裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi

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28 大人なイザーク

イザークは至極美形でスマートで優しく、夫にするには申し分ない令息だった。しかも、王の信頼が厚いフェルカ侯爵が後ろについている。

アミアンはイザークの熱心な誘いに抗えず、フェルカ侯爵家の広大な乗馬場を訪れていた。

イザークの乗馬技術は鮮やかだった。彼は不慣れなアミアンを気遣うという名目で、彼女を自分の体の前に乗せると、よく訓練された愛馬を滑らかに走らせた。

パカパカと小気味よい蹄の音が響き、馬体が揺れるたびに背後から回されたイザークの腕と胸板がアミアンの体に密着する。耳元に届く彼の落ち着いた吐息と、自分を包囲するように握られた手綱。逃げ場のない密室のような馬上で、アミアンは激しく戸惑っていた。

こんなことをして……セドリック殿下に申し訳がないわ。

イザークの体温を感じれば感じるほど、アミアンの心にはセドリックへの痛烈な罪悪感がこみ上げた。セドリックとは婚約もしていない間柄で、しかも容易に婚約などできない相手である。けれどアミアンにとって他の男に身を委ねる行為は、何よりも大切なセドリックへの愛を裏切っているような感覚を抱かせた。

当のイザークは、腕の中に収まるアミアンの柔らかな質感と、風に舞う彼女の髪の香りにすっかり虜になっていた。女性の扱いを心得ているイザークは、揺れる馬上というシチュエーションが、嫌応なしに互いの鼓動を近づける舞台になることを熟知していた。

イザークはセドリックより二つ年上で、大人の巧みさを持ち合わせていた。彼はわざと歩調を緩め、密着を深めるようにアミアンの腰を腕で引き寄せると、戸惑い恥じらう彼女の横顔を確信犯的な笑みを浮かべて見つめた。


乗馬の余韻が消えないまま、昼食を侯爵家の食堂でいただくことになり、アミアンは罪悪感で沈んだ気持ちを押し殺し、テーブルについていた。最高級の装飾に彩られた広大な食堂は、王に重用されているフェルカ家の威光を物語るようだった。

食事も終盤にさしかかり、アミアンはメイドに運ばれてきたスイーツ皿にふと目を留めた。

「もしかして、かぼちゃのパイですの……?」

ほっとする甘さと香ばしさ。その匂いだけで、正体はすぐにわかった。

「アミアン様の好物だと聞いて、私がシェフに教わって作ったのですよ」
「イザーク様自ら?」
「ええ。あなたが喜ぶ顔が見たくて」

私の好物を準備してくださったなんて、お優しい方なのね。

アミアンはセドリックのことで頭がいっぱいの自分を恥じた。縁談は王命で、大公の娘として全うしなければならない務めであるのに、イザークと過ごす時間は上の空の瞬間も多かった。

「さあ、召し上がれ」

促すイザークの声にアミアンは銀のデザートナイフとフォークをそっと手に取った。

サク。

小気味よい音を立ててパイを切り分け、口に含む。思わずアミアンの顔がほころんだ。

「……とても美味しいですわ!イザーク様、これほどまでにお料理がお上手でしたのね。ご多忙の身でありながら、わざわざ手間を掛けてくださって……ありがとうございます」
「喜んでもらえて何よりです。あなたとはこれからも、こうした笑顔の時間を積み重ねていきたいと思っています」

ズキ、と心が痛んだ。

自分はこの方を好きになることはない。

アミアンはもう予見していた。これほど健気に尽くしてくれるイザークの心をいまだ受け取ることはできないでいた。

アミアンは否定とも肯定ともつかない微笑みをイザークに返しながら、心に住んでしまったセドリックを忘れられないまま心が軋んでいた。


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