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36 襲撃
アミアンはようやく、いくらかの平穏を取り戻しつつあった。ある穏やかな午後、セドリックに会えない寂しさを紛らわせるため、気晴らしにハンナと馬車で遠出することにした。
しかし、領地から王都へと続く街道に差し掛かった時、不穏な声が馬車の中にまで届き始めた。
「おい、あれは大公家の紋章じゃないか?」
「あの女が乗っているんだな……」
まさか自分が「あの女」などと呼ばれているとは露ほども思わないアミアンは、不思議に思ってそっと窓の外を眺めた。
実は、社交界に広まる悪評のことはアミアンの耳には入っていなかった。彼女を案じるシャーウッド公爵が厳重に口止めをしていたからだ。ハンナたち侍女も噂は知っていたが、事実無根の戯言などすぐに消えるだろうと静観していた。
だが、植え付けられた民衆の憎悪は、想像を絶するほど深く燃え広がっていた。
「いたぞ、あいつだ!!」
「魔女を馬車から引き摺り出せ!!」
え……?
魔女って、誰のこと?
アミアンが混乱に陥る間にも、怒号を上げる民衆が次々と溢れ出してきた。
「お嬢様、逃げましょう! サム、馬車を急がせて!」
取り囲む群衆から放たれる凄まじい殺気を察知し、ハンナが叫んだ。しかし、逆上した民衆は暴徒と化し、馬車に取りすがって無理やり馬を止めにかかる。
「セドリック殿下をたぶらかす淫らな魔女め! 出てこい!!」
「きゃあっ!」
ドンドンと馬車の壁が打ち鳴らされ、扉が乱暴にこじ開けられた。血走った目の男が、アミアンを掴もうと無作法な手を伸ばしてくる。
「サム! お嬢様を助けて!」
ハンナの叫びに、御者台から飛び降りたサムが男を力任せに突き飛ばした。間一髪でアミアンを抱え上げると、彼女を守るように一目散に駆け出す。ハンナも必死にその後を追った。
三人が息を殺して木陰に身を隠すと、背後では残された大公家の馬車が、鍬や大槌を手にした民衆によって無惨に破壊される音が響き渡った。
「どうして……どうして私が、魔女なの……?」
「ああ、なんて事……」
震える声で呟くアミアンを、ハンナはやり場のない怒りを堪え強く抱きしめた。
ちょうどその頃、馬を飛ばし駆けつけたセドリックが、その凄惨な現場を目撃していた。
「あれは大公家の馬車……! 一体、何が起きているんだ!?」
目の前で、愛する人の家紋が入った馬車が粉々に打ち砕かれていく。
「魔女の馬車など、粉々にしてしまえ!!」
魔女……まさか、アミアン様のことか!?
「アミアン様は無事なのか!?」
動揺のあまり理性を失いかけたセドリックの視界に、木陰を縫って逃げていくサムたちの後ろ姿が映った。
「アミアン様!!」
セドリックが迷わず馬を走らせようとした、その時。背後から数人の屈強な腕に、無理やり引き戻された。
「お前たち、何をする!」
それは、セドリック付きの護衛騎士たちだった。
「離せ! 王子の命だ、そこをどけ!」
「離せません!陛下より、アミアン公女殿下と会わせるなと厳命を受けております!」
彼らは秘密裏に王から脅迫に近い密命を受けていた。
『セドリックの失態を見逃した罪を償いたくば、何があっても二人を接触させるな。逆らえば、お前たちはセドリックの専属から外し外地へ飛ばす』
「殿下……申し訳ございません!」
苦渋の表情を浮かべた護衛たちが数人がかりで暴れるセドリックを馬から引き摺り下ろし、取り押さえた。彼らも本当は尊敬する主人の恋路を守りたかった。だが、王に退路を断たれた今、これ以上動くことは叶わなかった。
あなた様のおそばを離れることだけは嫌なのです!
護衛たちは敬愛する主人から引き離されることほど辛いことはなかった。
「離せ、離してくれ……っ!!」
どれほど抗っても、鍛え上げられた護衛の手が解かれることはなかった。
あなたを守ることさえできないなんて──!
「うああああああ!!」
遠ざかるアミアンの背中へ手を伸ばしたまま、セドリックは天を仰ぎ、無念の咆哮を上げた。
しかし、領地から王都へと続く街道に差し掛かった時、不穏な声が馬車の中にまで届き始めた。
「おい、あれは大公家の紋章じゃないか?」
「あの女が乗っているんだな……」
まさか自分が「あの女」などと呼ばれているとは露ほども思わないアミアンは、不思議に思ってそっと窓の外を眺めた。
実は、社交界に広まる悪評のことはアミアンの耳には入っていなかった。彼女を案じるシャーウッド公爵が厳重に口止めをしていたからだ。ハンナたち侍女も噂は知っていたが、事実無根の戯言などすぐに消えるだろうと静観していた。
だが、植え付けられた民衆の憎悪は、想像を絶するほど深く燃え広がっていた。
「いたぞ、あいつだ!!」
「魔女を馬車から引き摺り出せ!!」
え……?
魔女って、誰のこと?
アミアンが混乱に陥る間にも、怒号を上げる民衆が次々と溢れ出してきた。
「お嬢様、逃げましょう! サム、馬車を急がせて!」
取り囲む群衆から放たれる凄まじい殺気を察知し、ハンナが叫んだ。しかし、逆上した民衆は暴徒と化し、馬車に取りすがって無理やり馬を止めにかかる。
「セドリック殿下をたぶらかす淫らな魔女め! 出てこい!!」
「きゃあっ!」
ドンドンと馬車の壁が打ち鳴らされ、扉が乱暴にこじ開けられた。血走った目の男が、アミアンを掴もうと無作法な手を伸ばしてくる。
「サム! お嬢様を助けて!」
ハンナの叫びに、御者台から飛び降りたサムが男を力任せに突き飛ばした。間一髪でアミアンを抱え上げると、彼女を守るように一目散に駆け出す。ハンナも必死にその後を追った。
三人が息を殺して木陰に身を隠すと、背後では残された大公家の馬車が、鍬や大槌を手にした民衆によって無惨に破壊される音が響き渡った。
「どうして……どうして私が、魔女なの……?」
「ああ、なんて事……」
震える声で呟くアミアンを、ハンナはやり場のない怒りを堪え強く抱きしめた。
ちょうどその頃、馬を飛ばし駆けつけたセドリックが、その凄惨な現場を目撃していた。
「あれは大公家の馬車……! 一体、何が起きているんだ!?」
目の前で、愛する人の家紋が入った馬車が粉々に打ち砕かれていく。
「魔女の馬車など、粉々にしてしまえ!!」
魔女……まさか、アミアン様のことか!?
「アミアン様は無事なのか!?」
動揺のあまり理性を失いかけたセドリックの視界に、木陰を縫って逃げていくサムたちの後ろ姿が映った。
「アミアン様!!」
セドリックが迷わず馬を走らせようとした、その時。背後から数人の屈強な腕に、無理やり引き戻された。
「お前たち、何をする!」
それは、セドリック付きの護衛騎士たちだった。
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「離せません!陛下より、アミアン公女殿下と会わせるなと厳命を受けております!」
彼らは秘密裏に王から脅迫に近い密命を受けていた。
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どれほど抗っても、鍛え上げられた護衛の手が解かれることはなかった。
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