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18 金庫から消えた大金
モニカからブローチを取り戻して数日経ったが、モニカは私の屋敷に訪れることもなく、不気味なほど静かだった。
相変わらず夫は午後、鳥小屋に出かける。きっとモニカに会っているのだろうが、私はそれを見逃すことが日常となっていた。
もう嫌だった。けれど、こんな裏切りを受けていながら、私はまだ心のどこかで夫を愛していた。
愛する父にも、信頼する執事にも、この苦しみを相談できなかった。私は苦痛から逃れるように、ただ仕事に没頭していた。
そんなある日のことだった。
「ジャック、今日は養鶏場の建設費を払いに出かける予定だったわね。費用は準備してくれたかしら?」
「はい。先日銀行から引き出した分を金庫にしまってあります」
「確認するから出して頂戴」
「かしこまりました」
執事が何度かダイヤルを回し、執務室の重厚な金庫を開いた。
「えっ!!そんなはずは!!」
突然、執事が大声を出した。
「どうしたの、ジャック」
私が驚いて金庫のそばに行くと、ジャックは青い顔をして言った。
「奥様……私は確かに一昨日、ここに5000万リルしまいました。しかし、それが見当たらないのです……!しかも、運転資金の5000万リルもありません!」
「そんな……!合計1億リルもなくなったっていうの!?」
私は一瞬、頭が真っ白になった。今日会う予定の建設業者からは、現金で支払って欲しいと頼まれていた。このままでは約束を違えることになってしまう。
今から銀行に5000万リルもの大金を用意してもらうにも、かなりの時間がかかるだろう。
「奥様、王都警察に通報しましょう」
「ちょっと待って。その前に、小切手を準備して頂戴」
「小切手をですか?」
「警察を呼んでしまったら応対に時間を取られてしまって、業者との約束の時間に遅れてしまうわ。まずは支払いが先。信用第一よ」
「承知しました」
執事が急いで小切手を準備してくれた。
これでうまく乗り切れたらいいけれど。
不安を胸に、私は業者の元へと馬車を急がせた。
「え、小切手ですか?現金で、とお願いしていましたよね?」
私が小切手を差し出すと、建設業者の社長がとたんに渋い顔をした。
「この度は約束を違えることになってしまい、大変申し訳ありません。こちらの不手際で現金が手元に準備できなかったのです。小切手のおわびに金額を上乗せさせていただいております。お時間をいただければ、もちろん現金での準備も可能です」
私が深々と首を垂れて謝罪すると、社長は意外にもあっさりと小切手を受け取ってくれた。
「今回は小切手でよいですよ。いや、以前、倒産寸前のお客様から頂いた小切手が不渡りになってしまいましてな。費用を回収できなかったんですよ。それ以降、トラウマで現金での支払いをお願いしてきたというわけなのです。しかし、ルイーゼ夫人の会社は王家からの信頼も厚いですからね。銀行もすぐにお金に変えてくれるはずです」
「助かります。ありがとうございます。以後、このようなことがないよう肝に銘じますわ」
よかった。
信頼が私を救ってくれた。
事業をがんばってきたおかげだわ。
私はほっと胸を撫で下ろした。信頼を築くには何年もかかるが、失うのは一瞬だ。
養鶏場はこれからももっともっと増やしていく予定だった。この建設業者は仕事が丁寧で納期もきっちり守る、優良業者だった。こんなことで信頼を失いたくなかった。
「奥様!如何でしたか!?」
屋敷に戻った私の元に執事が飛んできた。
「大丈夫だったわ。問題なく小切手を受け取ってくれたわ。あなたが金額の上乗せを提案してくれたのも功を奏したんだと思うわ。本当にありがとう」
「それはよろしゅうございました……」
執事は安堵のあまり、大きく息を吐いた。
「心配かけたわね。金庫の件、王都警察に通報しましょう」
「はい、すぐに使いをやります」
私たちがバタバタしていると、夫が鳥小屋から帰ってきた。
「ただいま。慌ただしいな。どうしたんだ?」
「あなた……!」
私は夫に駆け寄り、報告を始めた。
「実は、建設業者に支払うお金や運転資金が金庫から盗まれたの。それでこれから王都警察に通報するところなのよ」
「ああ……あれは業者への金だったのか……」
「え?あれは、って、あなた。お金のことご存知だったの?」
「ああ、いや。何でもない」
夫が挙動不審になっている。私は疑問に思いながらも、話を続けた。
「使いは誰をやろうかしら。ジンはどうかしら。あの子は王都出身だから警察の場所も知っているはずだから」
「警察!?それはちょっと待て」
「どうして?早く通報しないと、泥棒が国外に逃げてしまうかもしれないのよ?」
「俺も探してみるから、通報はもう少し待ってくれ」
「そんなにおっしゃるなら、少し待ちますが……」
私は首を傾げた。夫がやけに慌て始めた驚愕の理由が、のちに判明することになる。
相変わらず夫は午後、鳥小屋に出かける。きっとモニカに会っているのだろうが、私はそれを見逃すことが日常となっていた。
もう嫌だった。けれど、こんな裏切りを受けていながら、私はまだ心のどこかで夫を愛していた。
愛する父にも、信頼する執事にも、この苦しみを相談できなかった。私は苦痛から逃れるように、ただ仕事に没頭していた。
そんなある日のことだった。
「ジャック、今日は養鶏場の建設費を払いに出かける予定だったわね。費用は準備してくれたかしら?」
「はい。先日銀行から引き出した分を金庫にしまってあります」
「確認するから出して頂戴」
「かしこまりました」
執事が何度かダイヤルを回し、執務室の重厚な金庫を開いた。
「えっ!!そんなはずは!!」
突然、執事が大声を出した。
「どうしたの、ジャック」
私が驚いて金庫のそばに行くと、ジャックは青い顔をして言った。
「奥様……私は確かに一昨日、ここに5000万リルしまいました。しかし、それが見当たらないのです……!しかも、運転資金の5000万リルもありません!」
「そんな……!合計1億リルもなくなったっていうの!?」
私は一瞬、頭が真っ白になった。今日会う予定の建設業者からは、現金で支払って欲しいと頼まれていた。このままでは約束を違えることになってしまう。
今から銀行に5000万リルもの大金を用意してもらうにも、かなりの時間がかかるだろう。
「奥様、王都警察に通報しましょう」
「ちょっと待って。その前に、小切手を準備して頂戴」
「小切手をですか?」
「警察を呼んでしまったら応対に時間を取られてしまって、業者との約束の時間に遅れてしまうわ。まずは支払いが先。信用第一よ」
「承知しました」
執事が急いで小切手を準備してくれた。
これでうまく乗り切れたらいいけれど。
不安を胸に、私は業者の元へと馬車を急がせた。
「え、小切手ですか?現金で、とお願いしていましたよね?」
私が小切手を差し出すと、建設業者の社長がとたんに渋い顔をした。
「この度は約束を違えることになってしまい、大変申し訳ありません。こちらの不手際で現金が手元に準備できなかったのです。小切手のおわびに金額を上乗せさせていただいております。お時間をいただければ、もちろん現金での準備も可能です」
私が深々と首を垂れて謝罪すると、社長は意外にもあっさりと小切手を受け取ってくれた。
「今回は小切手でよいですよ。いや、以前、倒産寸前のお客様から頂いた小切手が不渡りになってしまいましてな。費用を回収できなかったんですよ。それ以降、トラウマで現金での支払いをお願いしてきたというわけなのです。しかし、ルイーゼ夫人の会社は王家からの信頼も厚いですからね。銀行もすぐにお金に変えてくれるはずです」
「助かります。ありがとうございます。以後、このようなことがないよう肝に銘じますわ」
よかった。
信頼が私を救ってくれた。
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私はほっと胸を撫で下ろした。信頼を築くには何年もかかるが、失うのは一瞬だ。
養鶏場はこれからももっともっと増やしていく予定だった。この建設業者は仕事が丁寧で納期もきっちり守る、優良業者だった。こんなことで信頼を失いたくなかった。
「奥様!如何でしたか!?」
屋敷に戻った私の元に執事が飛んできた。
「大丈夫だったわ。問題なく小切手を受け取ってくれたわ。あなたが金額の上乗せを提案してくれたのも功を奏したんだと思うわ。本当にありがとう」
「それはよろしゅうございました……」
執事は安堵のあまり、大きく息を吐いた。
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「はい、すぐに使いをやります」
私たちがバタバタしていると、夫が鳥小屋から帰ってきた。
「ただいま。慌ただしいな。どうしたんだ?」
「あなた……!」
私は夫に駆け寄り、報告を始めた。
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「え?あれは、って、あなた。お金のことご存知だったの?」
「ああ、いや。何でもない」
夫が挙動不審になっている。私は疑問に思いながらも、話を続けた。
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「警察!?それはちょっと待て」
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