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〈二十八〉
離れ座敷にふたりきりになった。
羽織や袴を受け取ると、るいは差し向かいに座り手甲を解く手伝いをした。がっしりとした腕を抱くようにして小鉤をぷつりぷつりと外す。
「こちらの腕も」
「ああ」
左腕の手甲も解く。
しゅ、しゅしゅ。
鉄瓶の湯が沸く音がする。
「深山の里は……」
「雪解けから夏の間は、臼居屋や志馬野から人を出してもらっておりました。私は療養に時間がかかってしまいまだ、帰っておりません」
これまではばかっていた深山の里や御婆たち、貴人についてやっと調べる決心がついた。御婆の生前から交流のあった臼居屋や志馬野の里人たちに話を聞き、人を調べに出しても分かったことはそう多くない。
深山の里は、とある貴族の領地の一部だったという。薬草を育て薬種となる植物を採集し加工する技術者一族が都からやってきて居つき、かれらの娘が領主の側妾となることで縁続きとなった。しばらく前まではそうした妻問いの儀式が残っていた。が、それもとある貴族が滅びるまでのことだ。
「だいぶ年は離れていましたが御婆は、私の実の母親でした」
るいがくだんの貴族の世継ぎである可能性は低い。どういう経緯で御婆が年を取ってから一子を産み落としたかも、なぜ親子の名乗りをしなかったのかも不明だ。貴族に嫁する娘を育てたかっただけなのかもしれない。ただひとつ確かなのは、深山を訪れる貴人など今は存在しないということだ。
「これからどうするかは、まだ……」
幸い、臼居屋がこれまでどおり薬種を買い取りたいといってくれている。春を待って深山へ帰ることになるだろう。
るいは勝五郎の左腕を抱き、ぷつりぷつりと手甲の小鉤を外していった。
「なかなか文を出せずすまなかった」
「……」
一年前から逗留している臼居屋を通じて消息は聞こえてきて、仇討ちが果たされたところまでは知っていた。逃げて隠れてを繰り返す仇とようやく相まみえたが助太刀もあり、無傷ではすまなかったらしい。療養と手続きを経て
「禄を返上してまいった」
勝五郎は正式に脱藩した。
「会いたかった」
先に解放された右腕がるいの背中にまわる。
「一介の素浪人に過ぎない身で、るい殿の前に顔を出せた義理ではないのは分かっていたがどうしても、会いたかった」
「お目にかかれて、嬉しゅうございます」
手甲を外した左腕を撫でる。
「きれいに、治りましたね」
「ああ、るい殿のおかげで元どおりだ」
頬を寄せると浅黒くなめらかな肌からなつかしく香ばしいにおいが立つ。いとしさが募る。るいは頬ずりした。
「ご無事で、本当にようございました……」
涙があふれる。
「生きていてくださればそれでよかった。私の知らないところで知らないかたと添われても、幸せに生きていてくださればそれで」
「るい殿」
「でも、駄目ですね」
頬ずりしながら、るいは微笑んだ。
「こうしてお目にかかって、触れてしまうと、離れられない」
「もうどこにも行かない。傍にいてくれ、るい殿」
ぎゅ、と両腕で抱きしめられた。唇が重なる。
夜には雪が降るだろう。でも、今までの冬とは違う。この人の腕のなかにいればきっと、あたたかい。
(了)
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