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第二章
第14話『突然の模擬戦』
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アレスが扉を開けると、そこは兵隊の整列の如く荘重な並びの本棚たちがあった。高さはだいたい私の二倍以上はあるだろう。横から見ているからかドミノのようにも見える。
こんな多くの本があるのなら、転生者についての本があってもおかしくない。なかったとしても、面白い本の一冊や二冊はある。
「遠慮せず見てけ。ただ、汚したり破ったりしたら損害賠償だからな」
満面の笑みとは別に恐ろしいことを言われた。当然そんなヘマはしない。
まずはどの棚にどのジャンルの本があるのか確認するために、棚の横側にあるラベルを見る。図書館の扉から見て左の棚から哲学、歴史、社会、自然、産業と書いてある。本棚一つは横幅約二メートルの七段、それが五つ並んでいる形になる。ただ、まだ奥に本棚があるようで、行ってみると芸術、剣術、剣術、魔術、魔術といったラベルが貼られている。剣術と魔術のラベルが二つあるのは、それだけの知識が多く集結しているということだろう。文学と同じだ。
「…あれ。そういえば、文学系の本棚はないんですか?」
「二階にあるぞ。まぁ殆どの学生は見ないんだけどな」
学生にとって大事なのは実用的な知識か。ただ、そしたら国語の授業はどんなことをやっているんだろうと疑問を持つ。文法とか表現技法とか、文章読解とか行うためにも評論やら小説は不可欠だと思うが。
私の知ったことではないけれど。
二階に上がると、多くの机と椅子が並んであった。そして真ん中に文学の本棚がある。ところが本棚は二つ分しかなかった。並べられているどの本を見てもそこまで厚いものはない。ものによっては背表紙に何も書かれていない。どうやらこの世界では小説の類は流行っていないらしい。
面白いのになぁ、と世界の人間を残念がるのと同時に一つの問題を自分自身に投げかけた。
私は前世ではどんな文学が好きだったんだっけ?
「図書館内の本は持ち出し禁止になっているから、本棚横にある白紙を貰ってそれに書き写したりメモしたりするようにな。特に生徒以外が勝手に持ち出したら罪になるから気をつけとけよ」
「わかりました。ありがとう」
文学では私のことは多分わからないだろう。私は一階へ戻ることにした。
前世の私のことも一旦忘れよう。
哲学の本棚をざっと見る。背表紙から察するに大半は宗教に関わる本だった。それでこの世界では属性に依る宗教分けがされているのが分かった。属性とは地水火風の四つことである。
歴史の本棚を見る。国ごと地域ごとの歴史が書かれていそうだ。全部見るには時間が足りないように思える。
社会の本棚を見る。恐らく現在の政治や経済、国際情勢に関わることが書かれているんだろうが、背表紙を見ただけでは何が書かれているか想像がつかない。
_と、ここで図書館の扉が開いた。生徒が来たのかな、と思っていたら、老齢の腰が曲がった白髭の男と、オレンジ色のマントと黒い三角帽子の女が図書館に入ってきた。
「戻られましたか、学長。…とレミ」
「何よその言い方。あたしはついでってわけ?」
「まぁまぁ、学長の真ん前でそんなカッカすんなって。それに、お待ちかねのギルドの新人もいるんだからな」
アレスが手で私の方を指し示す。他の二人は私に注目した。老齢の男は表情一つ変えないが、女の方は舐め腐るような、嫌そうな顔をしている。すると老齢の男は二人より前に出てきた。
「はじめまして、レインさん。私はこの学院の学長、ベローズ・アド・クリスティーンです」
「はじめまして学長。レインと申します。この度は図書館をお貸しいただきありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、ふん、と鼻を鳴らすのが聞こえた。顔を上げると鳴らしたのは女だとアレスを見て分かった。
「レミ教頭」
「あぁ、わかりましたよ。レミ・パーゼナル・ゲントよ」
女の方は名乗った上でそっぽを向く。初対面だというのに思ってもみない態度をされて戸惑ってしまう。
「…えっと」
「すみません。レミ教頭はまだレインさんのことを認めたくないらしく」
「認めたくないって、何をですか?」
それを聞こうとすると、レミが食い気味に答えた。
「あんたがギルドからの派遣で特別講師になったことよ」
レミはずかずかとこちらに向かってくる。ボアゴートよりも遅いはずなのに、威圧感があった。
「いいこと?風のように駆け抜けて出世していると思ったら大間違いよ」
目の前で指を差されて口早に言う。図書館だというのにレミの放った言葉はとても響いていた。
「…まぁ要するに、レミ教頭はレインさんの実力が定かでないから、特別講師にすることに不安を覚えている、というわけなのですよ」
「は、はぁ。そうですか」
確かに冒険者になって間もない、それどころかこの世界に転生して一ヶ月も経っていないのだなら、まだ未熟者であることは承知である。とはいえ特別講師になったことを私に言われてもどうしようもないのに。というより、それこそ話が渡ったときに抗議をして破棄すればいいのに。
「ただ、まぁ私もレインさんの実力には興味がありまして。そこでお時間がありましたら、グランドでその力をお見せしていただきたい次第なのです」
代わりにベローズ学長はゆっくりとした柔らかい口調で私に話す。学長と教頭二人…いくらなんでも性格が皆乖離している。
「わかりました。今からですか?」
「そうですな。授業終わりは生徒がグランドを使うので。では、参りましょうか」
学院から出た私達は、先程生徒たちがいたグランドとは反対のグランドに集まっていた。ちなみに先程生徒たちが授業をしていたグランドは剣術科のグランドで、こちらは魔術科のグランドらしい。
「それで…どういった方法で私の力を?」
「模擬戦が手っ取り早いのですが、失礼ながらレインさんはギルドではまだFランクと聞いております。ただ単に戦っては本校教師には誰も勝てないでしょう」
間違いない指摘だ。しかも先日昇格したばかりで魔物との戦闘経験も並の冒険者より遥かに乏しい。
「そこで耐久戦にしてみようかなと思います。レインさんには制限時間内に対象者、仮想敵ですね、に一度でも攻撃を当てれば勝ち。当てられなければ負け。制限時間は…授業終了の鐘が鳴るまでにしましょう」
なるほど。ただの力勝負ではなく相手を如何に追い詰めるか、というところに絞って評価するわけか。
「わかりました。それで仮想敵はどなたが?」
「あたしがやるわ」
名乗り出たのはレミである。私を追い出したいという気持ちが如実に溢れている。そこまで気に障るようなことはしたっけ…?
「珍しいな。耐久戦は大抵俺がやるってのに」
「うっさい。あたしでも耐えられるって見せつけるだけよ」
レミはアレスに目も向けず私と対峙する。身長差があるので仕方ないが、明らかに見下されている。
いや、そんなことより、これから対戦する相手のことは知っておいて損はない。というより、分析スキルをここで使わなければ宝の持ち腐れである。
【名称】レミ・パーゼナル・ゲント
【種族】人間
【性別】女
【年齢】32
【職業】魔法使い
【体力】4,400/4,400
【魔力】9,800/9,800
【属性】雷
【弱点】光
【スキル】地魔術Lv6・水魔術Lv4・火魔術Lv5・風魔術Lv5・雷魔術Lv3・氷魔術Lv1・無魔術Lv1・結界Lv3・身体強化Lv2
【異常】-
魔術はそこそこ。今回は相手がこちらに攻撃してくることはないから、その考慮をしなくていいのは助かる。問題は私の攻撃を相手がどう避けるか。普通は結界スキルを使うはずだが、それだけで勝てるとは限らない。例えば…そうだな、私が火魔術を放っても、水魔術とか火魔術で相殺してくるとか。もしそうされたら、結構困る。
「レインさん、杖を持っていませんが…用意は良いですか?」
「はい」
「ふん。杖もなしに挑むなんて、本当に魔法使なのかしら?」
レミの呟く一言が挑発なのか本心からの疑問なのかは一見分からなかった。なぜなら今までギルドや宿屋、またそこの通りを往来していたが、魔法使いっぽい人たちは全員杖を携えていたからだ。実際、この場でレミも彼女の身長と同じ長さの杖を持っている。やっぱり杖を装備するのが一般的なのか…?
「はじめ!」
試合が始まる。レミは合図と直後にすぐに身体強化で私との距離を置いた。私はまず先程の予想を確かめるために火魔術を放った。
<<ファイアボール>>!!
「その程度通用しないわ!」
<<ファイアウォール>>!!
レミは火魔術を放った。炎の壁は私と彼女の間で燃え上がり、私の放った火球は飲み込まれるように消えた。やはりダメだった。
いや、諦めるのはまだ早い。相手は中級の魔法を放ったのだから、それならどうなるか試してみたほうが良い。私には相手の魔法を分析する能力があるのだから。
<<ファイアウォール>>!!
私が火魔術を放つとレミ足元から炎が壁を作るように燃え上がった。…が、レミは間一髪でそれを避けていた。
「ちょ、あんた、ホントにFランクなの!?」
しかし、レミの顔色は焦っていた。無理もない。火魔術Lv5のスキルを持っているFランクの冒険者なんて世界のどこにもいないだろう。実際は私も持っていないのだから。
彼女に一つ物を見せたわけだが、攻撃が当たったわけではない。同じことをしても避けられるだろう。ならば別の属性魔法を使うか?
「レインさん」
外野から声が聞こえた。ベローズ学長の声だ。
「アポロンの話では光魔術や闇魔術を使えるそうですね。一度見せていただけませんか?」
模擬戦中だというのに、魔法の要求をされるのか。時間制限付きだからそんな暇ないというのに。でもそれを無視するのも気が引けた。一度考えるのをやめて学長の言う通りにしよう。
<<ブライトネス>>!!
光魔術を放つと、三つに分かれた光の玉が勢いよくレミに向かっていった。それは火の玉よりも速かった。そして分かれた光の玉はレミの目の前で衝突しそうになった。
<<マジックシールド>>!!
しかし寸前でレミは結界を張り、光の玉はレミに当たることなく弾けてしまった。ただ無益というわけでもなく、結界は壊れた。
すでに彼女の表情に余裕なんて言葉は似合わなかった。
<<ダークネス>>!!
間髪入れずに闇魔術を放つと、暗黒色の玉がレミの目の前に現れた。そしてそれはコンマ数秒で膨張して、爆発するように弾けた。
少なくとも結界を張られてはない。手応えもあった。 ところが黒い霧が晴れると、それよりも後方にレミの姿があった。なんと寸隙で避けられてしまった。それどころか、なんとこちらに向かって魔法を放ったのだ。
<<アースグレイブ>>!!
「!!」
レミが放つ地魔術により、私の周りの地面が鋭く刺し殺すように隆起した。咄嗟のことで避ける体勢をとれず、身構えるしかなかった。
…が、狙いは私ではなく、私の前方の地面だった。勢いよく隆起した薙刀のような地面は身体をも貫いてしまいそうである。ただの牽制でよかった。レミが私に直接攻撃してしまえば耐久戦ではなくなってしまう。
なら、利用しない手はない。地魔術をオウム返しして、追い討ちをかけるようにまた魔法を放つ。さっき闇魔術を放った時は後方に逃げられたから、彼女の後ろ側に地魔術を仕掛け、逃げ道を塞いだところにトドメを刺せば…。
「…!」
そこで初めて気づいた。地魔術<<アースグレイブ>>を放つのに魔力が不足しているのだ。
私の現在の魔力最大値は250。無属性以外の魔術Lv1の魔法ならば不足を心配することはあまりないが、先程放った火魔術Lv5<<ファイアウォール>>は数値でいうと160程度消費するのだ。<<アースグレイブ>>は魔術Lv6で魔力消費量はその倍は必要だから足りるわけがない。
ここまできて別の手段で攻撃するしかないのか、だけど私の持つ攻撃手段では彼女に掠ることすらないだろう。
キーンコーンカーンコーン…。
突如響く鐘の音に私はハッとした。しまった。タイムリミットだ。
レミを見ると彼女の身体に傷はない。服に燃えた跡とか、切れた部分もない。彼女は満足げに、勝ち誇った表情を浮かべていた。
「はぁ、ダメだったか」
ぼそっとそんなことを吐露する。対戦前の考察は間違っていない。分析スキルを以て初手の段階で相手に一泡吹かせてはいた。その後の学長からの要望にも応えられたし、その上あと一歩の所まで追い詰めた。
故に悔しかった。普通の模擬戦ならまだしも、耐久戦という、私に有利なルールだったのにも関わらず。しかも勝てなかった原因が単に魔力不足という、自身の能力足らずなところだっただからだ。
「十分な実力を持っていますね。特別講師として問題ないでしょう」
学長の言葉に私もレミも驚きを隠せなかった。
「はぁぁ!?勝ったのはアタシでしょ!?なんでそれでコイツが特別講師だって認められんのよ!」
「確かに勝ったのはレミ教頭ですが、私はあくまでレインさんの実力を確かめたかっただけです。勝ち負けは関係ありませんよ」
学長はレミにゆっくり近づいて、刺すような視線を送った。彼女はそれに面食らう。
「それに、レミ教頭もご覧になったでしょう。彼女は光魔術や闇魔術を会得していた。それどころか、貴女と同等レベルの魔法を扱っていた。それでもお認めになられないのですか」
確かに私は光や闇の魔法を使えるが、それもLv1の程度だ。しかもレミと同等の魔法だって、私が元から扱えていたわけではなく、オウム返しをしただけだ。分析スキルがなければレミの余裕の表情を剥がすことはできなかっただろう。
「あぁもうわかりましたよ!それでいいですよ!」
レミはまだ納得できない様子だったが、反論する要素がなかったのか引き下がった。そして私に蔑んだ目で一瞥して一学院へと歩いていった。ちょっと足音が大きかった。
「では、暫くよろしくお願いいたします。レインさん」
「あ…はい」
学長もその場を去り、グランドには私とアレスだけになった。ただ、学院玄関からちょろちょろと生徒が出てきて、グランドに集まってきた。そういえばさっきは授業終わりの鐘だった。
「気にすんなよ。レミもただギルドランクだけ見て認めたくないってだけだから」
そう言ってアレスは生徒に挨拶をして、話し始めた。アレスの周りに生徒が集まって談笑している。また、剣を使った指南もし始めた。
完全に負けたのに実力は十分だと言われて、複雑な気分だった。学長の言葉に嘘偽りはないだろう。だけど、実力不足であることは間違いなかった。悪党の件でもスタミナ不足を感じていた。そして今回の魔力不足。レミが私を認められないという心を理解してしまった。
その日は気疲れをしてそのまま宿屋へ帰った。本を読んでもきっと頭に入らない。気分を変えるためにギルド依頼を受けようとも思ったが、この時間帯から受けても帰る頃には陽が沈んでいるだろうし、そもそも魔力が不足している。
その日はなかなか寝付けなかった。
こんな多くの本があるのなら、転生者についての本があってもおかしくない。なかったとしても、面白い本の一冊や二冊はある。
「遠慮せず見てけ。ただ、汚したり破ったりしたら損害賠償だからな」
満面の笑みとは別に恐ろしいことを言われた。当然そんなヘマはしない。
まずはどの棚にどのジャンルの本があるのか確認するために、棚の横側にあるラベルを見る。図書館の扉から見て左の棚から哲学、歴史、社会、自然、産業と書いてある。本棚一つは横幅約二メートルの七段、それが五つ並んでいる形になる。ただ、まだ奥に本棚があるようで、行ってみると芸術、剣術、剣術、魔術、魔術といったラベルが貼られている。剣術と魔術のラベルが二つあるのは、それだけの知識が多く集結しているということだろう。文学と同じだ。
「…あれ。そういえば、文学系の本棚はないんですか?」
「二階にあるぞ。まぁ殆どの学生は見ないんだけどな」
学生にとって大事なのは実用的な知識か。ただ、そしたら国語の授業はどんなことをやっているんだろうと疑問を持つ。文法とか表現技法とか、文章読解とか行うためにも評論やら小説は不可欠だと思うが。
私の知ったことではないけれど。
二階に上がると、多くの机と椅子が並んであった。そして真ん中に文学の本棚がある。ところが本棚は二つ分しかなかった。並べられているどの本を見てもそこまで厚いものはない。ものによっては背表紙に何も書かれていない。どうやらこの世界では小説の類は流行っていないらしい。
面白いのになぁ、と世界の人間を残念がるのと同時に一つの問題を自分自身に投げかけた。
私は前世ではどんな文学が好きだったんだっけ?
「図書館内の本は持ち出し禁止になっているから、本棚横にある白紙を貰ってそれに書き写したりメモしたりするようにな。特に生徒以外が勝手に持ち出したら罪になるから気をつけとけよ」
「わかりました。ありがとう」
文学では私のことは多分わからないだろう。私は一階へ戻ることにした。
前世の私のことも一旦忘れよう。
哲学の本棚をざっと見る。背表紙から察するに大半は宗教に関わる本だった。それでこの世界では属性に依る宗教分けがされているのが分かった。属性とは地水火風の四つことである。
歴史の本棚を見る。国ごと地域ごとの歴史が書かれていそうだ。全部見るには時間が足りないように思える。
社会の本棚を見る。恐らく現在の政治や経済、国際情勢に関わることが書かれているんだろうが、背表紙を見ただけでは何が書かれているか想像がつかない。
_と、ここで図書館の扉が開いた。生徒が来たのかな、と思っていたら、老齢の腰が曲がった白髭の男と、オレンジ色のマントと黒い三角帽子の女が図書館に入ってきた。
「戻られましたか、学長。…とレミ」
「何よその言い方。あたしはついでってわけ?」
「まぁまぁ、学長の真ん前でそんなカッカすんなって。それに、お待ちかねのギルドの新人もいるんだからな」
アレスが手で私の方を指し示す。他の二人は私に注目した。老齢の男は表情一つ変えないが、女の方は舐め腐るような、嫌そうな顔をしている。すると老齢の男は二人より前に出てきた。
「はじめまして、レインさん。私はこの学院の学長、ベローズ・アド・クリスティーンです」
「はじめまして学長。レインと申します。この度は図書館をお貸しいただきありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、ふん、と鼻を鳴らすのが聞こえた。顔を上げると鳴らしたのは女だとアレスを見て分かった。
「レミ教頭」
「あぁ、わかりましたよ。レミ・パーゼナル・ゲントよ」
女の方は名乗った上でそっぽを向く。初対面だというのに思ってもみない態度をされて戸惑ってしまう。
「…えっと」
「すみません。レミ教頭はまだレインさんのことを認めたくないらしく」
「認めたくないって、何をですか?」
それを聞こうとすると、レミが食い気味に答えた。
「あんたがギルドからの派遣で特別講師になったことよ」
レミはずかずかとこちらに向かってくる。ボアゴートよりも遅いはずなのに、威圧感があった。
「いいこと?風のように駆け抜けて出世していると思ったら大間違いよ」
目の前で指を差されて口早に言う。図書館だというのにレミの放った言葉はとても響いていた。
「…まぁ要するに、レミ教頭はレインさんの実力が定かでないから、特別講師にすることに不安を覚えている、というわけなのですよ」
「は、はぁ。そうですか」
確かに冒険者になって間もない、それどころかこの世界に転生して一ヶ月も経っていないのだなら、まだ未熟者であることは承知である。とはいえ特別講師になったことを私に言われてもどうしようもないのに。というより、それこそ話が渡ったときに抗議をして破棄すればいいのに。
「ただ、まぁ私もレインさんの実力には興味がありまして。そこでお時間がありましたら、グランドでその力をお見せしていただきたい次第なのです」
代わりにベローズ学長はゆっくりとした柔らかい口調で私に話す。学長と教頭二人…いくらなんでも性格が皆乖離している。
「わかりました。今からですか?」
「そうですな。授業終わりは生徒がグランドを使うので。では、参りましょうか」
学院から出た私達は、先程生徒たちがいたグランドとは反対のグランドに集まっていた。ちなみに先程生徒たちが授業をしていたグランドは剣術科のグランドで、こちらは魔術科のグランドらしい。
「それで…どういった方法で私の力を?」
「模擬戦が手っ取り早いのですが、失礼ながらレインさんはギルドではまだFランクと聞いております。ただ単に戦っては本校教師には誰も勝てないでしょう」
間違いない指摘だ。しかも先日昇格したばかりで魔物との戦闘経験も並の冒険者より遥かに乏しい。
「そこで耐久戦にしてみようかなと思います。レインさんには制限時間内に対象者、仮想敵ですね、に一度でも攻撃を当てれば勝ち。当てられなければ負け。制限時間は…授業終了の鐘が鳴るまでにしましょう」
なるほど。ただの力勝負ではなく相手を如何に追い詰めるか、というところに絞って評価するわけか。
「わかりました。それで仮想敵はどなたが?」
「あたしがやるわ」
名乗り出たのはレミである。私を追い出したいという気持ちが如実に溢れている。そこまで気に障るようなことはしたっけ…?
「珍しいな。耐久戦は大抵俺がやるってのに」
「うっさい。あたしでも耐えられるって見せつけるだけよ」
レミはアレスに目も向けず私と対峙する。身長差があるので仕方ないが、明らかに見下されている。
いや、そんなことより、これから対戦する相手のことは知っておいて損はない。というより、分析スキルをここで使わなければ宝の持ち腐れである。
【名称】レミ・パーゼナル・ゲント
【種族】人間
【性別】女
【年齢】32
【職業】魔法使い
【体力】4,400/4,400
【魔力】9,800/9,800
【属性】雷
【弱点】光
【スキル】地魔術Lv6・水魔術Lv4・火魔術Lv5・風魔術Lv5・雷魔術Lv3・氷魔術Lv1・無魔術Lv1・結界Lv3・身体強化Lv2
【異常】-
魔術はそこそこ。今回は相手がこちらに攻撃してくることはないから、その考慮をしなくていいのは助かる。問題は私の攻撃を相手がどう避けるか。普通は結界スキルを使うはずだが、それだけで勝てるとは限らない。例えば…そうだな、私が火魔術を放っても、水魔術とか火魔術で相殺してくるとか。もしそうされたら、結構困る。
「レインさん、杖を持っていませんが…用意は良いですか?」
「はい」
「ふん。杖もなしに挑むなんて、本当に魔法使なのかしら?」
レミの呟く一言が挑発なのか本心からの疑問なのかは一見分からなかった。なぜなら今までギルドや宿屋、またそこの通りを往来していたが、魔法使いっぽい人たちは全員杖を携えていたからだ。実際、この場でレミも彼女の身長と同じ長さの杖を持っている。やっぱり杖を装備するのが一般的なのか…?
「はじめ!」
試合が始まる。レミは合図と直後にすぐに身体強化で私との距離を置いた。私はまず先程の予想を確かめるために火魔術を放った。
<<ファイアボール>>!!
「その程度通用しないわ!」
<<ファイアウォール>>!!
レミは火魔術を放った。炎の壁は私と彼女の間で燃え上がり、私の放った火球は飲み込まれるように消えた。やはりダメだった。
いや、諦めるのはまだ早い。相手は中級の魔法を放ったのだから、それならどうなるか試してみたほうが良い。私には相手の魔法を分析する能力があるのだから。
<<ファイアウォール>>!!
私が火魔術を放つとレミ足元から炎が壁を作るように燃え上がった。…が、レミは間一髪でそれを避けていた。
「ちょ、あんた、ホントにFランクなの!?」
しかし、レミの顔色は焦っていた。無理もない。火魔術Lv5のスキルを持っているFランクの冒険者なんて世界のどこにもいないだろう。実際は私も持っていないのだから。
彼女に一つ物を見せたわけだが、攻撃が当たったわけではない。同じことをしても避けられるだろう。ならば別の属性魔法を使うか?
「レインさん」
外野から声が聞こえた。ベローズ学長の声だ。
「アポロンの話では光魔術や闇魔術を使えるそうですね。一度見せていただけませんか?」
模擬戦中だというのに、魔法の要求をされるのか。時間制限付きだからそんな暇ないというのに。でもそれを無視するのも気が引けた。一度考えるのをやめて学長の言う通りにしよう。
<<ブライトネス>>!!
光魔術を放つと、三つに分かれた光の玉が勢いよくレミに向かっていった。それは火の玉よりも速かった。そして分かれた光の玉はレミの目の前で衝突しそうになった。
<<マジックシールド>>!!
しかし寸前でレミは結界を張り、光の玉はレミに当たることなく弾けてしまった。ただ無益というわけでもなく、結界は壊れた。
すでに彼女の表情に余裕なんて言葉は似合わなかった。
<<ダークネス>>!!
間髪入れずに闇魔術を放つと、暗黒色の玉がレミの目の前に現れた。そしてそれはコンマ数秒で膨張して、爆発するように弾けた。
少なくとも結界を張られてはない。手応えもあった。 ところが黒い霧が晴れると、それよりも後方にレミの姿があった。なんと寸隙で避けられてしまった。それどころか、なんとこちらに向かって魔法を放ったのだ。
<<アースグレイブ>>!!
「!!」
レミが放つ地魔術により、私の周りの地面が鋭く刺し殺すように隆起した。咄嗟のことで避ける体勢をとれず、身構えるしかなかった。
…が、狙いは私ではなく、私の前方の地面だった。勢いよく隆起した薙刀のような地面は身体をも貫いてしまいそうである。ただの牽制でよかった。レミが私に直接攻撃してしまえば耐久戦ではなくなってしまう。
なら、利用しない手はない。地魔術をオウム返しして、追い討ちをかけるようにまた魔法を放つ。さっき闇魔術を放った時は後方に逃げられたから、彼女の後ろ側に地魔術を仕掛け、逃げ道を塞いだところにトドメを刺せば…。
「…!」
そこで初めて気づいた。地魔術<<アースグレイブ>>を放つのに魔力が不足しているのだ。
私の現在の魔力最大値は250。無属性以外の魔術Lv1の魔法ならば不足を心配することはあまりないが、先程放った火魔術Lv5<<ファイアウォール>>は数値でいうと160程度消費するのだ。<<アースグレイブ>>は魔術Lv6で魔力消費量はその倍は必要だから足りるわけがない。
ここまできて別の手段で攻撃するしかないのか、だけど私の持つ攻撃手段では彼女に掠ることすらないだろう。
キーンコーンカーンコーン…。
突如響く鐘の音に私はハッとした。しまった。タイムリミットだ。
レミを見ると彼女の身体に傷はない。服に燃えた跡とか、切れた部分もない。彼女は満足げに、勝ち誇った表情を浮かべていた。
「はぁ、ダメだったか」
ぼそっとそんなことを吐露する。対戦前の考察は間違っていない。分析スキルを以て初手の段階で相手に一泡吹かせてはいた。その後の学長からの要望にも応えられたし、その上あと一歩の所まで追い詰めた。
故に悔しかった。普通の模擬戦ならまだしも、耐久戦という、私に有利なルールだったのにも関わらず。しかも勝てなかった原因が単に魔力不足という、自身の能力足らずなところだっただからだ。
「十分な実力を持っていますね。特別講師として問題ないでしょう」
学長の言葉に私もレミも驚きを隠せなかった。
「はぁぁ!?勝ったのはアタシでしょ!?なんでそれでコイツが特別講師だって認められんのよ!」
「確かに勝ったのはレミ教頭ですが、私はあくまでレインさんの実力を確かめたかっただけです。勝ち負けは関係ありませんよ」
学長はレミにゆっくり近づいて、刺すような視線を送った。彼女はそれに面食らう。
「それに、レミ教頭もご覧になったでしょう。彼女は光魔術や闇魔術を会得していた。それどころか、貴女と同等レベルの魔法を扱っていた。それでもお認めになられないのですか」
確かに私は光や闇の魔法を使えるが、それもLv1の程度だ。しかもレミと同等の魔法だって、私が元から扱えていたわけではなく、オウム返しをしただけだ。分析スキルがなければレミの余裕の表情を剥がすことはできなかっただろう。
「あぁもうわかりましたよ!それでいいですよ!」
レミはまだ納得できない様子だったが、反論する要素がなかったのか引き下がった。そして私に蔑んだ目で一瞥して一学院へと歩いていった。ちょっと足音が大きかった。
「では、暫くよろしくお願いいたします。レインさん」
「あ…はい」
学長もその場を去り、グランドには私とアレスだけになった。ただ、学院玄関からちょろちょろと生徒が出てきて、グランドに集まってきた。そういえばさっきは授業終わりの鐘だった。
「気にすんなよ。レミもただギルドランクだけ見て認めたくないってだけだから」
そう言ってアレスは生徒に挨拶をして、話し始めた。アレスの周りに生徒が集まって談笑している。また、剣を使った指南もし始めた。
完全に負けたのに実力は十分だと言われて、複雑な気分だった。学長の言葉に嘘偽りはないだろう。だけど、実力不足であることは間違いなかった。悪党の件でもスタミナ不足を感じていた。そして今回の魔力不足。レミが私を認められないという心を理解してしまった。
その日は気疲れをしてそのまま宿屋へ帰った。本を読んでもきっと頭に入らない。気分を変えるためにギルド依頼を受けようとも思ったが、この時間帯から受けても帰る頃には陽が沈んでいるだろうし、そもそも魔力が不足している。
その日はなかなか寝付けなかった。
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✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
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