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〈十一〉
朽ちた家々の列が途切れると道の両側に木立が迫ってきた。葉が落ちてしらじらと骨をさらすような木々の間に道を挟んで柱が二本、立っている。柱の向こうで枝葉の積もった道は曲がり、先は靄に包まれた木立に呑まれて見えない。
「ここに道切りをわたします。魔除けですね」
「みちきり。――俺の故郷にはなかったな」
故郷ということばに心なしか苦い響きがあった。
昔は道切りをわたす祭りもあったというが、住人がるいひとりとなった今は祭事を取り仕切る者もない。ただしめ縄をわたすだけになった。勝五郎が手伝ってくれて思いのほか早く仕事が片付いた。
「助かりました。独りではもっと手間取ったことでしょう」
「お役に立ってよかった」
靄が晴れ、山なみが姿を現す。
山が、燃えている。
紅に橙。黄金に緋色。錦繍とはこのことか。
ここよりさらに高いところから眺めればきっともっと、美しいに違いない。のどかな気持ちになり、るいはくるりと勝五郎を振り向いた。
「足は、だいじょうぶですよね?」
「傷は塞がったし、幸い筋も骨も問題ない」
「では湯へ行きましょう」
「ゆ?」
おっとりと、勝五郎が首をかしげた。
「山に傷に効く湯があるのです」
「湯か」
目が輝いた。
「それはよい。――そうだ、そうだ。初めてお目にかかったときそのように、いっておられたな」
「難所というほど険しくはありませんので」
「まいろう」
余った飯を麦粉と混ぜて焼き、味噌を塗ったものを朝食として用意してあった。それを携え、のんびりと山を登る。はじめすたすたと歩いていた勝五郎が難渋しはじめた。
「しばらく歩かなかっただけで……」
「慣れれば家から四半刻で行けるようになります。もう少しでございます」
山道は、人や馬が踏み固めた街道を旅するのとは困難が異なる。木の枝やごろごろと大きい礫に足をとられ、慣れないうちはやたらに疲れる。勝五郎が足もとを誤り添え木を巻きつけた腕を突かないよう、るいは先に立ち慎重に道を選んだ。
「ほら、――あちら」
「おお」
清水の湧く沢の奥に、湯煙の立つ岩場があった。岩と岩の間から湧く湯が、湯船のようなくぼみに落ちている。勝五郎がうっすら白く濁った湯におそるおそる触れ、嬉しげに目を輝かせた。すぱすぱと着物を脱ぎ、ともに湯に入る。
「こちらへ」
並んで座るには少々狭い。招かれてるいは勝五郎の足の間に腰を下ろした。傷は塞がり腫れもおさまりつつあるがまだ痛々しい左腕にそっと、掬った湯をかける。
「思いのほか、熱くない」
「少しぬるめですが、ゆっくりつかればあたたまります」
「これは、よい……」
勝五郎がうっとりと溜め息をついた。
山肌を錦繍が彩る。
景色に見蕩れる男の笑顔にるいは見入った。視線に気づいた勝五郎が笑みを深め、自由な右手で湯を掬ってるいの肩にかけた。
「緋色、紅。るい殿は赤が似合いそうだ。――貴人なる者も見蕩れるであろう」
「そんなこと……」
「このあでやかな姿を他の――」
見つめ合ったまま、ふたりはしばし言葉を失った。
「すまない、いっても詮無いことを」
「いいえ」
貴人を理由に肌を合わせ、同じ理由で後ろめたく隔たりを意識する。いくら熱く肌をすり寄せ合っても隙間がなくなることはない。
――このひとが、貴人であればよかったのに。
唇が重なった。
「……んぅ」
「るい殿、舌を」
れ。れり。
「ふ、あ」
「よい、であろう」
「ああ、ん、……いい」
れりり。
舌をゆるゆるとすりあい、絡め合う。
湯を掬っていた勝五郎の指が、るいの乳首を掠めた。
「ふ、ぁ、……んゃっ」
「――すまない。痛んだか」
指の腹がそっと頭をもたげかけた乳首の先を撫でる。
「んっ、んんっ」
ふにふにとやわらかかった乳首がつん、と尖る。
「おお、硬くなってきた。――どうだ、痛みはないか」
「んぅ、痛く、ありませ、ん……。むずむずして、じんじんして、なんだか、おかしゅう、ございます――っん」
ちゃぷ、ちゃぷん。
刺激から逃げようと身を捩ると、二本の指が縛めるように赤く色づいた乳首をくりり、と転がした。
「ああん、や、つままな、いで、ああっん」
「舌が疎かになっているぞ、るい殿」
「んふ、っああああん、しょ、ごろうさ、ま、……いい、っんん」
「俺も、――ああ」
温泉の熱がじんわりと体にしみていく。肌をそよと撫でる晩秋の風が心地よい。
いい、と口に出してしまうとひりつきに似た刺激も甘い疼きに置き換わる。青い空、白い湯煙、紅葉。色彩が溶ける。明るい日差しのもと、るいは快楽に耽った。
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