我慢を止めた男の話

DAIMON

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第四話『冒険者登録』

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「ったく、案の定ってか……」

「「ず、ずびばぜんでじだ……」」

 小都市『レーネック』への道半ば――予想通りというか、引っ張っていた海賊の下っ端数人が反抗心を取り戻し、縛られたロープを引いて抵抗してきた。

 ので、引き倒してから鼻血が出るまでビンタして顔を真っ赤な風船にしてやった。

『…………』

ズーン……

 他の海賊どもの顔が一様に暗くなり、一層静かになる。
 これで終いまで大人しくなれば楽だが……もう一度、釘刺しておくか。

「これで分かったな。無駄な反抗したらこうなる。これだけ言ってまた手間かけさせやがったら、次は、全員連帯責任でシバキ倒す。その時は鼻血じゃ済まさねえからな」

『ヒィ!?』

 何が「ヒィ!?」だ……お前らだって笑いながら他人に暴力を振るってきた癖に……。
 けどまあ、これぐらい脅しておけば大丈夫かな?

 さて、進行再開――

「はぁ、はぁ……」

 俺は全然平気だし、海賊野郎どももまだ大丈夫そうだが、カサンドラは大分息が苦しそうだ。

「っ……!な、なあ、少しだけでいいから、休ませてくれないか……?」

「「「せ、船長っ!?」」」

 ゴードンが聞いてくると、海賊どもが引き攣った声を上げる。
 下手したら、自分達にも塁が及ぶのを恐れたんだろう。

 まあ、結構歩いたし、俺も少し水でも飲みたい気分ではある。

「……はぁ、しょうがねえな。じゃあ少し休憩だ」

「っ!すまん……!」

「下手な事考えたら、どうなるか分かってるよな?」

「わ、分かっている……!」

 ゴードンに続き、他の海賊どもも千切れる勢いで首を縦に振る。
 まあ、これだけビビってるなら大丈夫か。
 リュックを下ろし、中から革製の水袋を取り出して飲む。

「んっ、んっ、ぷはぁ」

 冷えてはいないが、渇いた喉には美味い。

 一息ついて道の脇に腰を下ろす。
 空を見上げるが、今は夜で雲もないが、星は見えても月は見えない。
 この世界にはないのか?
 それとも新月なのか、まあ、明日以降になれば分かるだろう。

「な、なあ……」

 またゴードンが話しかけてくる。

「何だ?」

「か、カサンドラ、に水を分けてやってくれないか……?」

 こいつ……俺が女相手なら同情を引き出せるタイプと思ってるんじゃないだろうな。
 舐めんなよ。

「調子に乗るな。この水がどこで誰に分けて貰ったものか、もう忘れてんのか?」

「う……」

「お前らが、略奪しようとした、町の人達が、お前らの所為で苦しいところなのに、厚意で俺に分けてくれた有り難い水だ。それをなんで、よりにもよってお前らに分け与えるなんて話になるんだ?勘違いしてんじゃねえぞ」

「…………」

 萎れて引き下がるゴードン。
 一度、ゴードンとカサンドラの事情を聞きはしたが、基本的に俺や略奪された人々には関係のないこと。
 事情に多少同情したとしても、やった事を忘れてやるなんて甘い事はしない。

 こいつらは海賊、それも冒険系じゃない略奪系の犯罪集団……犯罪者に老若男女は関係ない。

「休憩終わりだ。立て。そして歩け」

『……ッ……』

 無言で立ち上がる海賊どもは、カサンドラを除き全員がゴードンを睨んでいた。
 『お前が余計な事を言った所為で休憩が終わった』とでも言いたげだな。

 まあ、そんなことは気にせず進行再開だ――。

 黙々と道を進む、俺と縄で縛られ繋がれた海賊ども……。
 きっと他人に見られたら、かなり異様な光景に見えるだろう。
 そういう意味でも、夜に強行軍をしたのは良かった。
 何せ他に人はなく、魔物だのモンスターだのの襲撃もない。
 運が良いのか、この辺りにそういうのがいないだけなのかは分からないが、結果良ければ~だ。



 そして、一晩中休みなく歩き続けた結果、翌朝、俺達は小都市『レーネック』に辿り着いた――。



「……なるほど、そうだったか」

「はい」

 都市を囲む城壁の外、俺は駐屯している守備隊の隊長さんと話している。
 中年ぐらいのやや細い、マントと鎧をきたオッサンだ。
 門を守っていた兵士に呼んでもらった。

 そして襲われていた町のこと、海賊のことを説明し、連れて来た連中を引き取って欲しい旨を話した。

「よかろう、この者どもはこちらで引き取る。で、報奨金の事だが、手配書などの照会で多少時間が掛かる。それまでレーネックに留まってもらう事になるが、構わんか?」

「勿論です。仕事も探したいので」

 この世界に『冒険者ギルド』がある事は、最初の町で聞いている。
 先ずはそこに行って登録するつもりだ。

「よし、では連絡が着き易いよう、宿を紹介しよう。支払いも後払い出来るように一筆書いてやる」

「ありがとうございます」

 それは有り難い。
 海賊から巻き上げた小銭はあるが、宿代によっては足りない可能性もある。

 あ、そうだ。
 忘れるところだった。

「あの隊長殿、そこの頭目の男と赤髪の女は、出来れば俺の奴隷としたいんですが、可能でしょうか?」

「む?女は、まあ分かるが、男もか?」

「ええ、まあ、荷物持ちにでも、と」

 適当に誤魔化す。

「ふぅむ、手配書が出回っている名のある賞金首だと無理だが、そうでなければ犯罪奴隷として登録すれば可能だ。まあ、その場合、手続きの手数料代わりに報奨金からその二人分は引かせてもらうがな」

「それで構いません。お願いします」

「うむ、よかろう。では、海賊どもはこちらで預かるぞ」

「はい」

 そして、海賊どもは兵士に連れて行かれた。
 これで身軽になった。

 じゃあ、俺も都市に入ろう。

「身分証は?無い?なら入市税銀貨3枚だ」

 何となく予想してたが、やっぱりこういう都市に入るには税金があるか……。
 さっそく海賊どもから巻き上げた金が減ったな……。

「よし、通って良いぞ」

 無事、都市に入れた。
 城壁内に入ってみると、やはり都市というだけあって建物も建ち並んでいるし、道も石畳だしで整備されている。
 それに人も多い。
 中々壮観だ。

 あちこち見て回りたいところだが、先ずは冒険者ギルドだ。
 ギルド証を手に入れないと、大きな街に入る度に税金を取られていたら堪らない。
 あ、場所を隊長さんに聞くのを忘れたな……まあ、いいか。
 街行く誰かに聞けば分かるだろう。

 一先ず、目の前の大通りっぽい広い道に沿って歩く。
 雑貨、野菜、肉、薬、武器、防具、本――店舗でなくても屋台もチラホラ、色々な店が立ち並んでいて、見ているだけで楽しめる。
 こんな気分は久しぶりだ。

「お?」

 八百屋っぽい出店で、リンゴに似た果物発見。
 木箱にゴロゴロ入れられてるのが、雰囲気がある。
 値札は……1個銅貨3枚か。
 これは高いのか?

 買いつつ聞いてみるか。

「お姉さん、1個おくれ」

「はいよっ、銅貨3枚ね」

 恰幅のいい奥さんに声を掛けると、よく通る声が返ってくる。
 よし、角が立たない程度に探ってみよう。

「銅貨3枚ね~。景気はどうよ?お姉さん」

「ああ、見ての通りさ。戦争の所為で何んもかんも値上げしなきゃやってらんないよ。ったく嫌だね~戦争なんかさ~。早く終わってほしいよ、ホントに」

「だよね~」

 ふむ、値上げしてこの価格な訳か。
 原因は戦争っと……。

 銅貨3枚を払って、リンゴっぽい果物をゲット――袖で軽く拭いてから齧る。
 うん、ちょい酸っぱいがちゃんとリンゴだ。
 値上げして銅貨3枚なら、元は銅貨1・2枚か?
 なら、銅貨1枚は大体100円くらいか?
 銀貨と銅貨のレートはどんなもんだろう?

 おっと、そうだ。

「お姉さん、ちょっと聞くけど冒険者ギルドってどこか知ってるかい?」

「ああ、冒険者ギルドなら、この通りを向こうにずっと行けばあるよ。デカい建物だし看板があるからすぐ分かるはずさ」

「そう。どうもありがとう」

「はいよ、毎度あり~」

 奥さんに礼を言って、教わった方に歩く。

 あちこち見ながら道を歩いていると、冒険者ギルドらしきデカい建物を見つけた。

『冒険者ギルド・レーネック支部』

 うん、看板もあって間違いない。
 二階建てなのか、石と煉瓦で組まれた頑丈そうな造りだ。
 扉もデカいが開けっ放しになっている。

 よし、入ってみよう。

 中は結構広い。
 床も石畳になってるんだな。
 椅子とテーブルが幾つか置かれていて、そこで話し合っている剣やら杖やらを持った冒険者らしき連中がチラホラ。
 向かって右側には大きい掲示板があって、何枚か紙が貼ってある。
 そして、入り口正面に受付カウンターと受付嬢……なんか、ちょっと職安を思い出すな。

 いやいや、ここは冒険者ギルドだ!
 さっ、俺も登録しよう!

「いらっしゃいませ、冒険者ギルド・レーネック支部へようこそ。本日はどのような御用でしょうか?」

 お団子纏めの茶髪の美人受付嬢が、見事な営業スマイルで対応してくる。
 職員への教育体制は良い方なのかな?
 まあいいや。

「冒険者に登録したいんですけど」

「新規のご登録ですね。畏まりました。それでは」

 受付嬢は、カウンターの下から一枚の板を取り出した。
 魔法陣というのか、円の中に模様が描かれた板……よく見ると、円の上にドッグタグの様な物が嵌っていて、円と線で繋がっている。

「こちら『登録盤』に左右どちらかの手を置いてください。あ、手袋は外して素手でお願いします」

「あ、そうなんだ。はいはい」

 言われた通り手袋を取って、右手を円の中に置く。

「では、しばらくそのままお待ちください。登録盤、起動」

 受付嬢の声と共に、手を置いた円がぼんやり光り始める。
 そして5秒ほどすると光は消え、ドックタグの様なものにさっきまでなかった複雑な模様が刻まれた。
 パッと見、機械の回路みたいな感じだな。

「はい、これにて登録は完了しました。えーと、お名前は、ジロウ・ハセガワさんでお間違いないですか?」

「え、あー、はい。合ってます」

 こっちだと『名前・苗字』の方式なのね。

「変わったお名前ですね……ご年齢は32歳、こちらもお間違いないですか?」

「はい、合ってますよ」

「では、こちらがジロウさんのギルド証になります」

 ドックタグが板から外され、手渡される。

「そちら紛失しますと、再発行に銀貨5枚、加えてランク1ダウンのペナルティが発生しますので、十分にご注意ください」

「分かりました」

「よろしければ、冒険者ギルドについて簡単にご説明しましょうか?」

「お願いします」

 受付嬢の冒険者ギルドレクチャー。

 冒険者ギルドは世界中に支部を持つ組織である。
 ちなみに商業ギルドや職人ギルド、薬師ギルド、魔導士ギルドと他にもギルドは存在する。

 冒険者の仕事は多岐に渡る。
 魔物退治、素材採取、他にも荷物や手紙の運搬、商店の手伝い等々……それらはギルド選定の難易度によって、ランク分けされ、受けるには相当の冒険者ランクが必要。

 冒険者ランクは、下からG・F・E・D・C・B・A・S・SS・SSSと10段階に分かれる。
 ざっくり区分けするとG・F・Eは初心者または三流、D・Cは普通または二流、B・Aはベテランまたは一流、S以上は超一流または『超越者』なんて呼ばれ方をする。
 ちなみに現状、全世界にSランクは8人、SSランクは5人、SSSランクは2人しかいないそうだ。
 俺は登録し立てだからGランクになる。

「Gランクは、一月に一度は必ず依頼を受けてください。でないと『やる気なし』と見なされ、登録抹消になります。登録抹消になりますと、向こう半年再登録不可能となりますので、くれぐれもご注意ください」

 ちなみにFランクに上がると3ヶ月、Eランクに上がると半年と猶予が伸びる。
 そしてBになれば1年、A以上ならもう無期限となる。

 まあ、そこまで上げなくても、日々暮らしていく為に普通に仕事をしてれば登録抹消にはならないだろう。

「最後に、違反行為について――ここは重要ですので、よく覚えていってください」

 受付嬢の雰囲気が変わる。

 違反行為――ギルドにも規則があり、それに違反すれば罰則がある。
 例えば依頼失敗……期限に間に合わなかったり、力及ばず失敗したり、これはそこでギルドに報告すれば失敗により内部で評価が下がるだけで済む。
 勿論、報告を怠ったり、失敗が度重なればランク降格もあり得るが、罰としては軽い部類。

 問題は所謂『犯罪行為』に走った場合――これは洒落じゃ済まされない。

 盗難、恐喝、傷害、殺人……日本でも犯罪とされる行為は、こっちでも同じく犯罪。
 そんな信用を失墜させる真似をした冒険者を、ギルドは許さない。
 資格停止は当然、あっという間に指名手配されて同業だった冒険者に狙われる身に転落する。

「ですので、くれぐれも犯罪行為はしないくださいね」

「はい、勿論」

 そんな事、やれと言われてもやらない。
 これでも日本にいた頃から、その手の行為はした事がないのだ。
 これだけは、日本にいた頃の俺も胸を張れる。

 さておき、冒険者レクチャーも終わり、晴れて俺も冒険者デビューだ。

 どんな依頼があるか見たい気持ちもあるが、今日は一旦宿に行こう。
 夜通し歩いて、体こそ疲れてないが、そろそろどこかで寛ぎたい気分になった。

 そう決めた俺は、ギルドを後にして、隊長殿に貰った地図を頼りに、宿を探しに出た。
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