裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi

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16 デートみたい

数日後の昼下がり、『商人の橋』の視察が行われることになった。午前中の曇り空から嘘のように晴れ渡り、まるでセドリックの”一人前の令息としての門出”を祝福しているようだった。

馬車の前でセドリックはアミアンの視線すら直視できず、挙動不審に陥っていた。

「……あ、アミアン様。あの、馬車の中は少々狭いですが……その、お気をつけてお乗りください」

セドリックは勇気を振り絞ってアミアンの手を取り、エスコートした。相変わらず兄たちのように”アミアン嬢”と呼ぶことができず、どういう反応をされるのか不安がよぎった。

「ええ、お気遣いありがとうございます。殿下とご一緒できて光栄ですわ」

アミアンが真っ直ぐな瞳でそう答えると、セドリックは息を呑み、茹で上がったように顔を赤くして沈黙した。

よかった……。

アミアンは”様”付けで呼ばれることに特段気にする風もなく、セドリックは安堵した。また会えて光栄だというアミアンの言葉はきっと社交辞令だろうと思ったセドリックだったが、それでも言葉をかけてもらえて嬉しかった。

母上、無理です。
女性とは、これほどまでに眩しいものなのですか……?
それにこのように年若い令嬢と馬車の中で二人きりなんて、まるでデートのようでは!?

隣同士の席で時折声をかけてくれるアミアンにやっとのことで返事をしながら、心の中で悲鳴を上げるセドリックだった。


一向は『商人の橋』に到着した。王国一の物流を支えるその場所は、視察に訪れたアミアンの想像を絶する規模だった。

馬車を降り、アミアンとセドリックは案内役の技官や護衛と共に河川敷を通り、橋の真下へと向かった。見上げた瞬間、アミアンは思わず息を呑んだ。

「すごい!なんて立派なのでしょう……!」

無数の巨大な石材が緻密に組み合わされた幾何学的なアーチが頭上を覆っていた。物流を支えるための堅牢な造りでありながら、どこか神聖な威厳をまとったその姿に、アミアンはかつて書物で見たある場所を幻視した。

「まるで……ハザン遺跡の水底神殿みたいですわ」

ポツリと無意識にもれたその呟きに、隣にいたセドリックが弾かれたように顔を上げた。

「……ハザン遺跡、を知っているのですか?」
「ええ。古代王国のあの失われた建築様式が大好きで……。友人たちには女の子が遺跡なんて、と笑われておりましたけれど」

アミアンが少し照れたようにうつむくと、セドリックの瞳がかつてないほど輝いた。

「笑うだなんて、とんでもない!誰もが装飾の派手な今の建築ばかりに目を向ける中、ハザンの、あの数学的な美しさに気づくなんて……!あそこは、祈りの場であると同時に、古代の治水技術の粋が集まった場所なんです!」

それまでの内気さが嘘のように、セドリックは熱っぽく語り始めた。自分と同じ趣味を持つ理解者を見つけた喜びが、彼の心を一気に解きほぐしていった。

「嬉しい……です。アミアン様、あなたと遺跡の話ができる日が来るなんて」
「殿下、私もとても嬉しいですわ」

二人の間に公務という壁を越えた柔らかな空気が流れた。セドリックは気持ちを弾ませながら、アミアンにこの橋がどういう工法で作られているか、といった専門的な説明を始めた。アミアンは随所で頷きながら、熱心に話に聞き入っていた。

楽しい……!

セドリックはアミアンが「先人たちの素晴らしい技術ですのね」と感心してくれる様子に、気持ちがみるみる充実してくるのを感じた。

「おや、貴殿も視察に来ていたのか、セドリック殿下」

その時、二人に水をさすように傲慢な声が響いた。振り返ると、そこに腕組みをして立っていたのは、隣国カスティリア公国のルパート・フィッツロイだった。彼はかつて大公の愛娘シルヴィアの婚約者であった公爵の息子であり、その端正な顔立ちには隠しきれない傲慢さが張り付いていた。

「ル、ルパード殿下……あなたもいらしてたのですね……」

セドリックは閉まりそうな喉から何とか言葉を紡ぎ出した。セドリックは高圧的なルパートが苦手だった。彼は次期大公であり、将来カスティリア公国の支配者となる人物だった。

「この橋は我がカスティリアの天才技師が設計した巨大橋だ。君の国にも我が国から多様な物資を運ぶ重要な橋となっている。今回の大掛かりな共同補修も君の国だけには任せられないので、私が出向いたというわけだ」

しれっと失礼な言葉を会話に混ぜ、ルパートはセドリックを見下すように眺めた。

「それにしてもこのような場に令嬢を連れてくるとは。貴殿はピクニック気分で──……」

ルパートはセドリックに嫌味を言いいかけたが、何かに気づいたようにアミアンを二度見した。

「誰かに似ていると思ったら……君は見間違えるほど似ているな。亡きシルヴィア公女に」

そう言うと、ルパートはズカズカとアミアンの前まで近づき、無遠慮に品定めするように見つめたあと、ぼそりとこう呟いた。

「シルヴィア公女の肖像画を見たことがあるんだ。だが君はそれ以上に美しいな」
「……!」

ルパートはアミアンの手を掴み上げると、強引にその甲に口付けをした。

「あっ……!」

アミアンは顔を歪めた。アミアンはルパートの不意打ちに、体が硬直したように動けなかった。

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