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すずちゃんのJK生活
第13話 幽かな囁き、届いた誇り
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夕方。学園の裏手にある、今はほとんど使われなくなった資料棟。
校舎とは別棟に建てられたその建物は、昼間でも人の気配がなく、今ではすっかり廃墟のような静けさに包まれている。壁の塗装は所々剥がれ、廊下の床には古びたプリントの切れ端や砂埃が薄く積もっていた。
私はその薄暗い廊下の奥、半開きの扉の前に立っていた。
「ここだね……間違いない。中、いるよ」
眼鏡の奥で瞳を細めた黒酒くんが、小声でそう告げる。《探索》による“感知”は、私たち裏文芸部の作戦で、いつも最初に頼るべき手札だった。
「妙に気配が薄いな……これ、自我がないタイプかもしれない」
「なら、敵意が向く前に封じたほうが安全だね。小鈴ちゃん、準備できてる?」
紅葉先輩の問いかけに、私はしっかりと頷いた。
「……はい、大丈夫です。任せてください」
すでに膝は軽く曲げ、足裏の重心もいつでも動けるよう調整してある。両手を前に出し、呼吸を整えながら、自分の中の“渇き”に意識を向けた。
“見えない飢え”を、自らに引き寄せるように。
淡く光る半透明の球体──《貪食》が足元に現れ、ゆるやかに浮かび上がる。以前のように暴走の兆しはない。意識の芯に集中を置けば、今の私はこの力を制御できる。
「よし……開けるよ」
紅葉先輩がゆっくりとドアに手をかけた。軋む音とともに扉が開かれ、部屋の中が露わになる。
そこにいたのは、人影のようで人ではないもの。ふわりと宙に浮かび、ぼんやりと揺れていた影は、まるで濃い墨汁を水に垂らしたかのように不定形だった。
「来る!」
黒酒くんの警告と同時に、影がぐにゃりと形を変える。生きた煙のように伸び縮みしながら、こちらへ向かって一気に広がった。
私はすぐに動いた。
「いけ、《貪食》!」
先回りするように球体を放つ。操作はもう、ほとんど反射だった。
《貪食》は一瞬で光を帯び、影の中心へと直進する。その軌道には迷いも揺れもない。狙うべき場所──実体の“核”を、視線と勘で見切っていた。
ゴボッ……と濁った音が室内に広がり、影は球体に飲み込まれるように吸収されていく。逃れようと一瞬もがいたように見えたが、既に遅い。私は次の展開を見据えて、《貪食》を一歩引かせ、余波がこちらに向かないよう制御を加えた。
黒い煤のような粒子がふわりと宙に舞い、それもすぐに霧散して消えた。
「……すごい。完璧だった」
優凜先輩がぽつりと呟いた。
「小鈴ちゃん、前より“食べ方”が上手くなってる。相手の構造を見てから吸収してる感じ。ちゃんと成長してるね」
「えっ、そ、そんな、いえ、全然そんなことっ……あわわわ!?」
突然の“的確かつ高評価”に、思考が一瞬フリーズする。
「うわああどうしようなんかすごいこと言われた気がするけど、私そんなたいした人じゃなくてですね!? ええ!?」
「ふふ、ほんと可愛い。こういう反応、好きよ」
「ぇえええぇぇぇぇ!?」
顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。
その様子を隣で見ていた紅葉先輩が、ぼそりとつぶやいた。
「……あれ? 俺がこの前褒めたとき、あんな反応だったっけ」
「えっ……ええっ?」
「たしか“ありがとうございます、がんばります!”で終わってたような……。え、あれ? 俺の褒め方、雑だった?」
「ち、ちがっ……! そんなことないです!」
しまった、と思ったときには遅かった。
紅葉先輩は、にこにこしてるけど……ちょっとだけ、口が尖っていた。
「まあ、いいけど。優凜さんの褒め方はレベル高いしね~。俺なんて身内っぽいし~」
「そんな、拗ねないでください~!」
「別に拗ねてないけどぉ?」
語尾が妙に伸びている。
……完全に拗ねてる。
慌ててフォローしようとするけれど、うまく言葉が出てこない。
「せ、先輩に褒められたのも、もちろんすごく嬉しかったです! た、たぶんあのときは……その、リアクションの余裕がなかったというか!」
「……つまり優凜のときは余裕があったんだ」
「いやそういう意味じゃなくてぇぇぇ……!」
資料棟をあとにする帰り道。
分かれ道で優凜先輩と黒酒くんと別れたあと、紅葉先輩と私は並んで歩いていた。
いつもと同じ距離感。でも、ほんの少しだけ、その歩幅が近く感じる。
「小鈴ちゃん、最近ほんとに頼りにしてるからね」
「そ、そんな……私なんてまだ新入りですし」
「でも、チームってさ。戦えるかどうかだけじゃなくて、“守りたいと思えるかどうか”でも信頼ができるんだよ」
その言葉に、なぜか胸の奥が温かくなった。
きっとその言葉の先にあるのは、“妹”のことなんだろう。
けれど私は。
……私は、それでも、その言葉を自分の胸に留めていたいと思った。
校舎とは別棟に建てられたその建物は、昼間でも人の気配がなく、今ではすっかり廃墟のような静けさに包まれている。壁の塗装は所々剥がれ、廊下の床には古びたプリントの切れ端や砂埃が薄く積もっていた。
私はその薄暗い廊下の奥、半開きの扉の前に立っていた。
「ここだね……間違いない。中、いるよ」
眼鏡の奥で瞳を細めた黒酒くんが、小声でそう告げる。《探索》による“感知”は、私たち裏文芸部の作戦で、いつも最初に頼るべき手札だった。
「妙に気配が薄いな……これ、自我がないタイプかもしれない」
「なら、敵意が向く前に封じたほうが安全だね。小鈴ちゃん、準備できてる?」
紅葉先輩の問いかけに、私はしっかりと頷いた。
「……はい、大丈夫です。任せてください」
すでに膝は軽く曲げ、足裏の重心もいつでも動けるよう調整してある。両手を前に出し、呼吸を整えながら、自分の中の“渇き”に意識を向けた。
“見えない飢え”を、自らに引き寄せるように。
淡く光る半透明の球体──《貪食》が足元に現れ、ゆるやかに浮かび上がる。以前のように暴走の兆しはない。意識の芯に集中を置けば、今の私はこの力を制御できる。
「よし……開けるよ」
紅葉先輩がゆっくりとドアに手をかけた。軋む音とともに扉が開かれ、部屋の中が露わになる。
そこにいたのは、人影のようで人ではないもの。ふわりと宙に浮かび、ぼんやりと揺れていた影は、まるで濃い墨汁を水に垂らしたかのように不定形だった。
「来る!」
黒酒くんの警告と同時に、影がぐにゃりと形を変える。生きた煙のように伸び縮みしながら、こちらへ向かって一気に広がった。
私はすぐに動いた。
「いけ、《貪食》!」
先回りするように球体を放つ。操作はもう、ほとんど反射だった。
《貪食》は一瞬で光を帯び、影の中心へと直進する。その軌道には迷いも揺れもない。狙うべき場所──実体の“核”を、視線と勘で見切っていた。
ゴボッ……と濁った音が室内に広がり、影は球体に飲み込まれるように吸収されていく。逃れようと一瞬もがいたように見えたが、既に遅い。私は次の展開を見据えて、《貪食》を一歩引かせ、余波がこちらに向かないよう制御を加えた。
黒い煤のような粒子がふわりと宙に舞い、それもすぐに霧散して消えた。
「……すごい。完璧だった」
優凜先輩がぽつりと呟いた。
「小鈴ちゃん、前より“食べ方”が上手くなってる。相手の構造を見てから吸収してる感じ。ちゃんと成長してるね」
「えっ、そ、そんな、いえ、全然そんなことっ……あわわわ!?」
突然の“的確かつ高評価”に、思考が一瞬フリーズする。
「うわああどうしようなんかすごいこと言われた気がするけど、私そんなたいした人じゃなくてですね!? ええ!?」
「ふふ、ほんと可愛い。こういう反応、好きよ」
「ぇえええぇぇぇぇ!?」
顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。
その様子を隣で見ていた紅葉先輩が、ぼそりとつぶやいた。
「……あれ? 俺がこの前褒めたとき、あんな反応だったっけ」
「えっ……ええっ?」
「たしか“ありがとうございます、がんばります!”で終わってたような……。え、あれ? 俺の褒め方、雑だった?」
「ち、ちがっ……! そんなことないです!」
しまった、と思ったときには遅かった。
紅葉先輩は、にこにこしてるけど……ちょっとだけ、口が尖っていた。
「まあ、いいけど。優凜さんの褒め方はレベル高いしね~。俺なんて身内っぽいし~」
「そんな、拗ねないでください~!」
「別に拗ねてないけどぉ?」
語尾が妙に伸びている。
……完全に拗ねてる。
慌ててフォローしようとするけれど、うまく言葉が出てこない。
「せ、先輩に褒められたのも、もちろんすごく嬉しかったです! た、たぶんあのときは……その、リアクションの余裕がなかったというか!」
「……つまり優凜のときは余裕があったんだ」
「いやそういう意味じゃなくてぇぇぇ……!」
資料棟をあとにする帰り道。
分かれ道で優凜先輩と黒酒くんと別れたあと、紅葉先輩と私は並んで歩いていた。
いつもと同じ距離感。でも、ほんの少しだけ、その歩幅が近く感じる。
「小鈴ちゃん、最近ほんとに頼りにしてるからね」
「そ、そんな……私なんてまだ新入りですし」
「でも、チームってさ。戦えるかどうかだけじゃなくて、“守りたいと思えるかどうか”でも信頼ができるんだよ」
その言葉に、なぜか胸の奥が温かくなった。
きっとその言葉の先にあるのは、“妹”のことなんだろう。
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……私は、それでも、その言葉を自分の胸に留めていたいと思った。
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