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5 キスマーク
私は執務室で一人、ボタンを見つめていた。夫とモニカのことで頭がいっぱいで仕事になど集中できない。
私はどうしたらいいの?
夫を問い詰めればいいの?
モニカと浮気してるでしょうって。
……できない。
どっちつかずのまま、私は確かめる勇気が持てなかった。
私の意気地なし。
自己嫌悪に陥る。
執務机でつっぷしていると、ノック音と執事の声がした。
「奥様!王家から書簡が参りました」
「……ありがとう」
重い動作で執事から受け取った書簡に目を通した私は、その内容に驚き「え!!」と大声を出した。
「どうされました、奥様?」
私は書簡を手に心を震わせていた。
「ジャック!ジャックやったわ!王家から受勲されることが決まったわ!!」
「奥様っ!なんと素晴らしい!」
執事はぶるぶると身を震わせ、潤んだ目で主人を見つめた。
「奥様のこれまでの努力が王家にまで認められたのですね……」
執事は感動のあまり、泣き出した。形式上、宛名はダミアン・パシー伯爵となっている。だが、その功績の正体は、私が独力で広げてきた養鶏ビジネスだ。
私の手がけた事業は今や周辺諸国との一大貿易を担い、国の主要産業へと成長していた。その多大な貢献が認められ、パシー家に侯爵への昇叙という破格の栄誉が与えられることになったのだ。
「う、う……」
ここまで来るには血の滲むような努力が必要だった。膨大な資料と格闘し、気が遠くなるような交配実験を繰り返し導き出した、奇跡の数値。幾度となく養鶏場を襲った病魔との戦い。
手伝って欲しいと申し出ても「こんなのちんぷんかんぷんだ」と書類一枚にも目を通してくれなかった夫。
「あなたのおかげよ……」
時に徹夜で手伝うこともいとわない有能な執事の手を私は強く握りしめた。
「ダミアンに知らせなくては!こんなにすごい知らせなら、きっと喜んでくれるはずだわ!」
きっと私に振り向いてくれる。
私は高まる気持ちのまま執務室を飛び出した。
「あなた!」
私は湯浴みをしている夫のもとに駆けつけた。夫はまだ浴室のバスタブに浸かっているようだった。
声をかけようとしたその時、脱衣所のカゴに夫が脱いだ白シャツが目に入った。
え?
白シャツを手に取ると、胸のあたりに、赤いキスマークの跡がついていた。
「っ!」
私じゃない!
私は今日、夫のシャツに唇を付けてない!
だとしたら、これはモニカの──
私は嫌悪感で、とっさに、ばん!とシャツをカゴに投げつけた。受勲式の喜びもふっとんでいた。
「誰かいるのか?」
浴室から夫がこちらに声をかけてきた。私は湧いてくる怒りと悲しみのあまり、無言でそこから立ち去った。
「旦那様はお喜びになられましたか?」
部屋に戻ると執事が声をかけてきた。
「……い、忙しそうだったから、また折を見て話すわ」
「左様ですか」
私は何とかその場を誤魔化すしかなかった。
私はどうしたらいいの?
夫を問い詰めればいいの?
モニカと浮気してるでしょうって。
……できない。
どっちつかずのまま、私は確かめる勇気が持てなかった。
私の意気地なし。
自己嫌悪に陥る。
執務机でつっぷしていると、ノック音と執事の声がした。
「奥様!王家から書簡が参りました」
「……ありがとう」
重い動作で執事から受け取った書簡に目を通した私は、その内容に驚き「え!!」と大声を出した。
「どうされました、奥様?」
私は書簡を手に心を震わせていた。
「ジャック!ジャックやったわ!王家から受勲されることが決まったわ!!」
「奥様っ!なんと素晴らしい!」
執事はぶるぶると身を震わせ、潤んだ目で主人を見つめた。
「奥様のこれまでの努力が王家にまで認められたのですね……」
執事は感動のあまり、泣き出した。形式上、宛名はダミアン・パシー伯爵となっている。だが、その功績の正体は、私が独力で広げてきた養鶏ビジネスだ。
私の手がけた事業は今や周辺諸国との一大貿易を担い、国の主要産業へと成長していた。その多大な貢献が認められ、パシー家に侯爵への昇叙という破格の栄誉が与えられることになったのだ。
「う、う……」
ここまで来るには血の滲むような努力が必要だった。膨大な資料と格闘し、気が遠くなるような交配実験を繰り返し導き出した、奇跡の数値。幾度となく養鶏場を襲った病魔との戦い。
手伝って欲しいと申し出ても「こんなのちんぷんかんぷんだ」と書類一枚にも目を通してくれなかった夫。
「あなたのおかげよ……」
時に徹夜で手伝うこともいとわない有能な執事の手を私は強く握りしめた。
「ダミアンに知らせなくては!こんなにすごい知らせなら、きっと喜んでくれるはずだわ!」
きっと私に振り向いてくれる。
私は高まる気持ちのまま執務室を飛び出した。
「あなた!」
私は湯浴みをしている夫のもとに駆けつけた。夫はまだ浴室のバスタブに浸かっているようだった。
声をかけようとしたその時、脱衣所のカゴに夫が脱いだ白シャツが目に入った。
え?
白シャツを手に取ると、胸のあたりに、赤いキスマークの跡がついていた。
「っ!」
私じゃない!
私は今日、夫のシャツに唇を付けてない!
だとしたら、これはモニカの──
私は嫌悪感で、とっさに、ばん!とシャツをカゴに投げつけた。受勲式の喜びもふっとんでいた。
「誰かいるのか?」
浴室から夫がこちらに声をかけてきた。私は湧いてくる怒りと悲しみのあまり、無言でそこから立ち去った。
「旦那様はお喜びになられましたか?」
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「……い、忙しそうだったから、また折を見て話すわ」
「左様ですか」
私は何とかその場を誤魔化すしかなかった。
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