幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂

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第三章 非/日常編

黒い破片

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 ヨミトが含みを持たせて告げた――とは。
 その意味を、ユメビシとシノノメは早々に知る事となった。

 「シノさん、お待たせしました」 
 
 少し前から、姿の見えなくなっていたホマロが、大きな寸胴鍋を抱え戻ってきた。
 中から立ち込める湯気の凄まじい勢い。
 
 実は――ユメビシがシノノメの元へ駆け出したあの時。
 同じく駆け寄ろうとしたホマロは、無線機からある指示を受け取っていた。
『ダリコロに向かって。大きな鍋たっぷりの熱湯を頼んでおいたから』と。
 
 ……こうして、満をじして戻ってきたホマロの目にも惨状が広がる。
 
『貝を傷つければ、内部の人間にも影響が及ぶ』
『最も安全に取り出す方法は、茹であがらせて、自分から口を開けるように仕向けること』
 
 今の現状を打破する糸口を、ヨミトはそう推理していた。
 故に、この巨体をつからせるほど大きな器を容器出来ない以上、『熱湯ぶっかけ作戦』と言う原始的な策を決行というわけだ。
 ……しかしながら、それでは出血多量のシノノメにも直撃してしまう。
 貝の背面側は行き止まりのため、回り込むことも叶わない。
 ホマロの迷いを感じとったシノノメは、青白い顔に不敵な笑みを貼り付け、声を張り上げた。

「私に構うな、気にせずやってくれ!」 
「まっ、ちょっと待ってー!」 

 助っ人その2――アリマが傘ザクラから駆けつけたのだ。
 持ってきたビニール傘を広げながら、ユベビシ達の元へ駆け寄る。

「あったほうがいいと思って。ユメビシ、これでシノさんを……ユメビシその手」
「大丈夫、問題ないよ」 

 貝の両顎を掴んでいたままの両手をサッと引き離し、アリマから傘を受け取る。
 こちらの傷は見た目ほど酷くないのだが、彼は「無理させるな」と申し訳なさそうに小さく呟いた。
 
「……よし、多分その鍋一杯だけじゃ足りないから、じゃんじゃん運ぶ! ユメビシは口が開き次第、チナリの救出優先で」  
「分かった。けど、ホマロ一人で……」

 あんな重そうなもの、どうやって浴びせかけるのか、と。
 傘ザクラで暮らし始めて、数日しか経ってないユメビシは当然何も知らない。
 彼らが抱える特異体質――ホマロの場合は、爆食したエネルギーと引き換えに得ている、卓越した身体能力を。
 
「構えて、ユメビシ」 
「な……」   

 両サイドは高い壁、後ろは行き止まりとなっているこの袋小路で、これと言った足場もないのに、ホマロは貝の頭上に飛び上がっていた。
 慌てて傘を傾け、なるべく貝から離すようにシノノメの上半身を引き寄せる。
 透明な天井越しに見たのは、上空で半身を捻らせた反動を利用し、一点に向けて鍋の中身をぶちまけるホマロの姿。
 ――熱湯は、狙い通り対象へ降り注いだ。
 
 傘があっても、やはり全てを防ぐことは困難で、シノノメの食いしばった口からは荒い吐息が漏れだす。
 しかし図体の大きなそれを茹で上がらせるためには、想定以上の熱湯が必要となった。 
 一陣、二陣とアリマを始めダリコロ従業員の協力もあり、次々運び込まれる鍋一杯の熱湯をホマロが浴びせ続ける。
 両手で数えられるギリギリまで繰り返したところで、いい具合に熱の通った貝の口は緩み、ぱかりと開かれた。

「……ぁぐっ」
 
 強引に腕から牙が引き抜かれ、苦痛な声を上げるシノノメだったが『早く行け』とユメビシに目配せを送る。
 傘を脇に置き、その異形な貝に臆することなく、ユメビシは中に侵入した。
 
 開いたとは言っても完全ではなく、人一人が屈みなんとか通れるほどの隙間で、またいつ閉ざされるか分からない。
 外では今もホマロたちが奮闘しているとはいえ、悠長にしてる余裕はなかった。
 体内もねっとりと熱さを帯びており、僅かに息づらさも感じる。
 
「チナリ、無事か」
「……ユメビシ? 私は、なんとか……」 
 
 薄暗い中に呼び掛ければ、奥の方でゴソゴソと動きながら応答するチナリ。
 思っていたよりも元気そうで安堵するが、こちらに背を向けたまま、一向に出てこようとはしなかった。
 ぬかるんで踏ん張りの効かない足場に苦戦しながらも、彼女がいる最奥へ辿り着くと、何やら不自然に出っ張った柱と向かい合っている。
 柱……というより、貝の上部と下部を垂直に支える様は、まるで背骨だ。
  
「何してるんだ、早くこっちに……!」
「ごめん、でも、これを」

 チナリが必死に引っ張り出そうとしていたのは、白い柱に刺さっている――不規則な形の黒片だった。
 漆黒というにはやけに鮮やかで、夜に流れる川のせせらぎを連想させるナニカ。
 確かに、薄暗い場所でも淡く発光し存在感を放つそれは、この場において明らかに異物だ。
  
「けど、それどころじゃないだろう、放っておけ。みんな心配してる」

 さあ、とユメビシから差し出された手を、チナリは握り返すことが出来なかった。
 一刻も早く外に出てしまいたい気持ちは山々だが、それでも決して無視出来ない、切なる願いを感じ取ってしまったから。
 
「……変なこと言うとね、苦しい、取って欲しい……って、聞こえる気がするの」
「チナリ?」 
「お願い、後少し……だからっ」  

 自身の行動が、みんなに迷惑をかけているのも。
 わざわざ助けに来てくれたユメビシを困らせているのも、重々承知しているからこそ、生じる焦り。
 標準的な女の腕力しか持ち合わせていないチナリには、深く突き刺さっているそれを引き抜くのは、あまりに酷な試みだった。

「……分かったよ。俺が取るから、頼むからチナリは外に出ててくれ」
  
 細かいかすり傷で荒れた彼女の華奢な手を、一回り大きな手で包みながらそっと引き離す。
 ユメビシの行動に虚ををつかれたチナリは、目を白黒させながら、言うつもりのなかった台詞をこぼしてしまう。

「信じてくれるんだ」 
「ん? 賢いチナリがそこまで言うんだ、余程なんだって思うから」 
「……ありがと。ユメビシもすぐ戻ってきて」 
 
 チナリが外に向かう頃には、さらに口は開いており陽の光が中まで差し込んでくる。
 照らされたことで、その黒い破片の表面に、細かい突起が複数ついていることに気づく。
  
「……なんだこれは」  
 
 つい先程まで、チナリがどれだけ力を加えても取れなかった破片は、ユメビシが触れようとしただけでポロリと呆気なく抜け落ちた。
 そのまま……まるで、自らの意思で引き抜かれにいった様な不自然さで、彼の手の中に収まってしまう。
 
 ――お母さん。
 
 何処からともなく聞こえるのは、舌足らずの子供の甘え声。
 
 お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん……お母さん、お母さん?
 ねえ、お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん……お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん……!

「……ぐぁ、頭が……」

 破片から、強烈な念が雪崩れ込んでくる。
 無邪気な呼びかかけから始まったそれは、次第に怨念が込められ、最後は発狂ともとれる感情の昂りへと変貌していった。
 制御の効かない、八つ当たりの様な暴力的感情が、ユメビシの頭を駆け巡っていく。

 チカチカと明滅する意識の中で、ぼんやりとした輪郭がなぞったのは……見知らぬ立派なの姿だった。
 扉をゆっくり開け、外に出てきた少女は嬉しそうに誰かの手を引いている。 
 
 ……そんな、誰かが望んだ夢のカケラに触れながら、ユメビシの意識は堕ちていった。
 

 ***

 
 チナリを救出後ほどなくして、異変は起きた。

 岩肌っぽい色味だった貝から急激に色素が失われて、ガラガラと音を立てながら、それは崩壊を始めたのだ。
 角砂糖のように、ほろほろと形を保てなくなって。
 火山灰のように散り積もっていく。
 その中からは、地面に飲み込まれて行方が分からなくなっていた女性二名と、ユメビシが埋もれていた。
 
 貝の大部分が消失した頃。
 体内から、一枚の妙な紙切れが噴き出してきた。
 ひらひらと舞い、応急処置を受けていたシノノメの足元でそれは失速する。

 黄ばんだ正方形の紙。
 その中央には、お世辞にも上手いとは言えない落書きじみたマークが描かれていた。
 家紋とも魔法陣とも受け取れるそれが、今件に無関係なはずもなく。
 シノノメは新たな手がかりとして、懐に仕舞い込んだ。
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