裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi

文字の大きさ
20 / 51

20 大手柄

「王妃!王妃はいるか!」

王妃が執務室で書類にサインをしていた時、国王が大声を上げながら部屋に飛び込んできた。その手には緊急報告が記された数枚の書類が握られていた。

「陛下、一体、どうなさったのです?」

王妃はやたら浮ついた様子の王に怪訝な目を向けた。

「王妃! 聞いたか! セドリックが、あのセドリックが大手柄を立てたんだ!」
「えっ、あの子がですか!?」

にわかには信じがたかった。第三王子のセドリックはいつも兄たちの後ろでもじもじしているような消極的な息子で、とても手柄を立てるような積極的な性格ではないと王妃は思っていた。

「これを見ろ! 技官どもの報告だ。 商人の橋の崩落を事前に知らせ、多くの民を救ったというのだ!」

国王は普段の厳格な面持ちをかなぐり捨て、子供のように身振りを交えて続けた。

「腕利きの技官たちが誰一人として気に留めなかった致命的な亀裂を、あやつが見つけたのだ。セドリックは、現場の誰もが聞き流した小さな軋みと亀裂から崩落を予見した。そして、無理やり民衆を避難させた直後、本当に橋が崩れ落ちたのだ!!」

国王は拳を机に叩きつけ、感動に震える声を上げた。

「もしあやつがいなければ、その時橋を通行していた何百という民が命を落としていたところだ。王都中がセドリックを英雄と呼んで称えているぞ!」

王妃は感動で潤んだ瞳で力強く頷いた。

「あの子が……いつも兄たちの陰に隠れていたあの子がそんな大役を」
「あやつは図面をすべて記憶していたというではないか。これほどの知性と洞察力、我が息子ながら恐ろしいほどだ。ははは! さすがは私の血を引く息子だ。今日ばかりは、長男も次男も形無しだな!」

国王の豪快な笑い声が部屋に響いた。 王妃は心の中で、シャーウッド公爵と愛らしいアミアンの姿を思い浮かべた。

あなたたちのおかげかもしれませんわね。

「セドリックの指摘に耳を貸さなかったカスティリアの後継は公爵からこっぴどく叱責を受けたそうだ。謝罪の文がさっき届いたぞ」
「まあ」

あの傲慢な後継ルパートの鼻をあかしたとは、王も王妃も胸がすく思いだった。

「陛下、あの子が戻りましたら、うんと褒めて差し上げてくださいませ」
「もちろんだとも! 最高の褒美を用意させよう。あやつこそが、我が国の誇りだ!」

王もこれまではセドリックのことを煮え切らない覇気のない息子だと案じてきた。だが今や厳格な父にもセドリックの才気は認められ始めていた。


民を救った一件からセドリックの名声が知れ渡り、彼は多くの者から声をかけられるようになった。

「セドリック殿下、この図面で修正点はございますか?」
「来年の作付けは何を植えるのがよろしいでしょうか」
「新たな王国の収入源として、未開の地チベル王国との交易を考えているのですが」

セドリックの専門外のことまで質問される始末だった。それでもセドリックは嫌がりもせず、資料やデータから最適解を導き出して相手に伝えた。その誠実な姿勢が貴族や臣下たちに厚い信頼を与えていった。

自信は最も人を変えるのだろうか。

セドリックは最近、自らの歩むべき道への確信に満ちたオーラを纏うようになっていた。また、成長期で一週ごとに背が伸び、最近はとうとう兄二人の背を追い越してしまっていた。

「何だか見違えましたな」

セドリックは、久々に会う人々によくこう言われるようになった。

内面に潜んでいた類まれな知性が純粋さと相まって、清廉な若き王のような風格を醸し出していた。その風格に触れた者たちからセドリックは次第に、「ブラックウッド大公に似ている」──そう囁かれるようになっていった。

その囁きは的を射ていた。ブラックウッド大公の頭脳を最も色濃く引き継いだのは、実の息子の公爵でもなく、実は大甥おおおいであるセドリックであった。様々な情報を統合し最適解を導き出す先を予見する力。大公のこの力が、先の大戦で勝算がないといわれ絶望的だったエレヴァーン王国を逆転勝利に導いたのだ。

大公を彷彿とさせるようになるセドリックとアミアンの恋の行く末には、後に父王の手によって暗雲が立ち込めることになる。




公務や相談が増え、急に忙しくなったセドリックは、ここのところアミアンと会えていなかった。

アミアン様にお会いしたい……。
アミアン様は僕に会いたいと思ってくださっているだろうか……?

事あるごとにそんな切ない思いに囚われていたある日のことだった。

「セドリック殿下、アミアン公女よりお預かりしたものがございます」

午後の執務室で少し疲れの見えるセドリックのもとへ、アミアン付きの侍女ハンナが恭しく小さな木箱を届けに来た。

「アミアン様から……!?」

一気に心臓が飛び跳ねた。セドリックは驚き、手にしていたペンを置いた。少し震える手で蓋を開けると、そこには白く柔らかなハンカチが丁寧に折りたたまれて収められていた。

「……ハンカチ?」
「アミアン様からは、『お会いしたい気持ちはやまやまですが、今の殿下には私よりも優先すべきお仕事があるはず。遠くからご無事を祈っております』との伝言を預かっております」
「僕を気遣ってくださったのですね」

本当はお会いしたかったけれど。

彼は残念な気持ちを押し留め、ハンカチを大切に手に取ってゆっくりと広げた。すると、その端に施された繊細な刺繍を見て、目を丸くした。

「これは……!」

白糸と淡い銀糸で刺されていたのは、あの日、二人で見上げたカシム遺跡の花模様だった。

「カシム遺跡の、レノウの星……」

指先でその刺繍をなぞると、あの日の甘酸っぱい二人の時間が蘇ってくるようだった。アミアンはセドリックが一番喜ぶあの日の記憶を形にしてくれたのだ。

「……アミアン様」

セドリックはハンカチを胸元に抱きしめ、天を仰いだ。

みなに「大手柄だ」と褒めそやされるよりも、この小さな布に込められた「貴方の見ている世界を私も大切に思っています」というメッセージが、何よりも彼を強く勇気づけた。

一刻も早く、アミアン様にお会いしたい──!

アミアンの匂いがほのかに移ったハンカチを抱きながら、はち切れんばかりにセドリックの胸は波打っていた。



あなたにおすすめの小説

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。

必要とされなくても、私はここにいます

あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。 口出ししない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 ただ静かに、そこにいるだけ。 そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。 張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。 何かを勝ち取る物語ではない。 誰かを打ち負かす物語でもない。 それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。 これは、 声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、 何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。