契約って怖い」

「それを言うなら、今まで気がつかなかった、主の頭の中身の方が怖いよな」

 まったくだわ。

 すでに反論する気も失せている。

「何、呑気なこと言ってるんだよ。半年以上経っていても、一年経ってなければ、条件付きで無効が認められるんだぞ?」

「あー、知ってるけど? それも説明されたし」

 署名する直前まで、長々と説明されたんだよねぇ。あの時はなーーーんでそんなに細々と説明するのかなぁ、なんて思ってたよねぇ。

 契約の締結には半年の猶予がある。半年以内なら『なかったこと』にも出来る。

 もちろん、その間に妊娠してたら、生まれてくる子どもの父親がいないことになってしまうので、『なかったこと』になってさらに半年ほど観察期間が設けられていた。

 そしてギルダーの言うとおり、半年を過ぎても手はあった。契約の無効の申し立てを行えば、やはり『なかったこと』に出来る。

 その条件というのが、やはり妊娠していないことと、契約から一年以内であることなんだけど。

 さらに隠された条件があった。

「されてるのかよ! じゃあ、なんでそんなに呑気に、って、エルシア姫の誕生日って、もう来月じゃないかよ!」

 そう。婚姻の署名をしたのが十六歳の誕生日で、十七歳の誕生日まですでに一ヶ月を切っている。

 契約無効の審査に一ヶ月を要するため、契約無効の申し立ては『十一ヶ月以内』に行わなければならない。

 一年以内ならオーケー、とか言っておいて、実際は十一ヶ月以内って罠なの?みたいな。

 でもこれで、ギルダーも納得して引き下がるだろう。

「まぁ、そういうわけだから」

「おいおいおいおいおい!」

 振り上げるか振り下ろすか迷うような微妙な高さで、握り拳を作るギルダー。その握り拳がプルプルと震えていた。

 まだ納得がいかないのか。

「大丈夫。後でグレイとはしっかり話し合うつもりだし」

「そんな後になってから、話し合う事なんてあるのか?」

 あるでしょう、大事なことが。

「結婚式の準備とか段取りとか?」

 婚姻の署名はしたけど、式はまだだ。
 どうせやるなら、しっかり話し合って納得のいく物にしないと。

「結婚、確定かよ!」

 けっきょく、ギルダーは叫びながら握り拳を振り上げて。そのままの体勢でおいおいと泣き出したのだった。




「俺たちがちょっと場を離れた間に、そんな、おろしろ、いや、面倒なことになってたんですね」

「二人とも、ギルダーがつまみ出されてから、転送魔法陣のところに戻ってきたんだったよね」

 まぁ、その後。グレイが私から離れなくて大変だったけど。

「グレイ。今ごろ、頑張ってるかな」

 私は遠い遠い北の空の下に想いを馳せながら、明日からの生活に向けて、気を引き締めるのだった。
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