幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂

文字の大きさ
7 / 55
第一章 御伽の土地

起点:とある第一神域・麓 

しおりを挟む
 
 遠くで、鈍い鐘の音が鳴り響いている。
 目覚めとしては好ましくない、不安を駆り立てるような音。
 おかげで強制的に眠りから覚醒していく。
 
 ……ところが、どういうことだろう?
 瞼は目の開き方を忘れたかの様に重く、体の節々もギシギシ軋む。
 これは随分な時間を睡眠に費やした際、特有の倦怠感。
 
 まあ……人生の大半を病床で過ごしてきた身からすると、このような現象への対処法は一つ。
 まずは早々に諦め、焦らず、自然と起き上がれるようになるのを気長に待つこと。
 柔らかい風が吹き抜け、居心地の良い陽射しを全身で受け止め、草に頬を撫でられる。
 そう、嗅覚も機能してきた今、背中から漂うのは紛れもない……土と青草の匂い。
 
 ――ん?
 再びまどろみ始めた己に鞭を打つ気持ちで、思考だけでもハッキリさせようと努める。
 何故、布団の上で熟睡していると、勘違い出来たのか。
 
 …………いや、そもそもの話。
 今こうしている経緯を、まるで思い出せない。
 靄でもかかったように、直近の記憶が曖昧なのだ。
 
 この現実と向き合うためにも、のんびり瞼の裏を見ている訳にはいかない。
 まずは全神経をその密閉された蓋に集中させ、ゆっくりこじ開けた。
 
 
 最初に視界が捉えたのは、だった。
 春の日差しを連想させる、麗らかな色合いのそれは、生い茂る木々に刈り取られ、真昼の満月として浮いている様だった。
 
 体温が全身を巡った頃合で、徐々に体を起こし、辺りを見渡す。
 そこで驚いたのは、全く見知らぬ林の中にいたことよりも、だ。
 己が倒れていた場所の前方と後方に、それぞれ緩やかな階段が伸びているこの立地。
 更にその踊り場的役割の、なんとも心許ない幅の空間で、伸びていた事実。
 
 いや、まあ……登っている途中で力尽きた線も、捨て切れないが。
 可能性として高いのは、転落だろう。
 そう考えれば、頭を強く打って気絶していた、という筋書きで納得がいく。
 
 どちらにせよ何か手がかりがあるとしたら、上なのだろう。
 ひとまずそこを目的地と定め、整えられた石段を一歩踏み締める。
 
は登るの楽そうで、良かったな」

 ふと、思わず口から出た感想に眉を顰める。
 
 ――今回?
 少し前にも似た様なことを試みた気がする……という漠然とした感覚による発言だったが、果たしていつのことだろう?
 
 ――それに、何か、すごく大切なことを…………。 
 
 この違和感の正体を言葉に出来ない自分が、心底腹立たしい。
 胸の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられる様な、容赦ない不快感。
 思い出せないことが。焦りが。胸騒ぎが。
 何か取り返しのつかない事態に陥っていると、証明しているかのようで……恐ろしい。

 それでも。
 きっとこれは、そのままにしてはいけない。
 知らなければ、思い出さなくては。……向き合わなくては。
 
 フラフラ立ち上がると、袖からコロンと控えめな音が鳴る。
 探ってみれば、それは鈴が三つ連なった小さな飾りだった。
 随分年季が入り錆びていたが、コロコロ奏でられる音色は、肌に馴染む心地良さがある。
 それにしてもこんな鈴、持っていただろうか……?
 
 ゴーン、ゴーン。
 
 先ほども聞いた鐘の不協和音を皮切りに。
 未だ重い体を引きずりながら、一段ずつ確実に上がっていく。
 次第に、頭上の遥か先ではあるが、住居らしい建物が見えてきた。
 そこで必ず、手掛かりを掴みたい。

 ――後になって思えば、もしあの時、階段を下っていれば、全く別の結末を歩んでいただろう。
 
 そう思えるほど、と早い段階で出会えていたのは幸運と言える。
 しかし他に類をみない程、慌ただしく、荒々しい始まりでもあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。 それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。 しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。 不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。 陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。 契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。 これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【完結】『続・聖パラダイス病院』(作品260123)

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。 その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。 全15話を予定

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

処理中です...