世界最強の俺は正体を明かさない ~眠れる獅子のもがれた牙が生えるまで~

ケムケム

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誘拐事件

34 夜空

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 しばらくして全員が目を覚ました。その頃には既に日が沈んでいた。この時間帯の移動には危険が伴う。行きの時はアリサの命がかかっていたのでしょうがなかったが、今はわざわざ危険を冒してまで帝都に帰る必要は無い。

 現在はエリックとファーゼンを除く、ヒュドラを倒したメンバーで薪を囲んでいた。エリックとファーゼンはまだ疲れているのか、起きる気配がない。

 「それで皆もう分かっていると思うが、エリックとファーゼンは普通の人間ではない」

 もはや言うまでもない。あんな姿を見せられて、同じ人間という方がおかしいというものだ。

 ちなみに、ファーゼンとエリックの姿を直接見られたのはここにいる者達だけだった。エリックの魔法攻撃による爆発は他の兵士たちも目にしたが、エリックの姿は木々に遮られて見えなかったそうだ。

「そこで皆に…… お願いがある」

 ドミニクは、そう告げてから一向に口を開かない。いや、開けない。
 何しろ、この帝国は人間至上主義を掲げてはいないにしても、それに近い風潮がある。その証拠にこの国の歴史では、人間以外は悪役として描かれ、奴隷は獣人の割合が圧倒的に高い。故に獣人や魔族を嫌悪する人間は多い。そんな状況で、どうやって皆を説得したら良いか、言葉が見つからない。

「あぁ……その……あれだ。まず始めに、今日の事は決して他言無用で頼む。この事に関しては、箝口令を敷くことはできる。だがそうしてしまうと、上層部には自然と知られてしまう。だから、なるべく箝口令は敷きたくない。俺は隠していたが、エリックとファーゼンを実の子供のように思っている」

 (これほど噂になっているのに、それで隠しているつもりだったのね………)

 シリアスな場面だというのに、アイリーンは少し失礼なことを考えてしまう。

 (まぁそれはいいとして、確かに箝口令を引いてしまっては不味いわね)

 この帝国は腐りきっている! とまでは言わない。だがしかし、真っ当でないのも事実。アイリーンが把握していないような後暗いことは、毎日のように起きている。この事件もそのうちの一つだ。
 故に、2人の存在が知られてしまえば、2人は研究者のモルモットになってしまうことは必然である。だからドミニクは箝口令を引きたくないのだ。

 「当然秘密を知った上でた。だから、皆にも今日の出来事は決して他言無用でお願いしたい。それに2人には、これからもよろしくやって欲しいし、力になってやって欲しい。これが俺からの願いだ」

 ドミニクは頭を下げて頼み込む。守る子を持つことが、ドミニクの背は大きくしているように見えた。

 パチパチと薪がならす音が沈黙に響く。

 ドミニクは、最悪2人を守る為なら、この場の者達とも戦う覚悟はできていた。そんな覚悟を決めた者の願いだ。普通ならば重圧を感じてもおかしくはなかった。だがここいるメンバーは、そんなものは微塵も感じなかった。

 「ドミニク団長、頭を上げてください。ここにいる者達は皆、2人に命を救われたのです。なのに何故、裏切るようなまねをするのですか。私アイリーンは、クメール公爵の名に誓って、2人の友であることを誓いましょう」

 この場の全員が頷く。

 「そもそもこの事件の発端は私にあります。2人がいなければ今頃私は誘拐されていました。だから2人は命の恩人なんです」

 「ありがとう……みんな」

 ドミニクは何より、2人の友である。その一言が聞きたかった。
 
 もし2人の秘密が守られたとしても、この事が原因で仲違いをしてしまえば、もう2人はこの国ではやってはいけないだろう。そうドミニクは確信していたのだ。

  元々2人は、人間を信用してはいなかった。人間不信に陥る程の辛い過去があるからだ。それでも2人は、その国で生きようと前を向いて歩き始めた。親代わりとしてはそれが何より嬉しかった。
 だが、ここで躓いてしまえば、もう二度と立ち上がることは出来ない。そんな思いはもうさせたく無かった。

 だから、2人の秘密を守る確証より、『2人の友であることの証明』が欲しかったのだ。

 (2人はもう大丈夫そうだ、もし俺がいなくなっても……)

 「ドミニク団長、しんみりとするのはこれまでにして、これからの話をしませんか?」

 「アイリーン殿、そうおっしゃるということは、何か言いたいことがあるのですかな?」

 「ええ、クラブ活動についてです。今日、学院のクラブ見学をした際に、気になるクラブがございました。それは冒険者クラブです」

 ドミニク団長とカエサル副団長はその言葉に驚く。反対にオルバとアリサの目が輝いた。実はこの2人も冒険者クラブに入りたかったのだ。

 「あのアイリーン様。公爵家令嬢の貴方様がそのようなクラブに所属することを、許していただけるでしょうか」

 当然な疑問だ。公爵家令嬢のアイリーンは、当然貴族社会で生きていくことになる。それも貴族の中での上流階級でだ。であれば当然、社交会クラブで経験を積むべきなのだ。それだけでは無い。社交会クラブは、貴族に必要な人脈を作る場でもあるのだ。

 「まだ許可は取ってはいません。ですが、恐らくお父様は許してくれるでしょう、ある程度条件はつけられると思いますが。そこでお願いがございます。私たちが冒険者クラブに所属を許されたのならば、この6人でパーティーを組む許可を頂きたいのです。」

 お願いと聞いて、どんなものかと思ったが、2人は良き友を持った。とドミニクは空を見上げた。そこには帝都からは見えない星空が輝いていた。

 「キレイな天の川だ」

 星をこれ程キレイだと思ったのはいつぶりだろうか。それどころか、最近は夜空を見上げた記憶が無い。覚えているのは、子供の頃に父と眺めた記憶だ。

 (俺も十分…… 歳をとったな。今度はエリックとファーゼンとレベッカ、この4人で見に来たいものだ)

 昼間はずっと寝ていためか、皆眠くはない。ただ、何かを話すわけでもなく、薪を囲んで夜空を見上げていた。皆にはこの夜空は、どんな風に映ったのだろうか。
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