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32 王の焦り
「なんということをしてくれたのだ──!?」
王は頭を床に擦り付けているフェルカ侯爵を睨みつけた。
「もっ、もっ、申し訳ございません……!」
次男のイザークは牢の中だ。さすがに王でも、婚約前の公女の操を無理やり奪おうとした令息を無罪にすることは不可能だった。
セドリックめ……余計なことを──!
王はアミアンがイザークに操を奪われたとしても、目を瞑るつもりだった。大公の力を削ぐためなら、一人の娘の感情など塵芥にすぎなかった。
それなのにアミアンを守ったのは自分が期待をかけはじめたセドリックだった。王国法を持ち出し、完璧な筋書きでアミアンをイザークから救い出した。
こんなことなら、大公など気にせず、さっさとアミアンとイザークを結婚させていればよかった!
王は大公の許可なく二人を婚姻させる勇気が持てず、大公が正気に戻るタイミングを待ち、今に至っていた。
このままではセドリックは私の脅威になる。
思い通りにならない息子の知略を王は畏れはじめていた。
アミアンが危機に瀕したにも関わらず、大公はまだ具合が回復せず、正気に戻らないままだった。
シャーウッド公爵は全ての事情を知り、アミアンの見舞いに来ていた。
「こんなことになるとは……陛下を恐れず、縁談を断っていればよかった。すまなかった、アミアン」
「いいえ……お義兄様のせいではございません……私が、拒む勇気がなくて──」
肩を落とす義兄を気遣いながらも、体を奪われそうになった恐怖が癒えず、アミアンは涙を浮かべた。
「しばらくアミアンを休ませよう。公務も当面休みたいと私から王妃様に進言しておく。ハンナ、アミアンについてやってくれ」
「承知いたしました、若旦那様。王妃様によろしくお願いいたします」
ハンナは公爵を見送ると、重いため息を吐いた。あれからセドリックは顔を見せていなかった。王がセドリックの公務の予定を隙間がないほどびっしりと詰め込み、アミアンに会わせないようにしているようだった。
「お二人が結ばれる道はないのかしら……」
ハンナは泣き疲れてソファーでうたた寝をするアミアンをいたわるように、そっと肌掛けを滑らせた。
「見目のいい令嬢を選んでおいた。家柄も遜色ない。この中から自由に見合い相手を決めるがいい」
セドリックの執務机にずらりと並べられた身上書の前で、王がセドリックに念押しをした。
「父上、」
「断ることはならんぞ」
王は息子の話も聞かず、執務室を大股で出て行った。
「お待ちください!」
セドリックは王を追いかけ、廊下に飛び出した。
「父上、僕はまだ結婚するつもりはありません」
やれやれと王はその瞳に疲労の色を浮かべた。
「セドリック。お前はいつまで独り身でいるつもりなのだ?兄二人はとっくの昔に婚約者を得ている。いい加減、王子としての自覚を持て」
「……僕には、僕には……」
「──アミアンか」
「!」
「あやつはお前の叔母上だぞ!?」
王は声を荒げた。
どこまで聞き分けのない王子なのだ!
「それが何か」
「なに──?」
王がセドリックを下から睨み上げた。セドリックが自分にこれほど反抗したのは初めてだった。
「確かに僕はアミアン様を愛しています。いけませんか?教会に許しを得て、王族が叔母や叔父と婚姻した事例は過去にもあるではないですか。そもそも僕とアミアン様は血が繋がっておりません。法王の許可さえもらえれば何の問題もないはずです」
「……!」
王は理路整然と語る息子に愕然とした。引っ込み思案でいつも兄たちの後ろに隠れていたセドリックが、今は堂々と愛を語り、王である自分を論破している。
その姿に、ふいにブラックウッド大公が重なった。
「もうよいっ!下がれっ!!」
頭に血が上った王はセドリックを追い払うように怒鳴った。
「他の令嬢とは絶対に結婚しませんから」
セドリックは顔色ひとつ変えず、執務室に戻っていった。
「あのバカ息子が!!しかも皆してセドリックを大公に似ておるなどと言いおって……!私の息子だぞ!?」
王は、セドリックの生意気な態度と、皆が大公の面影を彼に重ねていることが異常に腹立たしくなった。
何とかしなければ。
何とかしなければ。
王は恐れに囚われていた。アミアンのせいで従順だった息子が豹変してしまったような感覚に襲われていた。何としてでも、アミアンと息子を引き離さなければならないと思い込んだ。
そうだ。
世論を味方につけるのだ。
「アミアンがセドリックを誘惑していると噂を流せれば……」
本来なら叔母との恋愛は禁忌だ。周りから糾弾されれば、さすがにあのセドリックもアミアンを諦めるだろう。
そんな王の焦りの一部始終を柱の陰からベティが目撃していた。
王は頭を床に擦り付けているフェルカ侯爵を睨みつけた。
「もっ、もっ、申し訳ございません……!」
次男のイザークは牢の中だ。さすがに王でも、婚約前の公女の操を無理やり奪おうとした令息を無罪にすることは不可能だった。
セドリックめ……余計なことを──!
王はアミアンがイザークに操を奪われたとしても、目を瞑るつもりだった。大公の力を削ぐためなら、一人の娘の感情など塵芥にすぎなかった。
それなのにアミアンを守ったのは自分が期待をかけはじめたセドリックだった。王国法を持ち出し、完璧な筋書きでアミアンをイザークから救い出した。
こんなことなら、大公など気にせず、さっさとアミアンとイザークを結婚させていればよかった!
王は大公の許可なく二人を婚姻させる勇気が持てず、大公が正気に戻るタイミングを待ち、今に至っていた。
このままではセドリックは私の脅威になる。
思い通りにならない息子の知略を王は畏れはじめていた。
アミアンが危機に瀕したにも関わらず、大公はまだ具合が回復せず、正気に戻らないままだった。
シャーウッド公爵は全ての事情を知り、アミアンの見舞いに来ていた。
「こんなことになるとは……陛下を恐れず、縁談を断っていればよかった。すまなかった、アミアン」
「いいえ……お義兄様のせいではございません……私が、拒む勇気がなくて──」
肩を落とす義兄を気遣いながらも、体を奪われそうになった恐怖が癒えず、アミアンは涙を浮かべた。
「しばらくアミアンを休ませよう。公務も当面休みたいと私から王妃様に進言しておく。ハンナ、アミアンについてやってくれ」
「承知いたしました、若旦那様。王妃様によろしくお願いいたします」
ハンナは公爵を見送ると、重いため息を吐いた。あれからセドリックは顔を見せていなかった。王がセドリックの公務の予定を隙間がないほどびっしりと詰め込み、アミアンに会わせないようにしているようだった。
「お二人が結ばれる道はないのかしら……」
ハンナは泣き疲れてソファーでうたた寝をするアミアンをいたわるように、そっと肌掛けを滑らせた。
「見目のいい令嬢を選んでおいた。家柄も遜色ない。この中から自由に見合い相手を決めるがいい」
セドリックの執務机にずらりと並べられた身上書の前で、王がセドリックに念押しをした。
「父上、」
「断ることはならんぞ」
王は息子の話も聞かず、執務室を大股で出て行った。
「お待ちください!」
セドリックは王を追いかけ、廊下に飛び出した。
「父上、僕はまだ結婚するつもりはありません」
やれやれと王はその瞳に疲労の色を浮かべた。
「セドリック。お前はいつまで独り身でいるつもりなのだ?兄二人はとっくの昔に婚約者を得ている。いい加減、王子としての自覚を持て」
「……僕には、僕には……」
「──アミアンか」
「!」
「あやつはお前の叔母上だぞ!?」
王は声を荒げた。
どこまで聞き分けのない王子なのだ!
「それが何か」
「なに──?」
王がセドリックを下から睨み上げた。セドリックが自分にこれほど反抗したのは初めてだった。
「確かに僕はアミアン様を愛しています。いけませんか?教会に許しを得て、王族が叔母や叔父と婚姻した事例は過去にもあるではないですか。そもそも僕とアミアン様は血が繋がっておりません。法王の許可さえもらえれば何の問題もないはずです」
「……!」
王は理路整然と語る息子に愕然とした。引っ込み思案でいつも兄たちの後ろに隠れていたセドリックが、今は堂々と愛を語り、王である自分を論破している。
その姿に、ふいにブラックウッド大公が重なった。
「もうよいっ!下がれっ!!」
頭に血が上った王はセドリックを追い払うように怒鳴った。
「他の令嬢とは絶対に結婚しませんから」
セドリックは顔色ひとつ変えず、執務室に戻っていった。
「あのバカ息子が!!しかも皆してセドリックを大公に似ておるなどと言いおって……!私の息子だぞ!?」
王は、セドリックの生意気な態度と、皆が大公の面影を彼に重ねていることが異常に腹立たしくなった。
何とかしなければ。
何とかしなければ。
王は恐れに囚われていた。アミアンのせいで従順だった息子が豹変してしまったような感覚に襲われていた。何としてでも、アミアンと息子を引き離さなければならないと思い込んだ。
そうだ。
世論を味方につけるのだ。
「アミアンがセドリックを誘惑していると噂を流せれば……」
本来なら叔母との恋愛は禁忌だ。周りから糾弾されれば、さすがにあのセドリックもアミアンを諦めるだろう。
そんな王の焦りの一部始終を柱の陰からベティが目撃していた。
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