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第一章 御伽の土地
薄桃色の青年と警報(2)
しおりを挟むこうして放送は終わりを告げ、俺達の間に静寂が訪れる。
……正直、内容の九割は何を言っているのか分からなかったが、知っている単語もあった。
――華宿人。それは寄生植物の妖に憑かれた人間。
理性が飛んでおり、簡単に一線を超えた行動をとる、非常に厄介な存在だ。
アレがこんな明るい時間から出るなんて、聞いた事がない。
はぁ…………………………あああ、と。
頭上から、長過ぎるため息の末に、呻き声へと変容した男の声が漏れる。
「なんだって、こんな立て続けに色々起きてるんだ。お前さ、『害ありません』って面して、実は新手の敵だったりするのか? 関与を疑われてもしょうがないほど、タイミングが良いもんな」
「どんな顔だよ。俺はただ……」
――シャン。
最初は空耳かと思った。
――シャン、シャン。
しかし階段下から、鋭い鈴の音が確かに聞こえてくる。
「……おいおい、よりにもよって此処かよ。そりゃあ襲いやすいもんな。庭師がいないんだから」
立ち上がり、音のする方を見据えて、彼はそう吐き捨てた。
――シャンシャン、シャン。
ゆっくり、でも確実にコチラへ向かってくる。
俺が登ったのと同じ階段を使って。
――シャン、シャン、シャン、シャン、……シャン。
もう、すぐ近くまで、何かが来ている。
「……しかし、妙だな」
「妙、とは?」
体に付着した草を払いながら、問いかけてみる。
彼は視線だけこちらに寄越し、口元に手を添え呟いた。
「普段より殺気が弱いような。まあ……気のせいかもしれないが」
「一体何が来るんだ。まさか、さっき言ってた華宿人?」
「いいや、あいつらはこんな所まで入って来られない。これは姫の方だ」
――姫。
放送で初めて耳にした、『喰い姫』と呼ばれていた奴のことか。
「まぁ、順当に考えれば、用があるのは俺だろう。お前に構ってる余裕はないんでな。巻き込まれたくなければ、自衛しろ」
「……それは構わないんだが、あんた一人で対処出来るんだろうな」
「さあ? 言ってしまえば、踏ん張り所ではある。……それより、来るぞ」
彼は一歩前に出て、招かれざる客を迎え撃つ態勢に入っていた。
――シャン。
建物の影から姿を現したのは、面妖な装いの女だった。
地に届くほど長い、灰色の髪。
大きく「喰」と書かれた布で隠された顔。
セーラー服を基調とした衣服は、目を惹く鮮やかな紅色。
そして片方の足首に巻き付いた鈴が、再びシャンと鳴く。
彼女は暫く辺りをキョロキョロとした後、ただ一点を見つめる様に固まってしまう。
勿論、表情どころか目元すら碌に分からない相手が、何処を見ているのか、正確に判断することは出来ない。
……出来ないはずなのだが、明らかに、俺の方を凝視してないか?
気のせいであってくれと祈りながら、彼女から放たれる威圧感に気付かぬふりをした。
「喰い姫。この第一茶室になんの用件だ? 俺なんか始末したところで、利益なぞ無いだろうに」
「……オ、」
彼女は、高らかに声を上げた彼にではなく。
やはりと言うべきか、俺を指差し、予想もしなかった言葉を紡いだ。
「…………オマエ、ドウシテ……アノトキ……ノ、ママ!」
――お前、どうして、あの時のまま?
そんな言葉を、彼女は発した。
『あの時』とは果たして、いつを指しているのだろうか?
当然、今の俺には身に覚えが……ない。
「待ってくれ、何を……言って、」
「おい馬鹿っ! 避けろ!!」
男の叫び声で我に帰ると、喰い姫の姿が消えていた。
……いや、違う。首を上空へ傾けると人影が。
この僅かな隙を突き、彼女は高く跳んでいたのだ。
――××××、
「……え」
ぐんと間合いを詰めながら、隕石の様な勢いで降ってくる右足。
殺傷力の高い威力の蹴りを一発、真正面から受けてしまう。
ドゴっ、という鈍い音。
続けて、バキバキ骨が砕かれる嫌な音。
紙一重のところで防衛本能が機能し、受け身が取れた。
しかし盾となった前腕は痙攣し、思うように力が入らない。
さらに元々立っていた場所から、十尺ほど後方に飛ばされており、全身から大量の冷や汗が流れ落ちる。
――あの華奢な身体の一体どこに、これほどの力があるのか?
喰い姫は俺を見据えたまま、威嚇するような低い唸り声を発している。
「……ぅ…………ぐうぅぅ……」
飛びかかる直前、俺は確かに、彼女が漏らした言葉を聞いた。
――カエシテ、と。
「俺にどうしろって言うんだ……!」
たかが一度の蹴りで、その怒りは収まらなかったらしい。
まだまだ余力を残した彼女は、助走をつけるような素振りを見せる。
そんな姿を視界の端で捉えながらも、こちらは遅れてやって来た反動により、立ち上がる事もままならない。
「……はぁ。あのさ、俺に用事じゃないわけ? なら他所でやってほしいもんだな」
この窮地を前に、ちゃっかり安全圏へ移動していた男は、縁側からこちらを傍観していた。
そう、見てるだけ。
加勢するでもなく、寧ろ『迷惑だから出て行け』と苦言を呈す始末だ。
「それに、だ。痴話喧嘩ならもっと静かにやるべきだったな、喰い姫さん? 今の騒ぎで気づかれたぞ」
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