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29 セドリックのもどかしさ
まだアミアンとイザークの正式な婚約は結ばれていなかった。だが、それも時間の問題だった。フェルカ家のイザークはこの縁談に非常に前向きで、アミアンにぞっこんだと囁かれていた。
王宮では皆、暇さえあればその話題を口にした。
「あの大公家のアミアン公女が陛下の覚えがめでたいフェルカ家の次男と結婚するそうだな」
「これは盛大な婚礼になるぞ。陛下は大公殿下の力を取り込むことになるし、笑いが止まらないのではないか?」
もうその話は聞きたくない──!
あちこちで耳にする噂話に、セドリックは耳を塞いだ。アミアンが他の男に奪われていく現実を直視することができずにいた。
巷の話題を呼んでいるアミアンに以前のように気安く会いに行くこともできず、セドリックは苦痛を忘れるように公務に没頭した。
人が変わったようにものすごいスピードで臣下からの相談や国の問題を裁いていき、セドリックは「若きブラックウッド」と密かに呼ばれるまでになっていた。
あの人を忘れたい。
忘れたい。
忘れたい。
──忘れられない。
兄二人のみならず、父王をも圧倒する処理能力に感嘆の声が漏れる中、セドリックの胸は憂鬱さだけに占められていた。
「気の毒なくらいだ」
「見ていられないな」
兄二人はセドリックとアミアンの悲恋に胸を痛めては、心配げな王妃と顔を見合わせていた。
そんな折、偶然セドリックはアミアンと王宮の回廊で遭遇した。
「あ、アミアン様……」
「ごきげんよう、殿下……」
セドリックはどういう顔をしたらいいかわからず途方に暮れた。アミアンは何か訴えるような瞳でセドリックを見つめていたが、言葉が続くことはなかった。
「……」
「……」
違いに沈黙が流れ、二人は重い空気に押しつぶされそうになっていた。
本当は言いたい。
僕こそがあなたを愛していると。
セドリックは拳を握った。痛ましそうに薔薇の唇を小さく引き結んでいるアミアンが胸に迫ってくる。
本当は言いたい。
私はあなたこそを愛していると。
アミアンの胸は張り裂けそうだった。王子としての責務と振る舞いを越えることができないセドリックの痛みをひしひしと感じ取っていた。
「あの──」
「あの──」
二人がようやく声を絞り出した時、現れた影があった。
「アミアン様、登城されていると聞きましたがこちらでしたか」
イザークだった。
「これはセドリック殿下」
スマートで卒のない所作で、イザークがセドリックに礼をとった。顔を上げたイザークは自信に満ちていた。
「お二人で密談かなにか?お邪魔でしたか……?」
「いえっ、そんな──」
否定したのはセドリックだった。アミアンの瞳が一瞬、傷ついた色を帯びた。
あ……。
アミアン様を傷つけてしまった──。
セドリックはすぐに察し、自分を責めた。イザークが自分を見るまっすぐな瞳の強さに、セドリックはこれ以上、耐えられなかった。
「もしお帰りなら、私が送ります」
イザークの誘いに、アミアンは瞳を伏せたまま、小さく頷いた。アミアンは必死に涙に耐えていた。会うたびに想いが引き裂かれていくようで、アミアンは無理やりイザークに唇の端を上げ、本心を悟られないようにした。
「では参りましょう」
イザークはセドリックに一礼し、ごく自然にアミアンの腰に手を当てた。
「──っ!」
セドリックはもうイザークに寄り添われるアミアンの姿を見ていられなかった。素早くきびすを返し、とにかく二人から離れたくて、私室へと駆け戻った。
心が壊れそうだった。セドリックは呆然としたまま引き出しに大事にしまってあるハンカチにそっと手を伸ばした。
純白のハンカチの縁で銀の花が物言わぬ輝きを放っていた。
レノウの星よ……幸せを呼ぶのならどうか、今すぐ呼んでくれ──!
アミアンの香りがするハンカチを握りしめながら、セドリックは机に顔を埋めた。
イザークはアミアンとセドリックの気持ちに気づいていた。王から直接教えられてはいないが、二人の雰囲気を見れば一目瞭然だった。
だが私の勝ちです、殿下。
評価が鰻登りの王子のセドリックを相手に、イザークはあくまで強気だった。王の後ろ盾もある。それになにより、イザークはもうアミアンを手放せなくなっていた。
絹のようになめらかな白磁の肌。
艶やかに流れる金の髪。
そして、見る者の心を狂わせ、惹きつけてやまない鮮やかな紅の唇。
イザークはもはや、アミアンから立ち上る薔薇のような色香を他の誰にも渡そうとは思っていなかった。
殿下には渡しませんよ。
自室のソファーに沈み込みながら、イザークは馬車で手に取ったアミアンのぬくもりを抱きしめていた。
王宮では皆、暇さえあればその話題を口にした。
「あの大公家のアミアン公女が陛下の覚えがめでたいフェルカ家の次男と結婚するそうだな」
「これは盛大な婚礼になるぞ。陛下は大公殿下の力を取り込むことになるし、笑いが止まらないのではないか?」
もうその話は聞きたくない──!
あちこちで耳にする噂話に、セドリックは耳を塞いだ。アミアンが他の男に奪われていく現実を直視することができずにいた。
巷の話題を呼んでいるアミアンに以前のように気安く会いに行くこともできず、セドリックは苦痛を忘れるように公務に没頭した。
人が変わったようにものすごいスピードで臣下からの相談や国の問題を裁いていき、セドリックは「若きブラックウッド」と密かに呼ばれるまでになっていた。
あの人を忘れたい。
忘れたい。
忘れたい。
──忘れられない。
兄二人のみならず、父王をも圧倒する処理能力に感嘆の声が漏れる中、セドリックの胸は憂鬱さだけに占められていた。
「気の毒なくらいだ」
「見ていられないな」
兄二人はセドリックとアミアンの悲恋に胸を痛めては、心配げな王妃と顔を見合わせていた。
そんな折、偶然セドリックはアミアンと王宮の回廊で遭遇した。
「あ、アミアン様……」
「ごきげんよう、殿下……」
セドリックはどういう顔をしたらいいかわからず途方に暮れた。アミアンは何か訴えるような瞳でセドリックを見つめていたが、言葉が続くことはなかった。
「……」
「……」
違いに沈黙が流れ、二人は重い空気に押しつぶされそうになっていた。
本当は言いたい。
僕こそがあなたを愛していると。
セドリックは拳を握った。痛ましそうに薔薇の唇を小さく引き結んでいるアミアンが胸に迫ってくる。
本当は言いたい。
私はあなたこそを愛していると。
アミアンの胸は張り裂けそうだった。王子としての責務と振る舞いを越えることができないセドリックの痛みをひしひしと感じ取っていた。
「あの──」
「あの──」
二人がようやく声を絞り出した時、現れた影があった。
「アミアン様、登城されていると聞きましたがこちらでしたか」
イザークだった。
「これはセドリック殿下」
スマートで卒のない所作で、イザークがセドリックに礼をとった。顔を上げたイザークは自信に満ちていた。
「お二人で密談かなにか?お邪魔でしたか……?」
「いえっ、そんな──」
否定したのはセドリックだった。アミアンの瞳が一瞬、傷ついた色を帯びた。
あ……。
アミアン様を傷つけてしまった──。
セドリックはすぐに察し、自分を責めた。イザークが自分を見るまっすぐな瞳の強さに、セドリックはこれ以上、耐えられなかった。
「もしお帰りなら、私が送ります」
イザークの誘いに、アミアンは瞳を伏せたまま、小さく頷いた。アミアンは必死に涙に耐えていた。会うたびに想いが引き裂かれていくようで、アミアンは無理やりイザークに唇の端を上げ、本心を悟られないようにした。
「では参りましょう」
イザークはセドリックに一礼し、ごく自然にアミアンの腰に手を当てた。
「──っ!」
セドリックはもうイザークに寄り添われるアミアンの姿を見ていられなかった。素早くきびすを返し、とにかく二人から離れたくて、私室へと駆け戻った。
心が壊れそうだった。セドリックは呆然としたまま引き出しに大事にしまってあるハンカチにそっと手を伸ばした。
純白のハンカチの縁で銀の花が物言わぬ輝きを放っていた。
レノウの星よ……幸せを呼ぶのならどうか、今すぐ呼んでくれ──!
アミアンの香りがするハンカチを握りしめながら、セドリックは机に顔を埋めた。
イザークはアミアンとセドリックの気持ちに気づいていた。王から直接教えられてはいないが、二人の雰囲気を見れば一目瞭然だった。
だが私の勝ちです、殿下。
評価が鰻登りの王子のセドリックを相手に、イザークはあくまで強気だった。王の後ろ盾もある。それになにより、イザークはもうアミアンを手放せなくなっていた。
絹のようになめらかな白磁の肌。
艶やかに流れる金の髪。
そして、見る者の心を狂わせ、惹きつけてやまない鮮やかな紅の唇。
イザークはもはや、アミアンから立ち上る薔薇のような色香を他の誰にも渡そうとは思っていなかった。
殿下には渡しませんよ。
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