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第三章 非/日常編
ランデブーの果て
しおりを挟む――この世との繋がり、縛られる枷。
己を見失わないように。
その目印として、おあつらえ向きなのが当主代理だという見解。
これは季楼庵に属さない、イルカジョウならではのものだった。
「……利用って、そんな風には」
「もちろん権力を振り翳せ、て言いたいわけじゃないのよ。要は、君にとって引き受けざるを得なかった――望まぬ当主代理なんて肩書きも、捉え方次第だってこと」
「捉え方……?」
「例え話をするわ。ユメビシは一人でも泳げる」
「すみません、泳げないです」
つい正直にそう答えてしまう。
イルカさんからすれば、割とどうでも良い部類の情報に話を遮られたらしい。
笑顔はそのままに、僅かに開かれた瞼の隙間からは、ぎらっと鋭い眼光が覗き見える。
そしてゆっくりと持ち上げられた人差し指は、俺の眉間を射抜く形で静止した。
「た・と・え・ば・な・し、だから泳げるの。泳ぐの、良いわね?」
「……善処します」
その有無を言わせない迫力から逃れるために、棒立の状態から、両手を上げつつ正座に移行する。
きちんと話を聞く意を示したかったのだが、見下ろされる位置関係になったことで、迫力は寧ろ増してしまう。
しかしこちらの意図は通じたらしく、いくらか表情を和らげた彼女は、顎に手を添えて話始めた。
「良い子、さあ想像して。ある日突然、近くに陸が見えないほどの、広大な海へ放り出されてしまう。困るわよね? 泳ぎ方は覚えていたけど、何から始めればいいか、どこに向かうべきかが不明瞭だったから。……でも、流れてくる物を辿って進むうちに、やがて『君が使うにふさわしい』と浮き具を渡されるの」
――失踪中の当主が見つかるまで、ユメビシを当主代理に任命する。
「木片、浮き輪、舟……なんだっていいわ。今のユメビシはそれに『一応触れてる』程度の状態ね。だから突然強い波にさらわれると、呆気なく手から離れてしまって、君は沈んでいくの」
――心の座りが悪そうなんだもの。そんなんじゃ、帰る場所どころか自分を見失って当然よ。
「それならどうすればいいか――しがみつけば良いのよ。どれだけその姿が無様に思えても……少なくとも溺れることはないし、自分がどこにいるか見渡すことだって出来るはずよ」
「…………つまり、今のままでは……執着が弱いと?」
じっくり自分の中で言葉を咀嚼し、導き出した答え。
それに対し、彼女はゆっくり瞳を閉じる。
「そうね。でも執着するのは浮き具じゃなくて、あくまで目的の方。意外かもしれないけど、こんな場所を拠り所にしてる時点で、多くの者は自分の目的や願望のために、必要とされる役割を演じてるに過ぎないの。ヨミトやシュンセイ、シノノメ達だってそう。本音はどうであれ、そうするのが心願成就に最も効率良い事を、みんな理解しているからよ。だから、本来望んだって用意されない――その因縁渦巻く当主の座だって、自分のためだと割り切って乗りこなしたら、大変都合がよろしいってこと」
二人の間を一陣の風が過ぎ去り、新たな空気が循環を始める。
この瞬間、ユメビシの中に渦巻いていた靄が晴れ、小さな陽だまりが生まれた。
何かを掴みかけた少年へ、今日のご褒美と言わんばかりに、イルカジョウは最後に道も示してやる。
――そう、今日の彼女は極めて機嫌がいいのだ。
「演じるのがまだ難しいなら、キクゴロウの真似事から始めてみたら? そうね……例えば、彼は瞑之島住民全員の顔を覚えていたわ」
「顔を……全員分ですか」
「当主にとって横の繋がりは、この閉鎖した島では重要になってくるんでしょ。当然面倒ではあるけど、治安維持の貢献にもなるとかで、先代当主はやってのけていたわ。なんにせよ、己の力量を知り、相手から信頼を得るのは無駄にならないわ」
一体何人いるんだ……と素直にぼやきながらも、懸命に前を見据えるユメビシ。
そんな見どころのある、この少年だからこそ――
「まあ……うち一つは達成しているから、あとはきっとユメビシの努力次第といったところね」
「……?」
「あの当主のこと今でも嫌いだし、季楼庵のお願いには興味ないけれど、ユメビシのことは気に入ったのよ。君個人のお願いなら、聞いてあげてもいいと思うくらいには、ね」
ここまで言っても尚、あまりしっくり来てなさそうな、キョトン顔を晒すユメビシに女は吹き出してしまう。
――この子、自分に向けられた好意にはめっぽう疎いのね。
ひとしきり笑い転げた彼女は、目尻に溜まった涙を拭い、呼吸を整える。
「はあ~可笑しい。もう少し休んだら帰りましょうか。今日は絶好の廃墟日和だもの」
そんな日和もあるのかと、ユメビシは天を仰ぐ。
なるほど……晴天にはほど遠いが、薄い膜の隙間から降り注ぐ、柔らかな日差し。
ほんのり温かみを感じる清閑な如月、昼過ぎの事だった。
***
その後も、他愛のない話を交えながら廃墟に留まっていた二人。
しかし流石に陽も暮れ始めたタイミングで、イルカジョウを自宅まで送るべく、ユメビシは立ち上がった。
結局この場所が彼女にとって何なのか、その詳細を知ることはないまま、この場所に別れを告げる。
そしてこの二人と入れ替わるように、あまり見かけない柄の蝶が一匹舞い込む。
よろよろと羽ばたき、やっと辿り着いたのは……イルカジョウが腰掛けていた瓦礫の上。
もうその蝶に。窓際まで飛ぶ体力は、残されていなかったのだ。
辛うじて原型の残っている、二階のあの場所には――。
そのはぐれものが、この後どうなったか。
知る者は……誰もいなかった。
***
一方その頃、ユメビシは違和感を感じていた。
イルカジョウの自宅に向かっていたはずが、よく見知った道を辿っていることに。
「イルカさん、もうこの先は傘ザクラしかないですよ」
「あらやだ、おねむちゃんなの? よく思い出してごらんなさいよ、もう一軒あるでしょ」
「もう一軒……て」
商店街の外れ。
進路をやんわりと塞ぐように立ちはだかる松の木を抜けた先にあるのは、神域に傘ザクラ、そして商店ドグラだが……まさか。
ようやく『謎のお姉さん』ことイルカさんの正体に行き当たったユメビシは、松を通り過ぎ、その店の前で立ち止まる。
確か店主は女性で、名前はイルカジョウ。
ヨミトの話では――島の呪いが機能していても尚、普段から下半身が蛇の巨体な姿。
今の彼女からは想像もつかないが…………あ。
『この島にいる人ならざる者は、強制的に人の姿にされてしまう。でも本質が変わるわけじゃない。現に強すぎる個性を持つ者は、見た目にそれが反映されるんだ。分かりやすいのだと、身長や尻尾だったりね』
『彼女はね、年に数回脱皮をするんだよ。その直後だけ一時的に、普通の人間くらいのサイズになるんだ。ということで、季楼庵との確執以前に、今まさに脱皮期間でイライラしてるだろうから、タイミングが最悪だ。店主への挨拶はまあ……いずれ、時が来たら』
小出しに出された情報の、点と点が今繋がる。
――すっかり忘れてた。どうして気づかなかったんだ……。
「イルカ様……! どこほっつき歩いて……あれ、ユメビシさんじゃないですか」
「ラモンさん」
店先で立ち尽くしていた俺の前に、中からラモンさんが姿を現す。
イルカさんとの面会は断念したヨミトだったが、たまたま通りかかった際に出会した彼とは、俺を引き合わせた。
商店ドグラとはここ最近、気まずい関係にある季楼庵だが、表立った交流がないだけで、きわめて個人間での交流は続いているらしい。
ラモンさん自身も、その辺りの頓着はあまりないらしく『俺はただのバイトですよ。店主にそこまでの忠誠心はないので、俺まで季楼庵さんを目の敵にするのは違うかな、と考えています』とサラリと言っていた。
「わざわざ届けて下さったんですか。ご苦労様でした、重くて大変だったでしょうに」
「いえ……そうでもなかったですよ」
「そうよ、まったく失敬な男ね」
その場でラモンさんに彼女を引き渡すと、二人は店内に帰っていく。
しかし扉が閉まる間際――思い出したかの様に、彼は首だけこちらに向け、短い言葉を残した。
「吉報をお待ちください」
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