26 / 51
26 望まぬ見合い
セドリックとアミアンが胃の痛むような数日を過ごした後、イザーク・フェルカを交えた茶会が王宮の一室で開かれた。
最高級の茶葉が放つかぐわしい紅茶の香りが漂う中、表向きは優雅に始まった茶会だが、その実態は王によって仕組まれた顔合わせの場だった。
出席者は、王夫妻とアミアン。そして、第三王子という高貴な身分でありながら、実質的にはこの縁談を見届ける証人として同席したセドリック。
そこへ、今日の主役であるイザークが姿を現した。彼は王の右腕として国政を操るフェルカ侯爵の次男であり、王にとっては最も信頼のおける家系からの婿候補だった。
アミアンはこの日、淡いペールグリーンのシルクのドレスを纏っていた。セドリックが初めて見るドレスの色だ。それは王がイザークとの顔合わせ用に、彼の好みに合わせて整えさせたものだった。イザークはグリーンを好んでいた。
アミアンは内心、ペールブルーのドレスで臨まずに済んだことに安堵していた。ペールブルーは、初めてセドリックと出会った日に着たドレスの思い出の色だ。王が選んだ男のために着たくはない、彼女にとっての聖域だった。
だが、セドリックの目には、その新調されたペールグリーンが残酷なほど新鮮に映った。まるで彼女が、新しい出会いのために特別に美しく装ったかのように見えたのだ。
アミアン様。
どうしてあなたは誰の前でも、残酷なまでに美しいのですか?
ひりつくような胸のかすれが、セドリックを息苦しくさせた。
「では、若い者同士でゆっくり語らうが良い。我々は公務があるのでな」
王は満足げにそう告げ、王妃を伴って席を立った。二人を自由にするための露骨な差配だ。退室の間際、王妃だけがアミアンとセドリックの痛々しい表情に気づき、密かに顔を曇らせていたが、王の決定を覆す言葉はとてもかけられなかった。
残されたイザークは、目の前に座るアミアンの気品ある美しさに、瞬く間に虜になった。
「アミアン様、実は私の母もベルシュタイン王国の伯爵家の出身なのです。あなたのお母上と同郷だと聞き、勝手ながら親近感を抱いておりました」
亡き母の故郷の名を聞き、アミアンの瞳に柔らかな光が宿った。
「ベルシュタインと縁がおありですの……?」
愛しい国の名にアミアンは思わずイザークに微笑みかけた。アミアンがイザークに話しかけるたび、セドリックは心の底から激しい嫉妬に焼かれた。
アミアンの視線の先ばかりを追いかけてしまう。自分ではない別の男を見つめ、声を弾ませる時間。セドリックの胸は苦悶の音を立て、自信は脆くも揺らいでいった。
アミアン様の隣に立つのは、他の男でもいいのか──
父王の寵愛を受ける侯爵家、その才気あふれる次男。自分の方が高位であるのに、王子の自分よりも彼女にふさわしいと王に認められた男を前に、二人を見守るしかないセドリックは消え入りそうな気持ちになっていった。
切なさに胸が塞がる。
”僕は、あなたを愛しています!”
叫びたかった。だが、王子という立場が、そして臣下との均衡を重んじる王の思惑が、その言葉を封じ込めた。決して言えない一言。言ってはならない一言だった。
アミアンは王命には抗えないが、節度を持ってイザークとの会話を保っていた。アミアンも心の中では始終セドリックが気にかかっていた。
だが、セドリックにアミアンの心遣いに気付ける余裕はなかった。華やかな歓談の笑い声が響く中、セドリックはただ一人、救いのない孤独の淵に取り残されていった。
最高級の茶葉が放つかぐわしい紅茶の香りが漂う中、表向きは優雅に始まった茶会だが、その実態は王によって仕組まれた顔合わせの場だった。
出席者は、王夫妻とアミアン。そして、第三王子という高貴な身分でありながら、実質的にはこの縁談を見届ける証人として同席したセドリック。
そこへ、今日の主役であるイザークが姿を現した。彼は王の右腕として国政を操るフェルカ侯爵の次男であり、王にとっては最も信頼のおける家系からの婿候補だった。
アミアンはこの日、淡いペールグリーンのシルクのドレスを纏っていた。セドリックが初めて見るドレスの色だ。それは王がイザークとの顔合わせ用に、彼の好みに合わせて整えさせたものだった。イザークはグリーンを好んでいた。
アミアンは内心、ペールブルーのドレスで臨まずに済んだことに安堵していた。ペールブルーは、初めてセドリックと出会った日に着たドレスの思い出の色だ。王が選んだ男のために着たくはない、彼女にとっての聖域だった。
だが、セドリックの目には、その新調されたペールグリーンが残酷なほど新鮮に映った。まるで彼女が、新しい出会いのために特別に美しく装ったかのように見えたのだ。
アミアン様。
どうしてあなたは誰の前でも、残酷なまでに美しいのですか?
ひりつくような胸のかすれが、セドリックを息苦しくさせた。
「では、若い者同士でゆっくり語らうが良い。我々は公務があるのでな」
王は満足げにそう告げ、王妃を伴って席を立った。二人を自由にするための露骨な差配だ。退室の間際、王妃だけがアミアンとセドリックの痛々しい表情に気づき、密かに顔を曇らせていたが、王の決定を覆す言葉はとてもかけられなかった。
残されたイザークは、目の前に座るアミアンの気品ある美しさに、瞬く間に虜になった。
「アミアン様、実は私の母もベルシュタイン王国の伯爵家の出身なのです。あなたのお母上と同郷だと聞き、勝手ながら親近感を抱いておりました」
亡き母の故郷の名を聞き、アミアンの瞳に柔らかな光が宿った。
「ベルシュタインと縁がおありですの……?」
愛しい国の名にアミアンは思わずイザークに微笑みかけた。アミアンがイザークに話しかけるたび、セドリックは心の底から激しい嫉妬に焼かれた。
アミアンの視線の先ばかりを追いかけてしまう。自分ではない別の男を見つめ、声を弾ませる時間。セドリックの胸は苦悶の音を立て、自信は脆くも揺らいでいった。
アミアン様の隣に立つのは、他の男でもいいのか──
父王の寵愛を受ける侯爵家、その才気あふれる次男。自分の方が高位であるのに、王子の自分よりも彼女にふさわしいと王に認められた男を前に、二人を見守るしかないセドリックは消え入りそうな気持ちになっていった。
切なさに胸が塞がる。
”僕は、あなたを愛しています!”
叫びたかった。だが、王子という立場が、そして臣下との均衡を重んじる王の思惑が、その言葉を封じ込めた。決して言えない一言。言ってはならない一言だった。
アミアンは王命には抗えないが、節度を持ってイザークとの会話を保っていた。アミアンも心の中では始終セドリックが気にかかっていた。
だが、セドリックにアミアンの心遣いに気付ける余裕はなかった。華やかな歓談の笑い声が響く中、セドリックはただ一人、救いのない孤独の淵に取り残されていった。
あなたにおすすめの小説
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください
まさき
恋愛
「別れてください」
笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。
三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。
嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。
離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。
――遅すぎる。三年分、遅すぎる。
幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?