【完結】刺客の私が、生き別れた姉姫の替え玉として王宮に入る

nanahi

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34 さようなら

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大広間に入ると、姫に切られた者たちが衛生兵に担ぎ出されていた。
あーあ、床が血まみれだ。
 
もっとやれ、と僕は愉快になる。
なんて姫だろう。
師匠から色濃く受け継いだ武神の剣技。
とっくに師匠を超えている。
僕の薬のおかげなんだと思うと、誇らしさで胸が一杯になる。
 
王太子とあの刺客が姫の邪魔をしている。
姫、殺してやって。
そうだよ、その調子だよ。
王太子のほら、首を一気に切り裂くんだよ。
 
僕は弓に矢をつがえ、ぎりぎりと引き絞る。
僕も手伝おう。
吹き矢より、弓の方が得意なんだ。
射抜いてやる、王太子の頭を。
 
 
弓を放とうとする瞬間、誰かの影が横目に映った。
 
僕の首がちくりと痛んだ。
何かが僕の首に刺さっている。
 
爺?
僕の後ろで何をしているの?
 
その注射針は、何?
 
 
──申し訳ございません。殿下。
 
 
爺はそう言った後、僕の首から静かに針を抜いた。
 
 
 
唯一、お前を信頼してたのに。
 
 
 
悔しさと怒りがない混ぜになった感情が湧き上がるが、僕の力が抜け始めた。
 
王太子の首元に刃を突きつけたままこちらを見ていた姫が、刀を捨て叫びながら僕に走り寄る。
 
床が落ちた刀をはじく。
 
僕の手から弓矢がこぼれる。

傾斜する体。
 
床に頭を打ち、景色が三重になる。
 
僕を抱き起こした姫が繰り返し叫んでいる。
 
 
 
その言葉は──
 
 
 
忘却の彼方にあった記憶が蘇ってくる。
 
 
 
 
姫は水恐怖症だ。
幼い頃、殺されかけたのだから無理もない。
川や池には決して近づかなかった。
井戸の水すら汲めなかった。
だから師匠は、周囲に水気のない家屋を姫の住処にした。
 
そんな姫が一度だけ、水に飛び込んだことがある。
僕が池で溺れた時だ。
 
その頃すでによぼよぼだった爺の足が遅いのをいいことに、僕は爺を置いて知らない道を探検するのが好きだった。
その途中で足を滑らせ池に落ちたのだ。
まだ2歳足らずだった気がする。
 
爺と一緒に僕を探し歩いていた姫が池で僕を発見し、無我夢中で池に飛び込んだ。
 
怖かっただろうに。
かつて自分を殺しかけた水に囲まれて。
 
僕を池の淵まで運んだ後、僕を抱いて叫んだ言葉だった。
 
 
大丈夫、大丈夫!
〝シチ〟は生きてる!
生きてる!!
 
 
名前を呼んでくれて嬉しかったよ。
それは僕のあだ名だけど。
本当の名はとうとう明かせなかったけど。

ありがとう、姫。
母恋しい時期に一度も実母に会えなかった見捨てられた王子の僕を。
刺客として有能とわかった途端、復讐の道具として王宮入りさせた実母をもつ僕を。
こんな僕を助けようとしてくれて本当にありがとう。


さようなら、姫。

あなたハ光。

ぼクのサい愛のヒトだッタヨ……


 
景色がゆっくりと白く塗り替えられていき、僕の頭の中は徐々に〝ゼロ〟になっていった──
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