裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi

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35 呼び出し

ベティは、王を支持する貴族勢力にも、毒の混じった悪評を吹き込んで回った。

彼らはもともとブラックウッド大公の影響力を疎ましく思っていた一派であり、その娘であるアミアンを失脚させる絶好の機会だと、噂の拡散に加担した。

さらには、事態を重く見た教会から、王家へ真意を問う詰問状まで届く始末だった。

「やったぞ……! これ以上ない切り札だ」

自室で書簡を握りしめた王は、勝利を確信して歓喜した。そこにはセドリックの嘆きも、アミアンの慟哭も顧みない、暗愚で冷酷な君主の姿しかなかった。

「よくやった、ベティ嬢。次の王侯会議では、夫のウィルを文官に推挙しよう」
「──! ありがとうございます、陛下!」

計画は完璧に進み、ベティはついに切望していた報酬を手に入れた。

あははは! ついに私の勝ちよ!
悪評の泥にまみれて、どこまでも落ちていくがいいわ、アミアン!

ベティは扇の影で、込み上げる卑屈な笑いを必死に押し殺していた。


「何だろう。最近、妙に視線を感じるな……」

セドリックは公務で訪れる先々で、国民たちが向けてくる奇妙な眼差しに困惑していた。自分と目が合うと、人々は一様に顔を伏せ、耳を疑うような囁きを交わし合う。

「おい、セドリック! 大変なことになっているぞ!」

王城に帰還し、執務室に向かっていたセドリックを呼び止める声がした。背後から息を切らして駆け寄ってきたのは、兄のアリストとバルトラムだった。

「兄上たち……。そんなに血相を変えて、どうされたのですか?」
「お前、知らないのか。卑劣な噂が流れているんだ。アミアン嬢がお前を誘惑し、王家乗っ取りを画策していると」
「…………は?」

あまりに馬鹿げた内容に、セドリックは呆気に取られて立ち尽くした。その無垢な反応を見て、兄たちは噂の虚偽を確信した。

「私たちは信じていない。だが、叔母が王子をそそのかしたという不徳な内容は、ついに教会をも動かしてしまったようだ」
「そんな……っ」
「父上から呼び出しがあるだろう。覚悟しておけ」

誰が、一体何のために──!?

セドリックは、得体の知れない悪意の濁流に背筋が凍るのを感じた。

「セドリック殿下」

そこへ、冷淡な声が響いた。王直属の侍従である。

「陛下がお呼びです。至急、執務室へ」
「──わかった」

セドリックは侍従の導きのまま、重い足取りで王の元へ向かった。


「セドリック。このような陳情書が教会から届いている」

王は執務机に積み上がった書簡の山を忌々しげに指し示した。

「悪女アミアンをお前から引き離せ、とな」
「……っ! そんな噂、すべて大嘘です! アミアン様から誘われたことなど、一度もありません! 慕い、追いかけていたのは、いつも僕の方なんです!」

王はわざとらしく、重いため息を吐いた。

「お前がどう思っていようと、これはもはや国を挙げた大問題なのだ。これを見よ」

王は無表情のまま、引き出しからさらなる書簡の束を放り投げた。

「教会だけでなく、多くの貴族家からも、アミアンによる王家乗っ取りを危惧する声が上がっているのだぞ?」

書簡の山を前にしても、セドリックはひるまなかった。

「嫌です……。僕は納得できません! どうして信じてくださらないのですか!? アミアン様は、そんな悪事を企むような方ではありません。父上だって、彼女に会ったことがあるでしょう!」

「賢いお前なら、理解できるはずだ」

王の瞳が、凍りつくような鋭さで息子を射抜いた。

「アミアンを傍に置こうとすることは、王家に消えない汚点を残し、波乱を呼ぶ。この混乱に乗じて反乱が起きたとき、お前はその責任を取れるのか!?」
「それは──っ」

まだ若く、統治の重みを知り始めたばかりの王子に、反論の余地は残されていなかった。

「今後、金輪際アミアンに会うことは許さん。……下がれ」

王の命は絶対だった。しかし、セドリックの心の中で燃える正義感と恋情は、それさえも押し除けた。

このままでは、アミアン様が貴族界から追放されてしまう……。
決めた。僕はアミアン様に会いにいく。

「……気分が悪いので、私室で休む。声をかけないように」

セドリックは護衛たちにそう告げると、扉を閉めた。そして、すぐさま窓枠を乗り越え、監視の目を盗んで外の世界へと飛び出した。


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