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12 アミアンに似ている
「嘘だろ……ア、アミアン!アミアンが生きている!??」
宮殿の夜会ホールの隅でひとり別の意味で仰天している男がいた。アミアンを裏切ったウィルだ。妻のベティは子どもが熱を出したので夜会には来ていなかった。
「大変だ。どうすればいい……早くベティに伝えないと……」
ウィルは夜会をそっと抜け出し、逃げるように家へと向かった。
「ベティ!ベティ!」
「そんなに騒いでどうしたのよ。シエルが起きちゃうじゃない。やっと眠ったのに」
ベティは大声で部屋に入ってきたウィルに文句を言いながら、夜食を食べていた。シエルが熱を出し夜通し看病をしたせいで、ベティはぐったりと疲れていた。
「みみみ、見たんだ!アミアンが、アミアンにそっくりな令嬢が夜会に来てたんだよ!」
「ええ?」
ベティは夜食のシチューを口に運ぶ手を止めないまま、慌てる夫を一瞥した。
「いるわけないでしょう?とっくの昔に湖に沈んだのよ?その令嬢の名前は?」
「──────!聞いてない」
ベティは絶句してウィルを見た。
「聞いてないの?何かしら紹介があったでしょう?」
「いや────ホールの入り口から入ってきた時、あまりに驚いて逃げ帰ってきたんだ。だから、その子の名前はわからない」
これだからダメなのよ、この人は。
ベティは絶望のため息を吐いた。せっかく罪を冒してまでアミアンからウィルを奪ったのに、当の彼は優しいだけが取り柄の頼りない夫にすぎなかった。
肝心なところが抜けているのよ。
これだから出世できないのよ。
頭角を現したウィルの同級生が先日、王太子付きの書記官に抜擢された話をベティは聞いたばかりだった。彼は父も優秀な文官でエリート子息なので元々の才が違うのだが、ベティは常に自分の夫と周囲を比較しては苛立ちをウィルにぶつけていた。
今日だって、成績が悪く文官にさえ取り立ててもらえないウィルの尻を叩き、夜会で何かいい役職にありつけないか人脈を広げるために行かせたのに、何の成果もないまま逃げ戻ってきたのだ。
「はあ…………」
ベティは頭を抱えた。嫁いでみたら子爵家は領地経営もギリギリ保っている始末で、借金まみれだった。使用人の数も少なく、体裁を保つためのドレスを買い換えるお金も、うまく家計をやりくりしなければあっという間に食費に消えていった。
こういう家には優秀な使用人は寄り付かないものである。何を頼んでもなまくらな返事しかしない歳ばかりとった執事、怠け者のメイド、腕の悪い料理人。
もっと華やかだと思っていたわ。
ベティはせっかく実家より爵位が上の家に嫁いだのに、すっかり当てが外れたと思っていた。家のことで多忙で茶会にもしばらく行けていなかった。使用人たちが役立たずなため、ここのところ、瑣末なお金の計算までベティが担っていたのだ。
アミアン。
あなたが生きていたら、どうなってたんでしょうね。
ベティは”ここに埋もれている”という取り残されたような感覚に陥りながら、自ら湖に沈めたかつての友のことを思い出していた。
宮殿の夜会ホールの隅でひとり別の意味で仰天している男がいた。アミアンを裏切ったウィルだ。妻のベティは子どもが熱を出したので夜会には来ていなかった。
「大変だ。どうすればいい……早くベティに伝えないと……」
ウィルは夜会をそっと抜け出し、逃げるように家へと向かった。
「ベティ!ベティ!」
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「みみみ、見たんだ!アミアンが、アミアンにそっくりな令嬢が夜会に来てたんだよ!」
「ええ?」
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「いるわけないでしょう?とっくの昔に湖に沈んだのよ?その令嬢の名前は?」
「──────!聞いてない」
ベティは絶句してウィルを見た。
「聞いてないの?何かしら紹介があったでしょう?」
「いや────ホールの入り口から入ってきた時、あまりに驚いて逃げ帰ってきたんだ。だから、その子の名前はわからない」
これだからダメなのよ、この人は。
ベティは絶望のため息を吐いた。せっかく罪を冒してまでアミアンからウィルを奪ったのに、当の彼は優しいだけが取り柄の頼りない夫にすぎなかった。
肝心なところが抜けているのよ。
これだから出世できないのよ。
頭角を現したウィルの同級生が先日、王太子付きの書記官に抜擢された話をベティは聞いたばかりだった。彼は父も優秀な文官でエリート子息なので元々の才が違うのだが、ベティは常に自分の夫と周囲を比較しては苛立ちをウィルにぶつけていた。
今日だって、成績が悪く文官にさえ取り立ててもらえないウィルの尻を叩き、夜会で何かいい役職にありつけないか人脈を広げるために行かせたのに、何の成果もないまま逃げ戻ってきたのだ。
「はあ…………」
ベティは頭を抱えた。嫁いでみたら子爵家は領地経営もギリギリ保っている始末で、借金まみれだった。使用人の数も少なく、体裁を保つためのドレスを買い換えるお金も、うまく家計をやりくりしなければあっという間に食費に消えていった。
こういう家には優秀な使用人は寄り付かないものである。何を頼んでもなまくらな返事しかしない歳ばかりとった執事、怠け者のメイド、腕の悪い料理人。
もっと華やかだと思っていたわ。
ベティはせっかく実家より爵位が上の家に嫁いだのに、すっかり当てが外れたと思っていた。家のことで多忙で茶会にもしばらく行けていなかった。使用人たちが役立たずなため、ここのところ、瑣末なお金の計算までベティが担っていたのだ。
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