井戸の底

nanahi

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井戸の底

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ある男の話だ。

その井戸は村の外れにぽつんとあった。

”決してのぞいてはいけない”

と言い伝えられている井戸だった。

男は当時、いたずら盛りの中学生だった。
古い言い伝えなどクソくらえだ。
井戸をのぞいてやろう。
話のネタにちょうどいいじゃないか。

放課後、井戸のある村の林に入って行った。

屋根が落ち、柱と床がき出しになった廃屋。
その庭の片隅に井戸はあった。

木のふたちかけて隙間ができている。
ここからのぞいてやろう。

いざ、蓋の隙間から井戸の底をのぞいても、何も起こらなかった。
冷たい湿気が底からのぼってくる以外、ただ暗い水があるだけだった。

拍子抜けして帰宅した。
勇気を称える友人たちの顔が目に浮かび、いい気分で布団に入った。

翌日、靴下を履いている時、両足首に赤いあざを見つけた。
こんなところ、ぶつけてないけどなあ。そのうち治るだろう。
その日はそのまま放置していた。


さらに次の日、あざは色濃く、くっきりとある形を浮かび上がらせた。

人の手だ。
人の手が俺の両足首を掴んでいる。

気持ちがざわつき始める。
首筋が急激に冷えて、村の言い伝えが頭をよぎる。
いてもたってもいられず、男は村の寺に駆け込んだ。

年老いた住職は男の話を聞き、語り始めた。

あの井戸は昔、無理心中があった場所だ。
夫が若い妻を無理やり井戸に投げ込み殺してしまった。
何年経っても若い妻の怨念が消えず、あの井戸をのぞいた者には足を掴まれたようなアザが出てしまうのだ。
住職がまだ子供の頃、好奇心から井戸をのぞいてしまい、アザが出来たという。
修行のため寺に入るとアザがきれいに消えた。
線香の煙が浄化してくれたのだろう。

男はいまだに線香の煙を絶やすことができないという。

<終>
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